死の恐怖からどうしても抜け出せない
お久しぶりです、最近死が怖くなってしまったので投稿します
25になりましたが後半分で還暦になってしまうと思ったことと年月も早く感じてきてどんどん怖くなってしまいました
死んだらどうなるのか極楽へ行くのか地獄に行くのか地上を彷徨うのかそして最終的には輪廻で記憶が無くなってしまい自分その物が無くなってしまうのかと考えてしまいます
道行く人、テレビに出てくる人の中年か年寄りの方を見かけると20年か10年かそれとも近いうちかと思ってしまってとても恐ろしいです
周りに相談しても今考えてもしょうがないから受け入れようとか今を満喫しようとか寝てスッキリしようと返ってきて趣味だったり寝たりしたんですけど一旦和らぎますがその後からぶり返してきてしまいます、やはり怖いものは怖いです
こうしてる今も少しづつ死が近づいてきて生きてる瞬間も怖いです、一体どうしたらこの苦悩から抜け出せますか
それともこういう考え方をしてしまう自分が可笑しいのでしょうか
発達障害者です、なので色々誤ちは有ると思いますがそれでも頑張って生きます
ただ地獄が怖いです。 なのでここで色々と相談していきます。 怖がってばかりの人生は嫌なのでお願いします。
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お念仏を唱える度に、恐怖が安心に。みんなで同じ浄土へ参ろう。
死の恐怖は、私にもあります。「死」だけでなく、今が変わっていくこと、失うこと、離れていくこと、別れがあること、自分がわからなくなってしまうかもしれないこと。すべてが怖いと感じます。きっと、「今」に安心を感じてしまったからでしょうね。
だからどうなるかわからないことに、そして自分や周りが変わっていくことに、怖さがあるのでしょう。このままがいい!と考えてしまう執着とも言えますね。
ただ、こうして信仰に出会えていますから、仏様を頼りにしています。ですから私は、死後 浄土に生まれて行けることは確かであると理解しています。それでも、このままでいたいという気持ちも大きい。諸行無常なのに、私は欲張りですね。
あなたの場合は、死んだ後、後生がどうなるのか、そこが怖いのですね。極楽か地獄か、無くなってしまうのか、確かめようがなくて。だから今を生きるにも恐怖があるのですね。
周りは、考えても仕方がない、受け入れて、今を満喫してと言われたのですね。
でも、あなたの問いは大事なことですよ◎
考えても仕方がなくても、いつか最後には考えなくてはなりませんから、今しっかり答えがわかるほうが安心ですよね。そして、受け入れていくとは、不安ではなく、安心があることを受け入れてほしいわ。どのような安心かというと、仏様のお救いはもう既にあなたに届いているということなのです。必ず救うという約束をしてくださっていること。私は、仏様のお救いを信じていて、唱えてねと言ってくださるお念仏を申しています。これが救ってくださる約束なのだと、嬉しく心強い。だから、死後は心配なく、今も安心で生きられる。
どのように生きようと、いつが最期になろうとも、どんな最期であっても、仏様が救うと誓ってくださるのなら、私たちと一緒に信じて参りませんんか。お念仏は、仏様からの約束の声なのですよ。お念仏を唱える度に、恐怖が安心になっていくでしょう。苦しく思っても、仏様の声を聞いていきましょう。あなたを浄土へ救う声。
なもあみだむつと、私たちと一緒に。みんなで同じ浄土へ参りましょうね。
カラ念仏から実念仏へ
こんばんは。以前の問答も拝見しました。「念仏念仏言うけれど…」というタイトル。カラ念仏のこととか、本願ぼこりのお話がありましたね。
私も僧侶の資格を頂いて30年ほどになりますが、実際自分のお念仏がカラだったのか、実ある物だったのかと問えば、最初はそうではなかったのだろう…というのが正直なところです。お寺に生まれたのでお念仏に接してきた時間は長いのですが、そこにどんな思い、どんな願いが込められていたのか?といえば怪しいものでした。
しかし現在じつに還暦を間近にし、「ああ、自分の人生最大の問題への保証は、ここにあるのだな」という思いでおとなえしています。
「終わり良ければ全てよし」という言葉がありますが、お念仏は「終わり良し」を保証してくれる行為。「自分が亡くなる時は、仏様よろしくお願いしますね」という思いでおとなえしています。kairiさんはどうされていますか?
