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人の幸せが憎い、腹だだしい。

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有り難し有り難し 21

お世話になっております。また、相談させてください。

この時期、同期の進学・就職先が決まり、幸せな話をよく聞きます。

私もそうであるべきですが、昨年から非定型うつになってしまいました。

「自分は自分。人と比較するな。」というアドバイスを頂戴しますが、うまくいきません。

逆に客観的に物事の判断が出来なくなりました。

どうしたら人の幸せを喜べるようになりますか?

私の性格は歪んでしまったのでしょうか?

2014年8月29日 14:49

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

無理はしないでそのままで

否定形鬱との事で、お辛い日々であろうと思います。
ただ、青うめさんの辛さが解るとは申せません。辛さは鬱であろうと人それぞれであろうと思います。

比較するなと言われても気になる事を押さえる事は出来ないと思います。

気になるのであれば、比較して相手を羨んだり憎く思ったりする事もあることと思います。
それを無理をして「比較するな」「自分は自分」と思いを切り換えられるくらいなら、鬱という病気ではありません。

「否定形鬱」という診断が下っているのであれば、その状況を受け入れるのが大事ではないかと思います。
つまり、比較して憎くなる程辛くなっても、それは仕方が無い事です。
無理にそれを修正するより、今は病気であるのでそう思ってしまうのだと思ってみてはいかがでしょうか?

病気が快方に向かえば少しずつそういった気持ちも変わって来て、人は人と思えるようになると思います。

草や木は冬の寒さの中で寒さを根性で暖かくして芽を出すような事はしませんよね。
青うめさんも「鬱」を患っていらっしゃる今は季節で言えば「冬」なのだと思うのです。
「冬」を避けようとせず「冬」受けとめて回復を待てばきっと病気が回復する「春」はやって来ると思うのです。

春に思う存分芽を出し花を咲かせる草木のように、青うめさんもきっと病気が快方に向かえば水に張った厚い氷がとけて行くように いろいろな苦しみが和らいで行くと思います。

ですので、今はそのままでいいと思います。
焦らず病気を治して行きましょう。

2014年8月30日 17:58
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有り難し
おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

あなたはあなたのままでいいと思います。

石橋晃倫です。

人の幸せって喜べないですよね。私もそうです。人を見て羨ましいなぁ。いいなぁって思う事よくあります。

仏教では、縁起という教えがあります。簡単に言うと縁によって今の自分があるということです。
人との関係の中で今のあなたがあり、いろんな方の存在によって今のあなたの命があるというのが仏教の教えです。

自分が自分を作り上げてきたわけでなく、人と人の関係の中において今の存在があるので、人の目を気にしたり、人と自分を比較して腹立たしくなったりすることは誰にでもあることなのかもしれません。

でも、今本当に目を向けるべきところは、人ではなく自分なのかもしれません。

人と比較しなければ、今の自分がいないかというとそんなことはありません。
縁起に生きるというのは、比較に生きるのとは違い、ちがうものがちがったまんまで生きるということです。

人に目を向け比較し苦しむ(腹立たしいという気持ち)のではなく、ご自身に目を向け今を生きられてはいかがでしょうか。

私も人に目が行き苦しむことがありますが、そんなときは「ありの~ままの~」という感じで、のんびりふんわり生きています。

2014年9月1日 16:16
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有り難し
おきもち

広島県の山奥で御門徒さんたちと一緒に念仏生活を送っています。 できること...

「随喜」と「慈悲の瞑想」

青うめ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まずはあまり頑張ろうと無理なさられずに、少しずつでも非定型鬱病のご快復へと向けて調えて頂けましたらと存じております。

「比べること」につきましては、これまで下記各問いにて扱わせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_320135.html

比べることは一概に悪いことではありません。自身のおかれている現状を正しく把握することで、自己の向上に資するためには必要なことでもあります。問題となるのは、卑下したり、嫉妬したり、憎んだりと悪い煩悩に苦しめられてしまうことでございます。悪い煩悩を防ぐ意味では下記問いの拙回答における「慈悲の瞑想」と「随喜」が少しく参考になるのでないかと存じております。

問い「苦しい嫉妬や妬み、友人の結婚や妊娠、出産」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004623411.html

