難病、病院との戦い回答受付中
毎日が辛いです。私は4年前から大腸の指定難病になってしまいかかりつけ医からすぐに大学病院を紹介され治療を受けておりましたが去年医師から治験薬を強く勧められ断っても聞く耳を持ってもらえず治療に関しても診察もせずに「痔です。専門病院に行ってください」と言われかかりつけ医が診察した所「痔ではない。」事が分かりました。決定的だったのは20代の治験薬コーディネーターに「もしこの薬が認可されても貴方には飲ませてあげませんから」と耳を疑う事を言われました。私は第三者機関の方に相談し別の病院で診て貰う事に決めました。私が治験薬を拒んだ理由はかかりつけ眼科医の猛反対とかつて伯母が新薬を飲み始めてから〈私とは違う病です。〉体調が悪くなり亡くなってしまったからです。私は緑内障の手術もしております。私は勿論治験薬と勝手に振り込まれる治験協力費は全て大学病院に返しました。
かかりつけ医の先生と大学病院の先生の紹介状を持ち違う病院に行きました。
それでなくても症状が酷いときはしゃがみ込んでしまう位辛いです。それにプラスして理由を無視してでも人の嫌がる事を強要する医療従事者がいる事。
駅のホームでの放送にも悲しくなる事がありました。ホームに並ぶ事。危険行為をしない事。乗車前に駅員が言う当たり前の言葉の中に先日、しゃがまないでください。がプラスされていました。私はしゃがんでも人様に迷惑をかけた事もございませんし電車の運行を妨げた事もございません。お腹が痛かったのです。これからは列に並ばずにベンチに座り電車が来たら列の一番後ろに並んで車中お腹が痛くても立って病院に向かおうと思いました。
夫がおりますが思いやりのない自己中な人間なので全て私一人で考え行動しなくてはなりません。もう疲れました。楽しみも喜びも何もありません。こんな辛い気持ちを抱えたまま生きて行く気力はありません。そして自殺する勇気もありません。
お坊様私は今後どの様に生きていけばよいのでしょうか?どうかどうかご教示くださいませ。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人間界の楽しみ
どうせできることしかできない人生なので、今できることをできる範囲でやれば合格人生です。
医師には医師の都合、鉄道会社には鉄道会社の都合があり、それぞれに主張があるのは仕方ないので、耳をかたむけつつも、自分にできることだけをすれば良いと思います。
そして、死ぬまで生きるしかないのですが、人間世界ならではの楽しみというものはまだまだあるかと思います。
スマホをお持ちであれば、動画や音楽、聴く読書等で日常生活の潤いになるかもしれません。
本当に体調が悪いときはそれもきついですが、ちょっと体調がマシな時間帯に、ちょっとした楽しみというのがあるだけで気分転換になるのではないでしょうか。
心は瞬間ごとに浮かんで消えていきます。
心は変化することが可能なのです。
質問者からのお礼
願誉浄史様
どうもありがとうございます。難病なので特効薬もなく別の病気の治療薬を使用して効果、副作用等を記録して残すという事を現在通っている病院ではなさっているようです。点滴治療のお陰で一時期は快適な日々を過ごしておりましたがどうした事か点滴治療が効かなくなりました。
お坊様が仰る様にできることしかできない人生。とうい言葉で力が入っていた体の力がすっと抜けました。
音楽は歌詞付きで聞いて歌詞をかみしめながら聴いております。時には感激してしまい涙する事もあります。「愛」について歌った曲はあまり好きではないので聴きません。詩集やエッセイが好きなので何冊か購入しました。
本当にどうもありがとうござあおました。