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過去の罪を思い出してしまい辛いです

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有り難し有り難し 17

過去に罪になった事があります。30代男性です。
以前も一度相談しているので詳細は控えますが、警察のお世話になってしまいました。しかも大変情けない事に、内容は別ですが二度お世話になってしまいました。二度目は、それ相応の金額の罰金を納付する形での処分となりました。
幸い、という言葉が適さないかもしれませんが、世の中に出る事は無く、盗みや誹謗中傷、人を傷つけるなどの行為で無い事もあり、被害者も出ませんでした。
仕事も続けられており、職場では昇格もさせて貰っている為、感謝しかありません。

ただ、怖くて聞いていませんが、恐らく前歴が付いたと思いますし、色々捜査を受けた事がトラウマで、当時がフラッシュバックしたり、周りに打ち明ける事でもない為、自己嫌悪に陥ったりしています。警察、罰金という言葉、その年の年号、公的機関からの電話、一人で散歩しているだけの時にも考えてしまいます。自分でも考えすぎだなとは重々思っています。
そのせいで、悪夢を見たり、疲れが溜まり、自律神経の乱れでめまいや胃腸の不調などがあります。
先月心療内科にも行き、診察頂いた先生からは「記憶は忘れられない、過去は素直に認め、自分の頭で整理すれば心はいずれ落ち着く、人間の本能である脳の偏桃体の興奮を抑えれば良い」と言われました。その際、当サイトについて話し、「お坊さんのアドバイスは理にかなっていて大変有効だ。医師の立場から見ても非常に参考になる。あなたは、睡眠薬等に頼るべきでない。もう30歳の男なのだから覚悟を持って生きるように」と励ましの言葉も貰いました。

最近、あるお坊さんのYouTubeの動画で、仏教では「懺悔」は良い事、しかし「後悔」を続けるのは違うとの教えを聞きました。
精神科の先生が発信されている、辛い記憶を思い出しにくくなる方法も、実践しています。
今は、法に触れること、悪いことは一切しておらず、こんなに苦しむほど二度としないと誓っています。家族や周りの人に親切にしたり、人の良い所を沢山見つけるようにしています。過去は変わらないのだから、罪を償ったのなら今から楽しく生きようとも思っています。
今の気持ちを正直に言えるのはここしかありません。懺悔としてできる事があればアドバイスを頂きたいです。
元々真面目な性格であり、気持ちの切り替えが苦手な私に何か言葉を貰えれば幸いです。

2023年10月13日 17:22

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

懺悔滅罪

思い出せば思い出すほど懺悔だと思います。

過去の罪を悔いていれば悔いているほど、思い出すと思います。

・私は幸せになっていいんだろうか?
・私に尽くしてくれる人がいても良いのだろうか?
・隠し続けていることが後ろめたい

いろんな感情が襲ってくると思います。

でも、それこそが懺悔だと思います。
その1秒1秒に後悔を感じることが、とても重要ではないでしょうか。

罪を認め、悔い改めること。
それが懺悔とされています。

過去のことだからと割り切って忘れてしまうより
何倍も良いことだと思います。

私の友人にも、罪を犯して刑務所に入ったものもおります。
しっかりと刑期を終え、社会に復帰しております。その罪を反省し、懸命に生きております。

さかさんも、交通違反のような反則金ではなく、罰金を納めたのであれば、それは前科になっていることと思います。

だからこそ、重く考え、二度とするかと悔い改めて人生を送っている。

逆に言えば、運良く捕まらなかった犯罪者の何倍も素晴らしい感覚をお持ちなので、その過去を受け入れ、ご両親へ恩返しする人生を送って欲しいと思います。

過去の投稿も拝見しましたが、みんなやっていることだからと、つい投稿してしまうSNSなどは、知らず知らずのうちに罪を犯してしまう、とても難しい問題だと思います。

そんな予備軍を自分の手で救ってあげる
なんていうことも、懺悔のひとつではないでしょうか。

自分の行動は、後悔し続けているだけでは前に進めないと思います。
後悔して、悔い改め、次からは踏み外さない。
それを伝播していくことができれば、さかさんにしかできない、懺悔の形が見えてくるのではないでしょうか。

