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小さい頃描いてた人生を送れない

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現在、就活をしています。

小さい頃思い描いていた理想と今のギャップが大きすぎて自分にへこみます。
小さい頃の自分にごめんねという気持ちです。小さい頃は、国際的な仕事に就きたい!という思いがありました。

何をしたいのかわからない、自分の専門分野持ちたい、特別なものを持ちたい、
一方でどこの企業にも受からない、ちっぽけな存在ですごく消えたくなります。
ネガティブな自分に嫌気がさします。

なりたい仕事を見つける、自分を好きになるにはどうしたらよろしいでしょうか。

2024年7月5日 11:23
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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

試行錯誤です。

 こんにちは。就職活動がなかなかうまくいかない、へこみますよね。
 小さい頃、夢があったのなら、それは素晴らしい事と思います。「夢なんてない、昔も今も」という方もいますからね。
 さて、具体的な就職については、「試行錯誤」よりないと思います。今は何かとマニュアル化された世の中ですが、実際の行動は具体的でそれぞれ唯一のもの。正直言って、「なる」より「続ける」ことが大切です。
 インターンとは言いませんが、アルバイトや飛び込みで行くよりないかも知れません。「続けられる」仕事に巡り会うまでは流動する。今の時代、昔よりもそれがやりやすくなっているとは思いますよ。
 「自分を好きになる」については。
 これまた一般論ですが、自分で自分の肩を抱いて、「私、よくやってる」と自分に言う。あなたの心臓も肺も、あなたが生きるために働いています。「ありがとう、私の心臓。」は、人が聞いたら引くかも知れませんが、私も時々やります。自分を労わる、その具体的な方法です。

2024年7月5日 12:06
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

自分を苦しめる「理想」ならば捨ててしまえばよいのです

僭越ながら、真心こめてご忠告申し上げます。

余計な雑念(=現代的価値観)に縛られてしまっているから、今の「自分」を許せず、どうにも好きになれないのではないでしょうか。

「何かしたいことがなければならない」
「大きな存在になることに価値がある」
「専門分野や特別なものを持っていなければ…」
「ポジティブであることが望ましい」
「理想通りに生きること(こそ)が素晴らしい」
などなど

そうした現代的価値観は、そもそも知らず知らずのうちに(えてして幼少期に)、あなたのなかに流入してきた“雑念”なのでは?

理想も所詮は「雑念で出来ているだけのもの」に過ぎないのかもしれません。

ですが、もしそうだったとしても悲観することはありません。そのことに気づけたのだとしたら、その「気づけた」ことにこそ本当の価値があるからです。

人間は、いつでも変われます。
気づきが人を変えていくのです。

自分自身が「ちっぽけな存在」だと気づけたなら、そのことを喜んでください。あなたは立派に人間的成長の階段をのぼっているのです。

いまだかつて本当に偉大な価値ある仕事をした人で、自分自身のことを「(わたしは)偉大な存在だ」などと妄信していた人物が果たして一人としているものでしょうか。

どうやったって人間一人なんて「小さな存在」なのです。だからといって、価値がないのではありません。「価値」とはもとより備わっているものなのです。何もできない赤ちゃんの時から、生命的な果てしないほどの奇跡的価値を抱えているのです。

ですから「自分の価値」なんてことはひとまず考えなくても大丈夫なんです。そんなことは考えずに(なるべく脇に置くようにして)、今「出来ること」を精一杯がんばればよいのです。

それ以上のことを求める神様も仏様もいらっしゃるはずがありません。

等身大の自分と向き合って懸命にがんばっている、どこに向かえばよいのかわからずとも(諦めて溺れてしまったりせず)もがいている、そういう尊さに気づいて、ご自身のことをほめて(認めて)あげましょう。

