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過去の罪悪感が消えません

かず男性/50代
回答数回答 1
有り難し有り難し 7

私は過去に不注意で他人に怪我をさせてしまいました。
踏切を渡るときに親切心で閉じる棒を押さえようとしました。
その日は雨で押さえていた棒が滑って、相手の顔に当たってしまいました。
私は動転してしまい、その場から逃げてしまいました。
きちんとその場で謝れば良かったと思っています。
しばらく忘れていたのですが、20年以上経った突然思い出して罪悪感に苦しんでいます。
自分の中では心の中で謝罪して二度とこのような過ちをしないと誓って区切りをつけたつもりでした。
この苦しみから解放されたい、どう区切りをつけたらいいのかご回答よろしくお願いいたします。

2024年2月29日 13:40
かず男性/50代
質問数:
1
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

良心あればこその苦しみ

お悩み事、拝読致しました。かずさんのお悩みは、良心が働いているからこその苦しみだと思います。人間はみな、(ある意味)不器用です。よかれと思ってやったことで逆に迷惑をかけてしまったり傷つけてしまったりも致しましょう。20年以上経って突然思い出すというのも不思議に思われるでしょうが、きっとその体験をご自身のなかで真っ直ぐ受け止められる段階に来たからこそ(人間性という器が備わったからこそ)、そのように昔のことを突然思い出したりするようなことが起こるのだと私は思います。ここはひとつ、苦しみから逃がれようとせず、ご自身のなかに煩悶(モヤモヤ)があるならばそのまま煩悶なさってみては(モヤモヤするままにしてみては)いかがでしょうか。それが、あなた様のなかにある良心という「ほとけ様の心」を更に磨き上げることに繋がっていくのではないかと思うのです。苦しみの分だけ、心が育っていくのです。もとより良心がなければ、今のように苦しいはずなどないのですから。お覚悟のうえ、ほとけ様の心を養ってくださいませ。特別なことはせず、日常の当たり前な仕事を当たり前に務めていけばよいでしょう。(日々そうして一生懸命やっておって救われぬ魂がありましょうか。よもやそのような、無慈悲な道理などもございますまい。)大丈夫です。

そわか合掌

2024年3月1日 9:04
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「ただ、祈るばかり。」 抜苦与楽こそ、お坊さんの仕事。 それが拙僧のささやかな信条です。 人はそれぞれ心に哀しみを抱いて、 それでも懸命に生きている。 微力ながら、仏の智慧を借り、 その哀しみにそっと寄り添っていけたら と思っております。 — 横浜の片隅にて「そわかの縁側」を主宰 サッカー人生を歩む息子の父 — ・幼少期に日曜学校にて宗教心の萌芽 ・学生時代から真理(の探求)に関心を持つ ・25歳キャリアや経済力を捨てて仏門へ ・約8年かけ家族の鬱病を一緒に乗り越える ・自ら道場(瞑想スタジオ)を開く ・瞑想指導、伝道説法の日々を送る ・コロナ禍に瞑想スタジオを失う ・オンラインレッスンへ移行 ・縁あってhasunoha回答僧となる ・リアルな場として「縁側」を開く ・道友たちと静かに坐り、茶話を楽しむ ・自らの経験した様々な“哀しみ”に気づく ・人の哀しみに寄り添う仏道者へ — どのようなことでもご相談ください。八方塞がりのように感じるときほど、案外近くに突破口があるかもしれません。 そわか合掌
今、大切なものや大切な存在を失って哀しみを抱えている、日々どうにか生きているけれど生きている感覚がない、これから先うまく生きていける気がしない、そのようなつらく苦しいとき、ふと頼っていただけましたら、有り難うございます。 残念ながら、拙僧には、あなたの哀しみを消し去ることは出来ません。でも、誠心誠意、あなたのそのお心にそっと寄り添い、ただ静かに祈ることは出来ると思います。 哀しみ(喪失感)は、大切な家族や友人、愛犬・愛猫との別れだけでなく、失業や自身の健康(若さ)など、かけがえのない存在や大切なものを失った際に生じるものです。大切なものを失ったときの感じ方は人それぞれ。小さなことと思って放っておくと、元気(生のエネルギー)を必要以上に消耗してしまうことにもなりかねません。ご自身の哀しみに気づいたときには、誰かに助けを求めてください。hasunohaも、使って使って使い倒してください。仏の掌は、必ずや、あなたの心を救ってくださるはずです。 そわか合掌

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