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教えてほしいです

回答数回答 2
有り難し有り難し 35

うつ病です。日常生活も睡眠、食事、入浴などが困難になることがある状態です。

一番の悩みとストレスは働くことができずにいることです。

家族や知人も苦労しながら毎日働いています。
自分は働いていなくても生きていいのでしょうか。
障害年金と両親の収入に甘えて、生活に困らずにすんでいるので、今すぐ働く必要には迫られていません。
それで許されるのでしょうか。
自分が生きていていいのかがわかりません。
死なないといけない気がしてなりません。
このまま生きていても許されるのか教えて下さい。

2023年10月19日 15:39
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

生きるというのは努力することです。
あなたは今心の疲労を療養によって治す努力をしているのです。それはちゃんと生きていることなのです。誰かと比べたり自分を責めたりする必要はありません。
心の疲労が回復したら少しずつ家事や散歩など軽い運動をしてリハビリしましょう。
リハビリが進んだら軽い作業や職業訓練など少しずつ仕事をする為のリハビリをしましょう。
そうすればそのうち働くこともできるようになると思いますよ。
もしもあなたに暴言など吐く人が近くにいるのなら治療の妨げになりますから離れて暮らしてくださいね。
お金を稼ぐことが生きることではありません。
何かに努力していることが生きることなのですからね。
あなたはちゃんと生きていますよ。

2023年10月19日 16:07
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

生きていること自体が「ゆるされている」ということ

サトウさんのお悩み拝読致しました。プロフィールも拝見しました。これまでにどれほど辛い目にあっても今まで生きてきた、生き抜いてきた、それは間違いなくあなたのなさってきた「努力」であると思います。
人並みな事が出来ず、十分な(自分が思っている)理想的な生き方を実現出来ない状態の辛さはわたくしも知っています。生きていてはいけないのではないかと考えてしまうのも無理はないと思います。身近な人に理解がなければ尚更です。苦しくて辛いとき、あなたはそれでも、どうすればよいのか、どうすれば今の状態を抜け出せるのか、何度も何度も考えてきたはずです。それもまたあなたの努力であり、“一生懸命さ”であります。一生懸命考えているのに、答えが見つからず、光が見えず、この先の道も見えて来なければ、どれほど前向きな方であっても絶望的な気持ちになりますよ。また、そのような状態でいくら考えても解決はしませんでしょう。
ですから、まずは、あなた自身が自分自身をゆるし受け入れてあげてくださいませ。今このときも、天(あるいは神様、あるいは仏様)はあなたが生きていることを“ゆるしている”ではありませんか。もとよりこの世界に、天にゆるされず生きられる生き物がいましょうや。大丈夫。あなたが生きていることを、その存在のすべてを、たとえお風呂に入れず、ご飯もろくに食べれず、眠ることさえ出来ず、あなたが自己嫌悪に陥っているときであっても、天はあなたのすべてを【丸ごと肯定してくれている】はずなのです。あなたが自分の境遇や自分自身を受け入れられない(ゆるせない)のは、ただその事実に気が付かないでいるからなのです。
誰が何を言おうと、あなたには生きているだけの価値(存在価値)があり、生きていることを【ゆるされている】のです。どうか、この事実を見誤らないでください。

そわか合掌

2023年10月20日 8:33
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有り難し
おきもち

個別相談可能
「抜苦与楽こそ“お坊さん”の仕事」  これは拙僧のささやかな信条です。 現在は、横浜の片隅にて、 静かに坐る瞑想と対話の場「そわかの縁側」をひらいています。 仏道修行という旅のなかで味わってきたことを、 ご縁ある方たちと分かち合いながら、 それぞれの歩みが少しでも軽やかになることを願っています。  つまらぬ正論や、きれいごとだけの言葉は申しません。 人はそれぞれのご事情のなかで、生きています。 だからこそ、まずは「素(そ)のまま」を大切に。 そうして静かにほどけひらいていくお姿に寄り添えられたら、拙僧としましてはこの上もありません。 — ・僧籍は静岡のお寺 ・横浜にて「そわかの縁側」を主宰 ・サッカー好きな息子の父 ・家族の鬱を共に乗り越えた経験あり — ご相談はどのようなことでも構いません。 八方塞がりのように感じるときほど、 案外そこに道の入口はあるものですから。 そわか合掌
どのようなお悩みでも、安心して打ち明けていただいて大丈夫です。 つまらぬ正論や、説教めいたきれいごとばかりを申し上げることはいたしません。 人がどのように理屈を重ねようとも、物事はただ「あるがまま」にあります。 いま、八方塞がりのように感じている方。 藁にもすがる思いでここに辿り着かれた方。 仏法に、そっと触れてみたいと感じている方。 どうぞ、あなたの歩みのままでお話しください。 その苦しみのなかに、 実は何かがすでに働いていることに、 ふと気づかれる瞬間があるかもしれませんよ。 そわか合掌

質問者からのお礼

救われました。
ありがとうございます。
いただいたお言葉、大事にいたします。
つらいときにこのお言葉を思い出して、これからも生きていきたいと思いました。

ありがとうございます。
お察しの通りでまるで見ていたように理解を示してくださり、うれしかったです。
わたしも自分を肯定する力を養いたいなと思いました。

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