これだけの思いをもっていれば
その気持ちはきっと届くと思います。

これからも、自分本位に気持ちを切り替えることを望むのではなく、その過去を受け入れ、乗り越え、人助けに使ってあげてください。

きっと感謝される対象の方々が、さかさんを待っていると思います。

曹洞宗で読むお経に修証義「懺悔滅罪」というものがあります。

過ちに気づき悔い改め、仏の教えに従って心の底から実直に生きることが出来たならば、その罪に対する自身の心のみならず、傷つけてしまった人々の心情をも変化させることもある。

向き合って、先へすすんでください。

2023年10月14日 1:49
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有り難し
おきもち

鈴木貴雅(すずききが)
名古屋にあります曹洞宗千光寺にて、寺院内にリラクゼーション空間を作ってお客...
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質問者からのお礼

鈴木貴雅 様

今朝起きて回答が付いているのに気づき、すぐに読ませて頂きました。こんなに早く、しかも深夜に書いて頂いて感謝しています。鈴木様もご自愛下さい。

正直に言うと、初めの回答を読んで、やはり前科になるんだと知った時は気が動転してしまいました。しかしその後の文章を読んで、自分にも出来ることは沢山ある、そんなに怯えて暮らさなくてもいいんだ、と少し心が軽くなった気がします。自分で勝手に、俺はもう普通の人ではないんだ、まだ先の長い人生、普通の人のように幸せを感じる事はできないんだと決めつけて劣等感を感じていたのですが、それも違う。後悔でなく、自分の過去の過ちを挽回するくらいの気持ちで周りの人に親切にする、感謝や愛を伝えていくなどすれば、今後出会う人にもきっと普通の人と同様に接していけるのではないかと思えてきました。

正直に言うと、他にも同じ事をしている人もいるのに、なんで自分だけがこんな事に、という感情も抱いてしまっていました。本当に身勝手な考えで自分が嫌になりました。でも、頂いた回答の中で、あなたは運良く捕まらなかった人の何倍も素晴らしい感覚を持っている、との機転の利いた言葉をかけて頂き救われた気持ちです。
今後も辛い記憶や自己嫌悪が出た時は、鈴木様から頂いた処方箋を読み返し、自分は以前と大きく変わったんだ、良い事を積んでいるんだから普通通り生活していける、大丈夫だと言い聞かせて乗り越えていきたいと思います。

この質問・回答にも一日で有難しが6件も付いていて、私の質問も無駄ではなかったのだと少し嬉しく思えました。

遠い秋田からですが、今後も鈴木様、曹洞宗千光寺を応援させて頂きます。また辛くなった時など、相談個別を申し込みさせて頂くかもしれません。その際はどうかよろしくお願いします。

「過去の罪・過ち・懺悔」問答一覧

偽物の記憶(?)と罪悪感

こんにちは、投稿失礼します。 前回相談に乗って頂きありがとうございました。 その後、当時親しく現在もお付き合いさせて頂いている友人や、母、担任の先生に前回の質問の件について聞いてみたのですが、 「そのようなことは無かった」との事でした。 また内容だけに、「そのような事があれば当然、親が呼び出されるだろう」とも言われました。 相手の方は現在交流がなく、突然このような事を聞かれても迷惑をかけると思い聞けていないのですが、 そのような事をされたら黙っているような子ではなかった。と他の方からも聞き、少し安心しております。 その一方で今回の出来事について疑問が浮かんできました。 自身でも調べてみたところ、「虚偽記憶」というものがあるそうです。 なんでも過去に起こった出来事について脳が誤った記憶をしてしまうものらしく、 中には虐待を受けていないのにも関わらずそのような記憶がある方もいるそうです。 私自身このような体験が初めてであるため、非常に混乱しております。 専門外の事になるとは思うのですが、これがきっかけで過去の別の悪事を思い出してしまい、過呼吸や睡眠の浅さ、 食欲不振や集中力低下など仕事にも支障をきたしてしまっています。 プロフィール(お坊様のみ公開)にも過去のことについて触れているのですが、 過去のことは反省しているため、現在ではそのようなことはしておりません。(当然ですが) ですが「善い行い」をする度に、「お前は本当はそんなやつじゃないんだ。 偽善者だろ。汚い」といった感情が湧いてきてしまうのです。 別の方のアンサーにあった懺悔のお経(?)を朝に読んでみたりもしているのですが、その行いについても罪悪感を持ってしまっています。 今では常に罪悪感を持ってしまっており、趣味も楽しむことが出来にくくなってしまっています… 長々と失礼いたしました。 よろしくお願いいたします。

