精神的に自立したい
はじめまして。私は23歳実家暮らし社会人の女です。
親は高齢出産のため両親ともに60歳です。私は小さい頃から家族が大好きで、そして家族、大切な人の死が常に怖く、最近特にその事を考えてしまって一人で泣いています。
母にもその不安を話したのですが、母はいずれは人は死ぬ来る運命に従うんだよと私よりも何倍も強い気持ちです。しかし、私はやっぱり耐えられません。ずっとずっと仕事中も両親のことを考えてトイレで泣いてしまいます。大学生の頃、一人暮らしをしていたのですが、両親のことを考え、少しでも恩を返そうと実家に戻りました。感謝はできるだけ伝えたいのですが、やっぱり死を考えるだけで辛いです。
また、遠距離恋愛をしています。片道4時間程の距離ですが、いずれ自立して彼の元へ行こうと思ってます。しかし、両親のことが心配でならないのです。両親は子供が幸せならいい、自由に生きてほしい方針なのですが、私が心配でならないのです。本当に不安です。彼の元へ行きたい気持ちも両親のことが心配な気持ちふたつあって辛いです。精神的に自立して前向きに生きたいです。
心療内科も予約済みなのですが、それまで時間があります。この常に抱えてる親の死の不安、精神的自立の仕方どうかご享受願いたいです。
日々不安で辛いです。助けてください。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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「諸行無常」を知ることから。
拝読させていただきました。
むむ子さんは心根が優しい思いある明媚な御方です。
親に心を清らかに育てられ、良い環境の下で成長されてきたと思います。
仏教ではその清らかな心を「清浄心」といいます。
すべての人々がそのような清らかな心の主ならば譲り合いの精神で平和な世界がもたらされることです。世間の濁った社会も多々ありますが、そのまま清浄心を保持してください。『泥水の蓮』を一貫していってください。
本題に入りますと、親の心配をされるお気持ちは素晴らしいですが、あまり過敏になると、本当に親の死に直面したときには起死回生が困難となります。
お母様が言う通りに、「いずれは人は死ぬ来る運命に従うんだよ」ということが真理です。分かってはいるが、そのまま心配を抱えたまま生きていくことは親離れできず、両親も心配を抱えることになっていきます。
ことわざに「親思う心に勝る親心」とあります。
どれだけ物質的や金銭的に豊かな恩返しをしようとも、親が子を思いやる気持ちには勝ることはできないということですが、ご両親さんは子どもが幸せだといえる環境ではなく心境に居てくれれば、何よりの恩返しとなります。
この世は「諸行無常」です。諸々行う全ては常という留まることの無い事象の連続です。
むむ子さんは単に未来を心配し過ぎているのです。未来は何もしなくても勝手に訪れます。仏教では、ただただ今を切に生きることを伝道します。人間の観念が創り出した三世という「過去・現在・未来」というものも他の生物は考えもしていないことです。人間だけが持つ不安要素が三世なのです。
釈迦は「過去は追うな。未来を待つな。今を切に生きよ。」と真理を説きました。
日本では玄関に入ると「ただいま」というのが全てを生き方の中心を違和感なく使っています。
玄→玄奥
関→関門
↓
をくぐる
↓
只今(ただいま)
なのですが、過去を追わず(後悔を背負わす)、未来を願わない(これから訪れる不安を前借りしない)、ただ ただ 今だけを生きることです。
むむ子さんの優しい親を思いやるお気持ちは充分にご両親に伝わっていることと思います。
それよりも結婚を報告して、子どもの成長をしたと思わせる幸せの報告や、孫を抱かせてあげることを思念された方が、ご両親は何よりの恩返しと幸せの心境を味わうことと思います。
今を生きながら、諸行無常を会得です。
安心なさって下さいね
拝読させて頂きました。
あなたは幼い頃から家族が大好きで、家族や大切な人の死が怖いのですね。最近特にその事を考えてしまって一人で泣いていまうのですね。あなたのそのお気持ちとてもわかるように感じます。お気持ち心よりお察しします。
私も若い頃そうでした。親しい方々や家族が亡くなってしまうことに恐怖を覚えて夜も眠れなくなってしまう程でしたからね。そればかり考えてしまって何もできなくなってしまった程です。いつ死がやってくるか恐れおののいていました。
しかしながら仮に死が来てもまた再び会えることを知りました。
仏様は亡くなられた方々を必ずお導きなさって下さいます。そしてご先祖様が亡くなられた方々を優しくお迎えなさって下さいます。ですから亡くなられてもまた親しい方々やご先祖様にお会いすることができるのです。そして仏様の前で一切の迷いも苦しみも痛みもなくなり、何の憂いもなく清らかに安らかにご成仏することできるのです。
ですからどうか安心なさって下さいね。
あなたは必ず親しい方々やご家族の皆さまにお会いすることできるのです。
あなたがこれからも大切な方々と一緒に仲良く幸せに生きることできます様に、与えられた命を心から健やかにに充実なさって生きることできます様に、天寿全うなさった時には必ず仏様がお導きなさって下さり、親しい方々やご家族やご先祖様に優しくお迎えされて再会を喜び合うことできます様に切に仏様に祈ってます。至心合掌 南無阿弥陀仏
むむ子 様
精神的自立をすることと、ご両親がお亡くなりになることへの不安とは、分けて考えるべきであろう。
自立をしても死への不安が無くなることはない。
生きとし生けるものはいずれ死をむかえるからである。
避けて通れない道である。
では、どうすればよいのか。
死への不安と向き合い受け入れることであろう。
そして「信じること」である。
あなたがどのような信仰をお持ちであるか、私は知らないが
仏教であれば、死が訪れても、仏様のところへ行き安心して居られる。
そして、繋がり・絆が切れるわけではない。
やがてご先祖様として、我々を守ってくださる存在となると信じることである。
肉体は見えない。それは確かに悲しい。お釈迦様も先に逝った人の死を悲しんだ。しかし、繋がりや絆が切れることはなく、心で繋がることを確信し、
見える肉体の執着からくる嘆き悲しみを離れたのである。
すぐにそんな心境に到れ!とは言わないが、ぜひとも信仰を持ち心がけてほしい。
絆は切れない。あなたの心の中で生き続けると。
このような思いが、精神的自立に到るであろう。
この思考に立脚し、あなたが自分の人生をしっかり歩めば、ご両親は満足し安心するであろうし、彼とも良いお付き合いができるであろう。
と私は思う。
質問者からのお礼
皆様暖かく適切なお言葉本当にありがとうございました。皆様のお言葉を見て、安心しました。死後の世界でもご先祖さまたちがいる。そして、私も死後の世界でまた会えることが出来る。それを忘れないようしたいと思います。また心配しすぎるとかえって心配させてしまう。確かにその通りでした。自分らしく世をいきたいと思います。皆様、ありがとうございました。