価値観の手放し方
相談というか吐き出させてください。
私には夢があります。
しかしそれが本当に好きなことなのか分からなくなってしまいました。
幼い頃から承認欲求が強く、他人から私は価値のある人間だと認めてもらわないと生きてる意味がないと感じていました。
主に親から褒められたいという気持ちが強かったように思います。
そのように生きてきてしまったがゆえに私はマイノリティに引かれやすいのです。
ここで私の言うマイノリティとは目指す難易度が高く、世間的に見て少人数しかなれないようなもののことです。
私の目指す夢は、博打だと言われるような夢です。化け物みたいな天才たちがゴロゴロいます。努力を努力とも思わないような人たちが大勢います。
そして私の夢であるはずのものは、おそらくマイノリティであるからこそ私は目指してしまったのだと最近気づいたのです。
これは私の本当にしたかったことなんだろうかと思うようになりました。
私は特別な人間でありたかった。よく落ち込んでいる人にかけられる言葉として「貴方がいなくなたって世界は回るのだから落ち着いて休んでいいんだよ。」というものがあると思います。しかし私はそれではダメなのです。特別な人間でありたい、私がいなければ不可能になってしまうような価値のある人間でいたい。それがゆえに完璧でなくてはならない。こんな風に生きるのは正直苦しいです。
頭では分かっているのです。1人1人個性があり生きているだけで素晴らしくて、特別とかそんな言葉でくくれるものではないと。しかし、どうしても私は他人から見て特別で優秀な人間でありたい。そして親に私には価値があると思わせたいのです。
20代にもなって、こんな考え方しかできないのが本当につらくてしょうがないです。夢だったものも今は見るのもつらくてしょうがなくなってしまいました。私にはなれないものだと思うからです。
願わくばもっと楽に生きたい。それが叶わないのならば、もうこの世にいる意味はありません。
どうかこんな私にアドバイスをお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
みみみ 様 相談ありがとうございます。
自分の夢を実現したい。でもなんか苦しいしし不安。ハードルが高すぎるのか?ただ承認欲求の為の仮の夢なのか?そんな感じではないでしょうか?
夢を追いかけるには、夢に向かってモチベーションが必要だと思いまます。そのモチベーションは、10年とか5年とかぐらい先の未来に夢を実現した時を想像し、その中で、感動を味わうことです。それも涙があふれるくらい、身体が打ち震えるぐらい感動することです。親に認められたいとか、そんなレベルではありません。
「あなたの周りの全ての人に認められ、皆が笑顔であなたを讃え、皆がそれを喜んでいる。そして、あなたは自分に誇りと勇気をもってそれを実現したことにとても満足感を覚えて、周りの人に感動を喜びを与えている。」
そんな大感動を想像でも体感した時、あなたは夢に価値があると思い、モチベーションを保ち続け、精進努力し、勇気と強い気持ちをもって、少しずつでも前に進むことが出来るでしょう。
さて、この大感動を得る想像をするのには、コーチング的なサポートが必要となると思います。あなたが精神的に信頼でき相談できる人です。その人と一緒に未来を描いてもらうことです。一人ではおそらく「親に認められたい」で停滞すると思いますので、信頼できる人を頼ってください。こうして人との繋がり信頼関係を築くことで、夢を確かなもとできるでしょう。
なお、目標とする夢は時として変化しても構わないことも伝えておきます。環境が変われば変化せざるおえなくなるからです。その時も信頼できる人と未来を描きながら変化を起こしていきましょう。
生きる意味は、そうして歩んでいくうちに見つかっていくものだと思います。
参考にしてください。一礼
追伸:お礼メッセージありがとうございました。ゆっくり向き合う!いいですね。自分の人生は自分が主人公。マイペースでいきましょう!応援いたしますので、何なりとご相談ください。この度のご縁に感謝申し上げます。合掌礼
プライドの煩悩
生命に細胞膜ができて、細胞の内外で自他の分別差別ができたときから、私達は自分(細胞膜の内側)を守りたい、つまり生きていたいと思い続けているのでしょう。
生き続けるためには、自分は素晴らしい、自分には価値があると思った方が良いかもしれません。
しかし、そのようなプライドの煩悩は生存本能の副産物にすぎないのではないでしょうか。
プライドの煩悩は、自分の価値を気にして、今の自分を他人と比べたり過去の自分と比べたり理想の自分と比べたりして、ストレスや嫉妬の原因となります。
ということで、まずは意識的に
「これはプライドの煩悩だ。煩悩は悩み苦しみストレスの原因になるから、煩悩に溺れないように気をつけよう」
と念じるようにしましょう。
また、プライドにまつわる妄想雑念に気づいたときは、
「これは私が頭の中で考えた概念上の幻にすぎず、実際にはたいして必要ないことだから執着に値しないことだ」
と念じるようにしましょう。
また、
「心は無常であり、思考・感情・気分は瞬間ごとに浮かんで消えている。だから私は瞬間ごとに新しい私であり、過去や未来にこだわる必要はない」
と念じるようにしましょう。
質問者からのお礼
願誉浄史様、
お礼のコメントが遅くなってしまい申し訳ありません。
その通りです。私はプライドが高すぎる。そしてそれは今現在も苦しみの原因になってしまっているので、手放さなければならない。きっと人生の課題になるのだろうと思っております。
アドバイスありがとうございます。
どうにか他人と比較することなく、プライドを捨てて生きていきたいと思います。
釋様、
お礼のコメントが遅くなって申し訳ありません。
私は夢を夢のまま捨てることが実は幸せなのかもしれないとこの頃思うようになりました。アドバイスありがとうございます。
未だ答えは出ませんが、ゆっくり向き合いたいと思います。