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過去の過ちを後悔しています。

こんにちは。私は高校生の頃(2021年7月〜8月)に某青い鳥のSNSに暴言を含む投稿を公開アカウントでしたことを後悔しています。 内容は、スマートフォンのアプリゲームでガチャ機能の引きが悪かっただけで、死ね、という暴言と共にガチャ機能のスクリーンショットを投稿しました。 同じゲームで、他プレイヤーに勝てなかっただけで、死ねマジで、と勝負に負けているスクリーンショットと共に投稿しました。 他に覚えていないだけで更に過去に悪口を投稿したかもしれませんし、なんとなくした気がします。記憶にやや残っています。もう削除してしまってるはずなので気にするのも無駄かもしれませんが… この2つの投稿を深く後悔しているのですが、なぜ後悔しているかというと、例えば、この投稿をこのゲームの運営に携わる人がもしかしたら見ていて、その人が傷ついて自ら命を絶ってしまっていたら…と考えてしまうからです。 もっと嫌なのは、これに対して自分が反省できているかどうか分からないこと、言い訳や自己保身が頭に浮かんでくることです。 言い訳、自己保身の例が、どちらも公開アカウントで投稿したとはいえ、特定の誰かに向けて発信した訳ではないし(実際にリプライ機能、返信機能は使ってないです)、本当にゲームの運営の方に亡くなって欲しいという意味で書いて訳ではないし(苛立ちの延長線としてこんな酷い言葉を書きました。)、その当時はフォロワーも21人くらいだったし、まずこのような愚痴ツイートはSNSにはありふれているし、ゲームの運営をしてる以上、私の投稿より酷いものとかも見慣れているんじゃないかな…と考えてしまいます。 上記の言い訳と後悔を繰り返して気分が明るくなったり落ち込んだりを一日に何回も繰り返して、家族に心配と迷惑をかけてしまい、更に自己嫌悪が止まらなくなります。 自分ほど極悪な人間はいないと思うし、本当に運営に携わる人が見て亡くなったかは分からないし確認出来るかどうかも分かりませんが、自分が既に人を殺めてしまったような気持ちです。 罪のない人間はいないのは分かりますが、こんな大きいな罪のある人間は生きている意味もない気がしてきてしまい、自分こそ死んでしまえば良いと考えてしまいます。 この考えこそが甘えだし、親の前でこんな事言ったらそれこそ罪です。ですが考えのループは止まらず。 どうしたらいいでしょうか

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重罪を犯してしまった私

私には重罪を犯してしまった過去があります。 (詳細はプロフィール欄にてご住職様にのみ公開しております。) 前回相談をした際に、ご住職様から有り難いご助言を頂きました。 そのお言葉に支えられてなんとか前を向いて生きております。 過去を振り返ると、何故あんな愚かなことをしてしまったのか、普通の人はそんなことしないのに…と自分のことが情けなく、恥ずかしい思いでいっぱいです。当時は常識と良心が欠落していたのだと思います。 今は当然ながら悪い事はせず、前よりも善行を心掛けています。 しかし、いくら今を正しく生きていようとも、私は過去に他人を深く傷付ける行為をし、家族を裏切った重罪人です。 周りの人に良くしてもらうと「本当は私は優しくしてもらえるような人間ではない」と苦しくなります。自分を優しい人間だと偽って騙しているような気持ちになってしまいます。 過去に戻ってやり直せたらいいのにと、つい考えてしまいます。 罪を犯したのだからこうして苦しむことは当然の報いだと分かってはいます。 不祥事を起こした人が世間で大きく叩かれているのを見ると自分と重ねてしまい、落ち込みます。 今後の人生を、もう二度と誰のことも傷付けまいと生きていくことは一つの償いになるでしょうか? また、最低な過去を持つ私はこの先幸せを感じても良いのでしょうか? ご回答頂けますと幸いです。 乱文失礼いたしました。

