hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

夫に対して穏やかに接するためには?

回答数回答 1
有り難し有り難し 24

今年、結婚10周年を迎えますが、どんどん夫に対する嫌悪感が増して、心の底から穏やかに接することが出来ません。

私の夫に対する嫌悪感の原因は、ギャンブルと風俗通いです。

ギャンブルは主にFXで、携帯で簡単に一桁増やすことが出来るため、借金もあり、家のクレジットカードからも定期的に数十万単位でキャッシングをします。夫は年収1000万円を超えておりその自信もあるため、どれだけ使っても俺が稼いだ金、そんな簡単に無くなるわけがない。これだけ稼いでるんだ、なんで好きなように使っちゃいけないんだ、お前はあつかましい、という意見です。
私は趣味のギャンブルなら趣味の範囲(決めたお小遣いの範囲内で)やって欲しいと思いますが、価値観の違いから、それは無理とのことです。

もう一つの風俗は、2人目の不妊治療中に初めて発覚しました。私→デリヘル→私→ヘルスの4日間もあり、本当に惨めで悲しく、眠れない日々もありました。その後も、定期的に続く風俗通いや浮気。夫によると「本能だから仕方がない」ということです。

上記の2点、あまりに違う価値観に、私は嫌悪感を持つようになり、夫に対して心の底からは優しくなれず、それに不満を持つ夫が激怒する、という負のスパイラルに陥ってます。

ギャンブルも風俗も、夫は意志を持って、プライドを持ってやっていることなので、夫を変えることは出来ません。上手く家庭をやっていくためには私が考え方を変えなければいけないのですが、どのように考えたら穏やかな気持ちになれるでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

一秒、一時間、一日、一年、十年…それらは皆「一念」。

ご主人の風俗、ギャンブルは困ったものですねェ。一緒に怒ってあげましょ。ぷんぷん。
お金が発生しているとはいえ、今後もフーゾク通いが続くなら、肉体的には実質浮気と変わらんでしょうから嫌なら離婚してしまいましょう。ポイポイ。
「本能だから仕方がない」で、何でも許されるのであれば何でもOKということですよネ。(-"-)ご主人の論理は、ウン。ゼッタイ間違っていると思います。ちゃんとばれない様にやってほしいものですね!(そういうことじゃない)
そもそも男性には、表に出てこなくても色々な嗜好があるものです。
ギャンブル、スポーツ好き、飲酒、釣り、音楽、暴飲暴食、浮気性、虚言癖…、パートナーには必ず何かつきものです。多めに見ている女性もいるものです。そういう方の言動を学ぶのも一つです。
「条件付けを無くす」
まずは、あなたの理想のご主人「理想像」を捨てて現実の今のご主人をみてください。
悪い面ばかりではありません。
良い面だって、ついています。
それもあなたの都合。
物事には良い面と、悪い面があるように、人にも悪い面があるもの。
ご主人を好きになったのも、その時の一念。
ご主人を嫌いになったのも、今の一念。
風俗にいったご主人を毛嫌いする思いも今の一念。
先を憂うのも今の一念。
十年を振り返るのも今の一念。
その一念が生じているのはどこでしょうか。
その一念の方にあなたは動ぜられているのです。
今日、その一念をしばらく置いて、今後風俗に行くならば離婚することを伝えてください。
あなたよりも風俗を選択する程度のちんちん人間ならばそれでいいじゃないでしょうか。
良い方法があります。ぶっちゃけご主人のセーヨクをあなたがヘルス嬢以上に満たしてあげることです。
それしかありません。ご主人のセーヨクが続く限り、それを満たしてあげる。
そういったところまで話し合えるのも夫婦です。
二人で話し合えなければ当山までお越しください。仲裁いたします。この前もそんな話がありました。
当山に納められておりますアダルト聖典カーマスートラ48の中に次のようにあります。
「モシ殿方ヲ喜バセント欲サバ」(以下略)
条件付けを無くすとは、相手をただの人として見ることです。
こちらの中に相手への理想が条件として生じていると、その条件に反することがあると怒りが生じます。
リセットしたければ是非当山まで。

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

ありがとうございます!
たしかに次男が生まれてからは子供の面倒もよく見てくれますし、たまにですが私が疲れているときに家事をしていなくても文句を言わない時もあります。いいところもありますよね。
ギャンブルで作った借金や足りない家計費は、私が稼いで何とかすればいいわけだし、私だってギャンブル借金返済のために風俗で働く可能性も高い中で、風俗に行く旦那を責めるのはおかしいな、と思いました。
旦那から性病をうつされたら治療すればいい話、今は妊娠中なので赤ちゃんに影響があると大変ですが、それでも性病がうつっていることを念頭に行動すれば早めの処置が出来ると思います。私にもやれることはあるのに、非はあるのに、旦那ばかりを責めてしまってる自分に反省しました。
気付かされたことがたくさんありました。穏便な心を持てないのは、私が過剰に期待してしまっているから。そう思うと、とても気持ちが楽になりました。ありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