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精神科に通院中です。この状況をどう解釈したらよいでしょうか?

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子供の頃から現在に至るまで不運が続いていましたが、現在の職場で評価され始めて、何とか人生が軌道に乗り始めたと感じられるようになって来ました。

そんな矢先、胸を締め付けるような痛み、息苦しさ、頭にゴミが入ったような感覚、思考力低下、無価値感、焦燥感、虚無感、めまい、自殺願望に襲われるようになりました。それはそれは苦しい日々でした。

精神科に行って血液検査等を受けて、全般性不安障害と診断されました。薬を服用してから数ヶ月以上経ち、症状は大分治まってきました。しかし完治するのは難しそうで、多かれ少なかれ一生この症状と付き合っていくことになるかもしれません。

普通の人たちにとっては何てことのない日常が、苦しくて仕方がありません。この状態について、私は、自分の人生を見つめ直す好機に恵まれたと感じられることがある反面、何か前世で犯した罰を受けているような暗い気分になることもあります。

もし後者が正しいとしたら、私は死ぬまでこの苦しみを耐え忍ばなければならないのでしょうか。私は何か悪いことをしたのでしょうか。この苦しみは因果応報、自業自得で、逃れられないのでしょうか。仏教の観点からこの状況をどのように解釈したらよいかご教示いただければ幸いです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

前世の事より「今」を見つめましょう!

突然のご病気でお辛い状況なのですね。
どうぞご無理はなさいませんように…。

病気は誰でもかかるものです。
精神の病の他にも、いろんな病気があります。
皆、表向きは健康そうに見えても、
大なり小なり何か不具合があるのではないでしょうか?

普通の人にとっては何ってことない日常…
失われた時に始めて気がつけるものであると思います。

生きて何かが出来るという事は全てが奇跡であると私は思います。

空気だって汚染が酷ければ生きては行けませんし
飲食物であっても自分一人では決してそれらは揃いません。

もっと酷い病気や、事故で四肢に障害を得てしまわれた方から見たら
もしかしたら貴方の事が羨ましく思える事もあるのかもしれません。

以前と比べるのではなく、今のご自分の出来る事を見つめてみてはいかがでしょうか?

今、出来る事を精一杯させて頂く事が何よりも大事ではないかと思います。

今の自分を勇気をもってしっかりと受けとめてはいかがでしょうか?
そして、過去と比較せず未来を憂えたりせず、
「今」をしっかりと生きる事が何よりではないかと私は思います。

「今」をしっかりと生きていると、必ず何かが変わって来ると思います。

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仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

因縁果の理

hac27様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

不運があって、心の病にもなられてしまわれて、色々と苦しんでこられたつらいお気持ち、誠にお察し申し上げます・・

「因果応報」・「自業自得」・・少し世間では悪い意味で捉えられてしまう誤解がありますが、どちらも仏教思想における重要な用語でございます。

「因果応報」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318931.html

問い「運気の悪い人生」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002998645.html

『・・「因果応報」ではなくて、「因縁果の理」として理解して頂くのが良いのではないかと存じております。この世における事象の結果には、必ずやその原因や条件(縁)がございます。原因や条件なしに、いきなり何かが生起していく、変化していくということはあり得ません。・・』

hac27様が今の現状へと至るためには、そのための原因や条件(縁)が必ずあったことは確かです。しかし、何が直接あるいは間接の原因・条件となったのか、無数の因縁果の流れを追うことなど、とてもできることではありません。ただ、これから、悪い結果を招かないようにするためには、ある程度はその原因や条件を探り、因縁の流れを変えることで、悪い結果を回避することはできるのではないかと存じます。その努力次第では、結果をより善くに変えていくことも可能にはなります。

問い「自分自身の価値が見出せません。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004501330.html

しかし、どうにもならないことは、どうにもならないのも事実です。避けられない、逃げられない因縁もあり、それらによる苦しみをしっかりと捉えた上で、お釈迦様がお説きになられました「四聖諦」を理解するこのも大切なこととなります

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/四聖諦

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

ご返信が遅れまして、大変失礼いたしました。
ご指摘の通り、私は過去を振り返ってクヨクヨし、将来のことを考えて心配していた節があります。
今を見つめて、今をしっかりと生きていくことを、心に留めてまいります。
ありがとうございました。

川口英俊様
とてもわかりやすく詳細なご回答をありがとうございます。
仏教的には私はもうどうしようもないのかと思っていました。
しかしまだやれることがたくさんあることが分かったので、
今後も仏教を学び、実践してまいりたいと思います。

川口英俊様
とてもわかりやすく詳細なご回答をありがとうございます。
仏教的には私はもうどうしようもないのかと思っていました。
しかしまだやれることがたくさんあることが分かったので、
今後も仏教を学び、実践してまいりたいと思います。

「心・体の障害と向き合う」問答一覧

障害を受け入れられない主人

はじめまして。 約3年前に結婚をし、結婚してすぐに主人が免疫系の難病と診断されました。免疫が暴走すると自分の筋肉を攻撃し、破壊してしまうという厄介な病気です(筋肉痛が続くようなかんじ)。幸いなことに、肺炎などの合併症などにならなければ死に至る病気ではないのですが、よくなったり悪くなったりを繰り返す病気のようです。 昨年は筋肉が弱ったことにより転倒してしまい、腰椎にヒビが入り、そのまま約半年間入院となりました。 リハビリのため、約1年休職をしていたのですが、この春から職場復帰を目指しています。車椅子からようやく立てるようになりましたが、今は筋肉のバランスが悪いためまだまだヨチヨチ歩きといった状況で、歩きにくい場所や初めていく場所には必ず杖を使って歩くようにしています。 ここからが相談なのですが、主人が「周りに変に同情されたくない」と、杖を持っていくことを拒否しているのです。主人の職場は私立高校なのですが、段差などもあり、完全なバリアフリーではないため、私は心配で仕方ありません。 主人は元体育教師ですので、過去のバリバリ動けていた自分と、今の障害を持った自分とを受け入れられないのかもしれません。 特に、教え子の前で杖をつくことを強く拒んでいる様子で、杖をつくくらいならもう一年休職したい、と言っています。 もちろん、もう少し休めば完全に良くなるのであればそうしたらいいと思いますが、難病のため絶対に良くなる保証もありません。 わたしとしては、今後長く付き合っていかないといけない病気ですので、はやくプライドを捨てて、杖を使い安全な状態で復職して欲しいのですが、 頭ではわかっていても、心で受け入れる、ということができていない主人の姿をみるとなんと声をかけていいのかわかりません。 お坊様であれば、どうやって説得をするか、アドバイスをいただけないでしょうか。

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自身の強迫性障害による罪の償いについて

https://hasunoha.jp/questions/44463 約半年前にこのようなご相談をこちらでさせて頂きました。(あまりに文章が長くなってしまうため、こちらにURLを添付させて頂きます。申し訳ございません。) ここで言うお地蔵様に対する残忍で残酷なイメージ(強迫観念)とは、強迫性障害によるものですが、ただ本当に思ってしまったことはまるで殺人者のような事でした。 「死ね」や「殺す」などを何度も心の中で叫びながら、何度も何度もお地蔵様に残酷な事をしているのです。本当にイメージの中では、自分はまさに殺人者のようでした。 最初はまだ軽いイメージなのですが、そのイメージを掻き消したい!自分は違うと思いたい!と思うが故にその残忍なイメージは膨らんでいき、それを再び掻き消そう(強迫行為)と思うと、"その"イメージの自分に一旦同化して、これは違う!(自分ではない)と思う必要があるため、どんどん悪化していき、最終的には手に負えない程の残虐なイメージとなってしまいました。 その後も、何故いつもこうなんだ、なんでこんな事になってしまったんだ、と思うと(これも強迫性障害のせいか分かりませんが)、何故かお地蔵様に怒りの矛先が向いてしまい、お地蔵様の死のイメージが一瞬浮かんでしまい、本当に自分は人として最低最悪な人間なんだと思いました。 そこで、本当にお地蔵様に謝りたいと思うのですが、それがまた強迫行為につながると思うと怖くて出来ず、自分でもこのまま行くと強迫性障害の地獄の輪の中から脱することができないと思い、思い留まりました。 そこでこちらで親切なお坊さんにオンラインで何度か個別相談させてもらい、 「それは優しいお地蔵さんだから思っても良いんだよ」 「それはお地蔵さんが一緒に苦しもうと言ってらっしゃるんだよ」 と言って頂き、この半年間強迫行為をせずに必死に耐えてきました。 その甲斐あってか、今まで一生背負っていくとさえ思っていた強迫性障害がほぼ完治と言って良い程に良くなりました。 ただやはり自分が殺人者のような気持ちが未だ拭えず、また、あの時にお地蔵様に思った事が許せず、許してもらえているとも思えません。 毎日心の中には靄がかかったようで、心の底から笑う事ができません。 本当に、僕はどうすればこの地獄の輪の中から脱する事ができるでしょうか? 僕は、どうすれば良いでしょうか?

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これからどうするか

今回、朝起きるのは相変わらず遅く、一人暮らしする人の起き方ではないと言われてしまう。 元三人姉妹の次女だった妹と母と今の妹と楽しんでいる夢を見ましたが、その頃には二度と戻れません。私のせいで母と実の妹が仲が悪くなった。 怒られる自分も悪いですから嫌だと言える立場ではないですよね。 今の自分には、一人暮らしは、無理だと言われました。お金を使いすぎたり、学費を無駄にして、嘘までついて、態度も悪いし。 精神科では、適応障害が見てもらいたいけど先生がやめられ、なかなか難しいところ。 まだ、大人として働いておらず、あんたこれからどうするの?同級生はみんな働いてお金をためていると。 グループホームに入れお前がいると母さんが悩むし、うるさいし、迷惑だから 私には一人暮らしも稼ぐことも、人として生きることもできないのでしょうか お聖天様のおみくじのメッセージには、たまを磨かずば光らん(自分を磨いて、かわりなさい)と去年と同じことをいわれました。 私には、グループホームの道しかないのかもしれないです。 お母さんは、許してないのに私が裏切っても信じてなんとか一人暮らしさせようと思っていて、母の先輩方もいつも相談に載ってくれて、私を応援しておりました。

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