身内や親しい人との関わり回答受付中
家族や親しい人に対して、見返りを求めてるわけではありません。
ただ、普段から私は家族や親しい人には、余り自分の話をせずに、こう言うふうに言ってほしいんだろうなとか、今日はいつもより元気がないなとか気がつくほうで、その通り接すると相手は喜びます。
その中で、たまには横柄な態度取られても、さらっと受け流す感じです。
ただ私にも精神的にいっぱいいっぱいになり、気持ちが不安定になり、普段頼らない家族や親しい人に助けを求めても、
「気にするな」「考えすぎだよ」「カウンセラーじゃないだから、頼らないでほしい」
と、私を遠ざける言葉を皆言ってきます。
私は相手の話を聞く時、決して頼らないでほしい、考えすぎだよなんて言葉を発したことがないです。
「最近元気ないね」「なんかあった?」と相手が話しやすいような雰囲気を作るのに、家族や親しい人は、私が困った時、関わりたくないと冷たい態度をとります。
結局、悩んだ時はいつも一人で耐えるしかありません。孤独です。
何が原因なのでしょうか。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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忙しい(心を亡くす)
例えば、あなたの話すスピードや、話の構成(何を言いたいのかがなかなか見えない等)によっては、相手はあなたの話を聞いているのが苦痛(じれったい)になる可能性があります。
「忙」という漢字は「心」を「亡」くすと書きます。
時間を惜しむ(忙しい)人は、他人に冷たくなります。
つまり、あなたの話を聞く時間を削りたいと相手に思わせる要因があると、相手は面倒くさがるのです。
阿弥陀仏という仏様は、別名無量寿仏(はかりしれない寿命がある仏)です。
阿弥陀様は時間がたっぷりある仏様なので、私達を気長に指導して悟りまで導ききってくれる暖かい仏様です。
一方、多くの人間は時間(人生)に限りがあって忙しいので、冷たくなります。
あなたの話すスピードやテンポが相手よりゆっくりすぎると、相手はじれったくなるかも知れません。
また、早口でも、「結局何が言いたいのか」を最後まで聞かなきゃならないと疲れますので、話す順番も大切ですし、まくし立てるように早口すぎても良くないでしょう。
ということで、相手のリズムに合わせて、端的にまず出来事や結果を言ってから詳細説明に入りましょう。
えてして、共感して欲しい話し手は、不安を誘う前置きエピソードからじっくり説明したがります。で、結果的には大丈夫だったとかいうオチだと、聞き手は、「なんだ!それならそうと先に言ってくれよ!」となります。
しかし、話し手側は「それならそうと」の手前の不安を一緒に共感し、無駄な時間を使って温もりを与えて欲しいのかもしれない。そこに食い違いが生じる場合がありますね。