他のお坊さんもおっしゃっているとおり、どんなにしんどくても心臓は動いてくれていますし、呼吸も止まることなく、あなたを生かしてくれている。

もとより自由な心をお持ちなのに、いつまでもつまらぬ“雑念”に縛られていてはもったいないではないですか。

そわか合掌

2024年7月6日 8:07
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有り難し
おきもち

個別相談可能
「ただ、祈るばかり。」 抜苦与楽こそ、お坊さんの仕事。 それが拙僧のささやかな信条です。 人はそれぞれ心に哀しみを抱いて、 それでも懸命に生きている。 微力ながら、仏の智慧を借り、 その哀しみにそっと寄り添っていけたら と思っております。 — 横浜の片隅にて「そわかの縁側」を主宰 サッカー人生を歩む息子の父 — ・幼少期に日曜学校にて宗教心の萌芽 ・学生時代から真理(の探求)に関心を持つ ・25歳キャリアや経済力を捨てて仏門へ ・約8年かけ家族の鬱病を一緒に乗り越える ・自ら道場(瞑想スタジオ)を開く ・瞑想指導、伝道説法の日々を送る ・コロナ禍に瞑想スタジオを失う ・オンラインレッスンへ移行 ・縁あってhasunoha回答僧となる ・リアルな場として「縁側」を開く ・道友たちと静かに坐り、茶話を楽しむ ・自らの経験した様々な“哀しみ”に気づく ・人の哀しみに寄り添う仏道者へ — どのようなことでもご相談ください。八方塞がりのように感じるときほど、案外近くに突破口があるかもしれません。 そわか合掌
今、大切なものや大切な存在を失って哀しみを抱えている、日々どうにか生きているけれど生きている感覚がない、これから先うまく生きていける気がしない、そのようなつらく苦しいとき、ふと頼っていただけましたら、有り難うございます。 残念ながら、拙僧には、あなたの哀しみを消し去ることは出来ません。でも、誠心誠意、あなたのそのお心にそっと寄り添い、ただ静かに祈ることは出来ると思います。 哀しみ(喪失感)は、大切な家族や友人、愛犬・愛猫との別れだけでなく、失業や自身の健康(若さ)など、かけがえのない存在や大切なものを失った際に生じるものです。大切なものを失ったときの感じ方は人それぞれ。小さなことと思って放っておくと、元気(生のエネルギー)を必要以上に消耗してしまうことにもなりかねません。ご自身の哀しみに気づいたときには、誰かに助けを求めてください。hasunohaも、使って使って使い倒してください。仏の掌は、必ずや、あなたの心を救ってくださるはずです。 そわか合掌

『天職と転職』

みな様

ハイサイ、みな様、ウブン、ウサガミセービタンヤー(琉球・沖縄方言)?
※訳:こんにちは、みな様、お食事は、お済みになられましたか?

はじめまして、沖縄県の帰依と申します。

多々、私も思い当たるところがあり、共感させていただきました。

みな様、「小さい頃思い描いていた理想と今のギャップが大きすぎて自分にへこみます。」のお言葉、私、とても、他人事のように思えません(^_^;)

私は、小さい頃、お坊さんではなく、レーサーになることが夢でした。

しかも…オートバイでして(^_^;)

周囲からは、大反対、努力しても、国際大会どころか、国内大会ですら、結果を出せませんでした。

そんなこんながありまして、みな様と同じく、「小さい頃思い描いていた理想と今のギャップが大きすぎて自分にへこんでいる」…私なのですが、いつの頃からでしょう?

今のお坊さんという立場が、「ひょっとしたら、自分の天職なのでは?」と思えるようになりました。

旧友などからは、オートバイのハンドルを握る手が、いつしか、お葬式・ご法事のお念珠(ねんじゅ)を握る手に変わってしまったのですから、「一体、君の人生、何があったの?」と七不思議の一つに数えられているのだとか(^_^;)

私なりに、その理由を尋ねるとき、恩師から、『天職と転職』、「天職…自分がなりたい仕事を探すため、転職するのも人生色々」、「天職…自分がなった仕事を極めるため、転職しないのも人生色々」とのお言葉を思い出しました。

前者は、「小さい頃思い描いていた理想」から、私達は、ある意味、転職をし、就活も含め、今の現実の仕事に出会えているのかもしれません。

後者は、今の現実の仕事を極めることこそ、なった仕事が、なりたい仕事に変わっていくのかもしれません。

みな様の仰る、「自分の専門分野持ちたい、特別なものを持ちたい」とのお気持ちは、継続することにより、ご褒美として、私達に、与えられるもののような気がいたします。

みな様、就活中ということは、すでに、専門家となる第一歩を踏み出されていますので、天職に向け、ご縁のある企業とのありがたき出会いをお待ちいただければと思います。

チューガ、みな様ニトゥリマシティ、シェーウェーヤルーヒヤイビーングトゥ(琉球・沖縄方言)。
※訳:今日が、みな様にとりまして、幸せな一日でありますように。

2024年7月5日 16:20
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有り難し
おきもち

帰依 龍照(きえ りゅうしょう) 1968年生 岡山県出身 岡山大学大学院博士課程単位取得・中央仏教学院研究科卒 岡山県寺院・法務員→球陽寺(コザ本願寺)・副住職→球陽寺(コザ本願寺)・住職(第18代住職)→球陽寺(コザ本願寺)・前住職
専門分野:仏教・浄土真宗・『琉球・沖縄学』

海外で寿司職人など

海外では寿司職人のニーズが高いそうです。
また、けっこう短期間で寿司職人の基礎が学べるコースもあるそうです。
それは一例ですが、より広いジャンルで現在のトレンドを調べてみても良いでしょう。
また、青年海外協力隊やボランティアで海外に行く人もいます。
求人があるジャンルは他人に必要とされているジャンル。
他人の役に立つことで自分を認められる場合もあります。
恋愛で他人から好かれることもその一つです。
なお、仏教的には、自分の価値を気にしてしまうプライドの煩悩は悩み苦しみの原因となる余計な感情だと考えます。
悟りを開いた仏様は自分の価値なんか気にしないのです。

2024年7月5日 12:46
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

心が救われました。ありがとうございます。

自分で専門分野がなければならないと価値観をつくって、しばっていました。もっとのびのびと生きたいです。

また得意なもの、専門は、継続することにより、ご褒美で与えられる。この言葉を聞いてはっとしました。コツコツ日々の積み重ねが大切なんだと思いました。

一つ一つの言葉が生きる中で心に沁みました。また読み返そうと思います。ありがとうございました。

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