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趣味で人を傷つけた。趣味をやめるか?

過去、それも10代半ばという若い頃にSNS上で趣味が関わることでカッとなり人をひどく傷つけ恐怖に誘いました。当時傷つけた人間からは「一生許さない」「貴方は本当にひどい人だ」と言われました。 あれからおおよそ十年間、落ち着いた後に趣味を続けていましたが、ある日「罪を償うならその趣味をやめるべきでは?」と思い立ちました。 その趣味で人を傷付けたものですから、私がその趣味を続けていると知れば相手は再び傷つき、ある人は罵声を浴びせてくるでしょう。私がハッキリと明確に傷付けるつもりで酷い言葉を書いたのですから、自業自得です。 本当に罪を償う気があるなら、息を吸うように続けてきたその趣味を全面的にやめるべきだと思い、趣味をやめる用意を進めています。趣味の集まりに行く事も他者と語るのも金銭を払い有償で趣味に関わることをしてもらうのも辞める予定です。 それを辞めては人生は何も楽しくなくなりますが、それこそ自業自得だと思っています。私はそれよりも酷いことを他人にしたのだといういましめにもなると思いました。 趣味に関わることで人を強く傷つけたなら、本当に反省して罪を償うなら趣味をやめて苦しむべきでしょうか?

有り難し有り難し 10
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過去の性的な過ちの捉え方

私は、小学校の高学年から中学生ごろまで、性的な過ちを犯したことがあります。 具体的には、屋外で自慰行為を数回する(知人に見られたこともあります)、また、数十秒間従妹のおしりをさわったこともあります。 今となってはなぜそのような事をしたのかわかりません。 両親が厳しく、性的な事を考えてもいけないという教育で、とても抑圧された環境だったことや、小学校の友人が、性的なことにとても詳しく、屋外でSEXをしたという話や、アダルトビデオや本を見せてくれ、無知な私は、その中の世界のことを実際にしてもいいと思ってしまっていたのだと思います。また元々の性質もあると思います。 成長して、自分がいかに異常で、とんでもないことをしてしまったか。人を不快にし、尊厳を踏みにじる行為だったという自覚を持ち、その後罪悪感から幸せを感じる資格は無いと思い生きて来ました。それは20年以上経った今でも変わっていません。 恋愛をしても、こんな自分の子供はつくってはいけないと考えて、自分から離れていくような関係しか築くことはできませんでした。 また、後悔の念から何度も自殺未遂をしましたが、結局私は自ら死ねるような人間ではありませんでした。 本題のご相談ですが、現在会社勤めをしておりますが、何か人の力になることをしたいと考え、整体師の専門学校に通い、無事卒業することが出来ました。元々職業にする気はなく、身近な方や高齢者の方にボランティアで施術できればという軽い考えだったのですが、施術して喜んでいただけることはとても幸せな経験でした。また、憧れる方にも出会い、自分もプロとしてこの道に進みたいと考えました。 しかし整体に真剣に取り組もうと思うほど、絶対に、セクハラなど行うことはないと言えますが、過去を考えると、そのような罪を犯した自分が、直接人に触れる仕事に就く資格は無いのではないかと思い苦しんでいます。 自分の犯した罪であるので、苦しむのは当たり前ですが、どうしてもこの道に進みたいという自分と、そんな資格はないという自分がいて、ずっと出口が見えずにいます。 大変お忙しい中ではあると存じますが、ご回答いただければ幸いです、宜しくお願いいたします。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