『・・「随喜」とは、「・・他の者の善徳行や慈悲・利他行について、喜びの心を起こして、その功徳に随うこと・・」でございます。この度の相手の行為(惚気話)の場合は、善徳行や慈悲・利他行とまでは言えませんので、この「随喜」の説明には当てはまらないかもしれませんが、「人の幸せ」に共に喜びの心を起こして、自分も幸せな気持ちになることができれば、「嫉妬」や「怒り」という悪い煩悩を抑えることができるため、誠に推奨されるものとなります。・・』

『・・人の幸せや善徳行を共に喜んで「随喜」していけるようにするために、「慈悲の瞑想」、あるいは「四無量心の瞑想」を行うことが仏教では一つの方法論・・』

客観的判断・・どうしても自我意識における価値観や先入観が強くあるため、本当の意味で客観的に物事を判断できるというのも難しいところがございます。仏教的には、「空と縁起」の理解を進めることで可能になっていくことにはなりますが・・「空と縁起」につきましては、またお時間のある時に下記拙回答をご参照頂けましたらと存じます。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/空と縁起

川口英俊 合掌

2014年9月1日 12:13
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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

悟東様、ご回答ありがとうございます。
現在はうつ病とうつ状態を繰り返しております。言わばグレーゾーンです。
病院に行ったものの薬の副作用があまりに強く、通院を諦めました。他の病院を探しています。
確かに今は辛いです。この辛さや苦しさに耐えるより、見つめられるようにするということでしょうか?
ただ、これでそのままでと言われると、正直人を傷つけそうで怖いです。
見つめられるようにしてみます。ありがとうございました。

川口様、ご回答ありがとうございます。
確かに

「誰かの幸せ」は良いことです。

そこに卑屈になることは本来ないはずですよね。

比較することは悪いことではない。

この言葉で心がすぅーっとしました。

多分、私の中で「皆と同じようにしなければならない」

という考えが根付いているとおもいます。

その質問は別の機会にさせていただきます。

ありがとうございました。

石橋様、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。ご回答ありがとうございます。
何と無く『自分が生きている』と他者との関係を見ていなかったところもあります。そんな自分も見ていなかったこともありますが…。
『ありの〜ままの〜🎵』が名曲なのも納得です。ありがとうございました。

追記です。

現在、病院をかえて食事療法で治療を進めております。薬の種類もかなり減らせました。
副作用に悩まされず何とか暮らしております。皆様のおかげです。
ありがとうございます。

「嫉妬・人の幸せを喜べない・不幸に喜ぶ」問答一覧

嫉妬心がまるで刃物のように

非常に長文になりまして申し訳ありませんが、どうかこのどうしようもない感情をどうすれば良いか教えてください。 私には趣味があり、趣味で知り合えた友達がいました。とても気が合い、とても仲良くしていました。 その友達は私よりも長く趣味を続けており、それ故に私よりも遥かに技術がありました。そして私の見える範囲において、とても多くの人が友達を評価し彼女は毎日のように称賛の言葉を貰っていました。 私にとっても彼女は自慢の友達であり、趣味においては誰よりも尊敬できる相手のはずでした。 きっかけは私がとある人から仲間外れにされ、その人の周囲の人間と付き合えなくなった事でした。私の友達はその人が主催する企画に参加し、その中で多くの脚光と評価を浴びているのを私はただ眺めていることしかできませんでした。 私はその場から離れ他のグループの人達と積極的に話すことにしました。 しかし、私の友達はそのグループとも仲が良く、新たに見つけた居場所でも彼女はいつもいつでも評価されていました。 いつしか私はありとあらゆる場所で目に入る彼女への称賛の言葉のうち、一言でもいいから自分にもかけて欲しいと思うようになっていきました。 私も趣味においては自分なりのこだわりや見てほしい点がありました。しかしいつでも目に入るのは友達の作品への褒め言葉。私を褒めてくれる声もありましたが、その何倍も何十倍もそれを貰っている友達のことを考えると私にももう少し認めてくれる声があってもいいのではないか、と浅ましくも考えてしまうようになってしまいました。 私は「褒めて欲しい」しか言わなくなってしまい、その結果仲良くしてくれたグループの何人かに嫌われてしまいました。 それから私の嫉妬心は爆発し、友達に八つ当たりのように嫉妬の言葉をぶつけて結局その友達にも嫌われて居場所を全て失ってしまいました。 自業自得の結果ではありますが、人間関係を経ってしばらくした今でも自分と他人の心さえ切り刻むような荒れ狂う嫉妬心と全てに対する後悔で壊れてしまいそうです。 寝ても覚めてもこの事しか考えられません。 私は誰が憎かったわけでもなく、ただ自分も見て欲しかっただけなのです。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