お念仏のやり方にはいろいろあるのですが、教義的ではなく実践的に一番大切なのは「念仏一会」といって、「何回でも気が済むまでお念仏称える」というやり方です。「ああ、自分は死ぬのが怖いなぁ」という思いが浮かんできたら、すかさずおとなえする。「仏様、自分がこの世を去る時にはぜひお迎えに来て下さいね。あなたご自身がそう宣言したそうじゃありませんか。私の時にも、ぜひそれを守って下さいね」という気持ちを持って、口には南無阿弥陀仏を称える。気が済むまで、何度でも。一日に何万回と称える方もあるそうですよ。
「寝たりすれば一時は和らぐ」というのですから、きっとお念仏もあなたの気持ちを和らげてくれます。自分がそれを感知したら、取りあえず今日はそこまで。お金が掛かるわけでもなく、誰に迷惑かけるでもない。
しばらくして、また恐怖が襲ってきたら…同じ事の繰り返しです。大事なのは「怖い怖い」と思っても、その対策を持ち、実施すること。こればっかりは、都度実行するよりないと思います。仏様は、「人間は死を怖がるもの」とご存じですから、その時にお念仏称えることができれば、仏様も「おお、分かってくれている」とお喜びになるでしょう。実践が大事です。そして、私も同じようにしています。
死を超えて続くような、安心できる物語や価値観を見つけてみて
25歳という若さで、死の先にある「自分という存在の喪失」を深く想像できるのは、あなたの思索が非常に鋭く、それだけ真剣に命と向き合っている証です。決してあなたが可笑しいわけではありません。多くの先人が同じ問いに悩み、人生をかけて答えを探してきました。
仏教では、私たちが死を恐れるのは、自我(自分という実体)を固執しているからだと説きます。しかし、あなたの抱える不安は、裏を返せば「今この瞬間」を大切にしたいという強い生命力の表れではないでしょうか。
死を「終わり」と捉えると恐ろしいものですが、長い歴史の中での「還る場所」と捉えてみてください。私は「お念仏」を拠り所にしていますが、あなたも何か一つ、死を超えて続くような安心できる物語や価値観を見つけてみてください。
死は必ず訪れますが、それは「明日」かもしれませんし「数十年後」かもしれません。確実に言えるのは、今あなたは生きており、こうして思索する時間があるということです。未知の死を憂うエネルギーを、今あなたの目の前にある小さな喜びや、誰かのための行動へと少しずつ差し向けてみてください。その積み重ねが、いつか死への恐怖を、穏やかな「充足感」へと変えてくれるはずです。今は無理に答えを出さず、ただ今日という一日を丁寧に歩んでいきましょう。
拝
縁起寺 釋聴法
死は恐ろしいです
拝読させて頂きました。
あなたが死を恐れていること読ませて頂きました。あなたがそうお感じなさるのもとてもわかるように思います。お気持ち心よりお察しします。
普段何気なく生きていたとしてもふと改めて思い返してみるとやはり一日一日と自分の死に近づいていることを思うと恐ろしくなってしまいます。それは決してあなただけのことではありません。全ての人が考えることですし、全てのものが向き合うことです。どんな生きものであったとしても自らの死を恐れて逃げるのは本能です。
ですから死を恐れることは自然なことなのです。私もそうです。
死は不安ですし恐ろしいです。
そのような死の恐怖を仏様はお救いなさって下さいます、解決なさって下さいます。
仏様に、どうか私を救って下さい、死ぬ時には必ずお導きなさって下さい、と心からお願いなされば仏様は必ず私達をお救いになさって下さいます。
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とは、どうかあみだ仏様私を救って下さい、お導きなさって下さい、という意味です。
仏様は心から救ってほしいと願う方々を全てお救いになさって下さいます。
あなたも宜しければ仏様にお救い下さい、恐怖や苦しみから救って下さいとお願いなさってみて南無阿弥陀仏なむあみだぶつとおとなえなさって下さいね。
あなたが死の恐怖から救われていきますように心を込めてお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
質問者からのお礼
佐藤良文さんへ
数年前では質問に答えてくださり今回もありがとうございます
死んだらどうなるか分からないですけどまずは仏様を信じて念仏を唱えてみます、本当にありがとうございました
釋聴法さんへ
強い生命力の表れという考え方は盲点でした…恐怖を感じたらそうしてプラスに捉えてみます
そして生きてる中で価値観や大事なものを見つけていこうと思います
質問に答えてくださりありがとうございました
Kousyo Kuuyo Azumaさんへ
やはり怖いのはみんな同じですよね…でも仏様が救ってくださると信じて念仏を唱えてみます
質問に答えてくださりありがとうございました
中田 三恵さんへ
念仏を唱え仏様をいつか来る安らぎを信じて生きていこうと思います
質問に答えてくださりありがとうございました



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )