上座部仏教の修行僧は餓鬼道に落ちるのか
この前、阿難尊者のお母さんが餓鬼道へ落ちた話を聞きました。
お母さんは自分の息子ばかりを可愛がっており、周りに気を配らなかった為に落ちたと解釈しております。
そこで思ったのですが、上座部仏教の僧侶達は自分の悟りのことしか考えていないように見受けられます。
これだと餓鬼道においてしまうのでしょうか?
それともこれはまた別なのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
拝読させていただきました。
経典はお釈迦様が亡くなって、だいぶ時間が経ってからつくられたものが多いですが、『ダンマパダ』という経典はかなり初期につくられたと言われ、お釈迦様が実際に言われた言葉をそのまま残していると言われています。
その『ダンマパダ』という経典の中に有名な言葉があります。
「ものごとは心にもとづき 心を主とし 心によってつくり出される
もしも汚れた心で話したり行ったりするならば 苦しみはその人につき従う」
心が整った状態でものごとを見たら、ものごとをありのままに見ることができますが、心が乱れている状態で見るとどうしても自分の感情に振り回されてしまい、自分の都合でしかものごとを見ることができません。
古い歌でこのような歌があります。
「手を打てば鳥は飛び立つ鯉は寄る 女中茶を持つ猿沢の池」
ぱん!ぱん!という同じ手を打つ音を聞いても、鳥と鯉と女中とでは聞こえ方が違うということです。
心がその人の世界観を決めます。いくら美味しいものが目の前にあっても、豪邸が手に入っても、莫大な財産が自分のものになっても、否定的にしかものごとを見れられない人だったら、その人は不幸な生活になってしまいます。
ですから、初期の仏教徒の人たちは心を整えることに専念しました。しかし、心を整えると言っても、人の心は表面的な感情だけではなくて、その奥には小さい頃から持ち続けた満たされない思いとか、先祖から引き継いでいるトラウマとか、社会全体が抱えている鎮まらない思いとか、いろいろな心と繋がっています。心が整ってから社会と関わろうと思っても、心が整わない内に一生を終えてしまうことがほとんどです。
上座部仏教の人は、利他行を不要だと思ったのではなく、自利(自分の悟り)を優先して心を整えることに専念していたら完成する前に人生が終ってしまい、利他行までできなかったという見方が正確だと思います。
人里離れて煩わし人間関係を捨てて心を整えることだけが修行ではなく、他人幸せに貢献することも魂の成長に繋がるよね、というのが大乗仏教です。
阿難尊者のお母さんはいくらものが手に入っても、まだ足りない、まだ足りないと不満ばかり思っていたので餓鬼道に堕ちたのでしょう。上座部仏教の僧侶達は自分の修行に専念していますが、もっと欲しいと飢えている訳ではないので餓鬼道には堕ちないでしょう。
釈尊が教えた仏教に後からいろんなものがくっついて今の仏教
ができあがっています。
大乗経典が後から作られたものなのは有名な話です。
大乗経典以外でも、例えばあなたがおっしゃる話のソースであろう『盂蘭盆経』は、中国で作られたでしょう。このお経(目連尊者の母ということになっています)の基になった話が釈尊や仏弟子たちの間で語り継がれまとめられて小部経典『餓鬼事経』の一つに入っています。そこでは、舎利弗尊者の四回前の人間だった時の母、となっています。直接の親子関係ではなく、しかも我が子だけをひいきしたからとは書かれていません。何かの業で餓鬼に生まれたようです。巷間言われていることは中国での創作と見たほうが良いでしょう。
もう一つ大事なことがあります。上座部比丘の誰かの母がひいきのせいで餓鬼道に落ちたとしても、その母だけの問題です。上座部比丘すべての母がそうなの?と話を広げないことが大事です。
上座部比丘というか釈尊の弟子の中で餓鬼道に落ちた者の話も、『餓鬼事経』にいくつか出ています。自分の業のせいでそうなっています。他の比丘はどうでしょうか。
浄土真宗の僧侶が殺人罪を犯したニュースがかつてあったような気がします。私も浄土真宗ですので、殺人罪を犯さないといけないのでしょうか? 仏教では落ち着いて論理的に考えることを勧めています。
『餓鬼事経』の日本語訳やその中身に関する論文が、藤本晃の名前でいくつか出ています。日本人の論文を検索するエンジン「CiNii」や仏教論文を検索する「INBUDS」で探してみてください。