嫉妬心を無くしたいです。

今、妻に嫉妬しています。 こんな感情初めてで、どうやって気持ちの整理をするのが良いのかご教授お願いいたします。 今春、一番下の子供が小学校に通い始めました。自分を犠牲にして10年以上専業主婦をしてきた妻です。時間が取れるようになったのでしょうか。パートを始めました。 ちょっとお金の余裕、自分で稼いだお金=気兼ねなく使える。といった開放感が出てきたんでしょう。(今まで私の稼ぎだけでやりくりすることが心に引っかかっていたのでしょうか?)新しい洋服を買ったり美容室、エステにダイエットとすごく活きいきとしてきました。すごくキレイになりました。 最初は「よかったなぁ」と思ってたんですが、次第にお互いの時間が合わなくなり、夜の方も拒否じゃなくて拒絶されるようになって、すごく寂しい思いをするようになりました。 その中で妻が飲みに行って朝帰りをしたり、無断で子供達を置いて飲みに行ったりするようになりました。自分よりも飲みに行くほうが楽しいんだ。 自分よりいい男がいるのでは?と疑ってしまい、妻に嫉妬する様になりました。 元々明るい性格の妻で友達から声がかかることも多くて、いろんな人から好かれますし。自分が持ってないようなイイところを、自分がこうありたいなって思ってるところをたくさん持ってて。妻のそんなところが大好きで、惚れて。結婚したんですけど、それが嫉妬の原因となって自分で自分の首しめちゃってます。 これまで飲みに行ったりするときは喜んで送り出していたのですが 、、今は独占していたい気持ちが前面にでてしまい、妻が一人で外出すると不安になってしまいます。 こども達のことだったり、家事を頑張ってくれてたりと、妻には本当に感謝しています。愛してます。大好きです。 気持ちを抑えるがために考えこんでしまい、仕事にまで影響が出てしまってます。 まさか自分がこんな気持ちになるとは思ってもいませんでした。 妻には妻らしく過ごしてほしい。自分もこれまで頑張ってきてくれた妻を受け入れたい。と思うのが本音ですが、この嫉妬心がジャマをします。 この嫉妬心、どう向き合えば良いでしょうか? 私の弱さでしょうか? 気持ちを整理するアドバイスをいただけませんか? よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 39
回答数回答 1

特定の子に執着している自分が嫌です

最近、大学の同じ専攻のある子(Aちゃんとします)に対してのイライラが収まりません。 その子は大学に入学して1,2年くらいは行動を共にしていた子ですが、性格が合わずどんどん関係が気まずくなっていき、Aちゃんが私に対してイライラしている態度を出してくるのがキツくて、距離を置きました。 もう今では行動を共にすることもなく話をすることも無くなりました。 一緒に行動することが無くなり、心が軽くなったと思っていましたが、今度はAちゃんに関連するものを見ただけでイライラするようになってしまいました。 名前を見ただけでもモヤモヤするし、 声を聞いても耳を防ぎたくなる。 今日なんて、授業でAちゃんの作品のプレゼンを聞く機会があって、本当に地獄だと思ってました。 極端に言えば、Aちゃんが存在していると思うだけでも嫌なんです。 なぜこんなにイライラしてしまうのか・・・それはおそらく嫉妬だと思っています。 Aちゃんは賢く、とてもスペックが高い子です。友達も多いです。 私は真反対なタイプで、友達と呼べる人はゼロに等しく、本当は羨ましくて仕方ないのだと思います。 もう友達という関係でもないのに・・・Aちゃんを比較対象にしても仕方ないのに。ひどく執着してしまっていて苦しいです。やめたいです。 どうすればAちゃんへの執着をやめられるのでしょうか。

有り難し有り難し 25
回答数回答 1

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