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前住について

回答数回答 2
有り難し有り難し 15

こんにちは
「問答」に同様な内容があり、相談していいか悩みました。
たまたま恋愛した方がお寺の長男で2年前に帰省し彼が住職となり私が坊守となりました。私は在家で両親は生前は全くお寺との付き合いをしていなかったので私もお寺の知識はありませんでした。
彼の両親は最初は私との結婚に否定的でしたが、息子が後継ぎとなることで止む無く許してくれたようです。(最初は彼は後継ぎを拒んでいました。)
結婚前に坊守の仕事を全く教えてもらわなかったので、仕事内容を覚えるのに必死な毎日でしたが、前住・前坊守の私への当りがきつく毎日辛いです。
一番辛いのは私の亡くなった両親のことを悪く言われることです。両親が亡くなったとき、嫁ぎ先の宗派(浄土真宗)とは違うお寺(浄土宗)でお葬式・法事をしましたがその事についてひどく非難されます。細かいことを申し上げればきりがないのですが
「だからお前の親はろくな死に方をしなかったんじゃ」と言われ
とても悲しかったです。そのことを夫に伝えましたが、そんなこと
聞き流しておけばいいと相手にされませんでした。(もともと、夫と義父は仲が悪いです)
他にも私の態度や色々なことについて罵声を浴びせられ我慢しますが、その度に「ろくな死に方をしなかった」の言葉が思い出され涙が止まりません。
この先も罵声は無くならないと思いますが、その際、私の心をどのように整理していけばよろしいでしょうか。

2023年6月24日 16:00

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

聞き流す勇気

あなたの相談を拝読して私は憤りを感じています。私は浄土真宗の僧侶です。坊守という言い方は浄土真宗の住職の奥さんに使う言葉です。浄土宗では大黒さまとか寺庭夫人と言います。他の宗派では奥さんをどう呼ぶか知りません。
まぁ、その事は別として浄土真宗では亡くなった方は全てお浄土に往生すると言われています。往生とは往って生まれると言う意味ですから、極楽浄土に往って仏様として生まれると言う意味です。
ですから、亡くなり方によって非難されることなど有り得ないし、葬儀を他宗で行ってロクな死に方をしないなどと言われる筋合いは全くありません。
親鸞聖人は他宗を誹謗すべからずとキツくお弟子さん達におっしゃっています。そう考えるとあなたの義父さまは親鸞聖人の教えさえ無視していると言わざれをえません。
そして、日本国憲法では信教の自由は当然の権利です。
ですから、いかにあなたの旦那様の親とは言え、まして浄土真宗の僧侶たるものがそのような発言をすることはとても遺憾に思います。

しかし、世の中は思い通りには行きませんね、ましてやあなたの義父義母ですから他人事にはできませんし、今後のお付き合いもある訳です。
ですから、あなたはどうぞ、その傷つく言葉から離れて欲しいと思います。
未来永劫にそのことは続きません。ある意味ご主人の仰るように聞き流すことも大切かと思います。
聞き流すことも勇気かも知れません。
あなたの年齢から考えるとそれなりに義父さまはお年だと思います。老害と言っては言い過ぎかも知れませんが、あなたのお寺の門徒さんたちに「抜苦与楽」の教えをおひろめください。南无阿彌陀佛

2023年6月24日 21:02
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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せるのかを常に考えます。 資格:日本メンタル協会認定メンタルスペシャリスト。JADP認定心理カウンセラー
平日19:00から21:00に受付ます。

私のもの

ご本人が亡くなられて、それから遺族が選んだ寺の宗派が違っていたのですから、時系列が逆ですよね。
 そもそも嫁ぎ先が真宗でも実家が真宗である必要はありませんし。
 こういう理不尽な怒りは、「私のもの」という無知の煩悩から出てきます。寺は自分のもの、その寺の宗派が自分のもの、跡継ぎは自分のもの、跡継ぎの嫁は自分のもの、、、自分の思い通りでなければ怒りが出ます。
 叩かれた。痛い。この野郎。のような条件反射の怒りは消えやすいのですが、根底に「私のもの」という無知が強くて、「私のもの」なのに私の思い通りではないということで怒りを再燃させると、切りがありませんね。それまで知らなかった真宗や寺の仕事など、ただ教えれば済むはずなのですが……
 「私」とか「私のもの」という煩悩が強いと、自我が強いということで、どうしても他者に対しても、自分の関係者なら余計に、思い通りにして当然、となりがちです。自我とか無我は、真宗で言えば自力とか他力に当たるので、自力無効で他力に任せた人なら、我≒自力はない、少なくとも減っていてほしいのですが。
 人はそういうものだと多少は仏教的に理解して、しかも人の心を変えさせるのはまた大変ですから、聞き流して、自分はしっかり学んで行けばいいと思います。

2023年6月25日 9:55
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有り難し
おきもち

初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本仏教、浄土真宗ということで活動しております。 先祖供養とか功徳回向とか、みんなお釈迦様が最初からおっしゃっていたって、ご存知でしたか。私たちも謙虚に堂々と日本仏教しましょう。

質問者からのお礼

宮本住職さま
早々のご回答を有難うございました。
ずっと私のことは何を言われても我慢できるけれど尊敬する両親のことを非難される(既に亡くなっているし、会ったこともないのに)のは耐えられませんでした。
でもご住職のお言葉を拝見して少し胸のつかえが下りたような気がします。ここ2.3日もやもやがお腹にたまり食事が喉を通りませんでしたが明日から「聞き流す勇気」を鍛えたいと思います。

誓教寺 藤本住職さま
 お導きを有難うございます。
母が亡くなるまでお寺さんとの付き合いがなかったので、父方の親戚に紹介していただいたのが浄土宗の僧侶の方でした。なので宗派の違いとかその時は全く分かりませんでしたし(今は少しは分かりますが)また父の葬儀の時もその後の法事・納骨も今の夫と一緒に参列しましたので、まさかその後の結婚後にこのような仕打ちに会うとは思いませんでした。
前住はとにかく自分のルールをお持ちで「玄関にチャイムをつけてはいけない」「周囲と世間話をしてはいけない」「坊守は余計な外出(遊びに行く等)をしてはいけない」等、とにかく厳しいです。
ご住職の仰られた『聞き流す』ことが一番賢明であると思いますが今の私にはハードルが高いですね。それでも一歩一歩前進して「聞き流す=忘れる」ことに努めてまいりたいと思います。

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