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人に嫌われてるんじゃないかと感じる

人と話すと、相手の反応を見て「嫌われてるんじゃないか」と感じて、その人と会うことが苦手になることがあります。

自分が好きな相手でも、思わぬ否定的な反応をされると、その人のことは好きだけど、そういう反応をされた経験がトラウマになって、「話したいけどもうあんな反応されたくない」と、心から何でも自由には話せなくなってしまいます。

だけど、好きだから話したい。
矛盾した感情で、余計普通に話せなくなってしまいます。

何とか自分の意識を軌道修正したいと、色々考えています。

最近思ったのは、今まで相手の反応が原因だと考えていましたが、本当は自分に原因があるんじゃないか、ということです。
ここまでは思い至ったのですが、そこから先に考えが進みません。

人の顔色を窺い過ぎなのか?
対人関係に「こうあるべき」という思いこみがあるのか?
自分に自信がないのか?
人から何かしてもらうのを期待してばかりで、何も返せてないのでは?

色々思い付きますが、まだしっくりくる結論が出せません。
何かアドバイスを頂ければ幸いです。

後悔・自己嫌悪
有り難し 19
回答 1

質問投稿日: 2014年11月16日 19:10

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

失うことを恐れているだけ

嫌われることを恐れてはいけません。
と、その前に、嫌われたからと言って何かが減るものでしょうか。
それは錯覚です。
何も減ってはいません。なにも損なうこともありません。ケガもしません、血も出ません。
お釈迦様であっても万人から好かれることも不可能。
そもそもあなたが嫌われることを恐れている、という表面的な事より、その深層にある「自分が本当に恐れているものが何であるか」を知ることが重要なのです。
それは、あなたの中のマイルール、マイ都合が壊れているだけなのです。
ご自分に原因があると仰いましたね、(/・ω・)/それは素晴らしい気づきです。
その通りです。
自分に事前設定があるものなのです。
人とうまくやっていたい、人と波風立たせずに過ごしていたい、というマイルールが事前にあなたの中で設定されているのです。
今日から、嫌われる勇気を持ってください。
あなたが他人の顔色をうかがって波長を合わせて生きていくことはあなたにとってストレスにつながります。
あなたがやっていることは、相手の反応を恐れているのではない。
相手の反応に、あなたがネガティブ反応しているだけです。
もう一度言います。
相手の反応が自分の望むそれと違うことに対して、ガッカリ感、損失感、寂しさを感じてシュンとなっているのでちゅ。
だから、相手の反応に一喜一憂したり、相手の反応に永遠性を求めず、相手の反応は相手の都合や状況によって変わっているものんである事を自覚なさってください。
そうすることで、相手を自由にして挙げられます。あなたが相手をワタクシしなくなるから、接し方が変わります。尊重の在り方が変わります。
人と話していて嫌われるっ、と思った時、私の話を思い出してみてください。
「ああ、これがマイルールなのだ」と。 
ちなみに、私なんか他の回答者からも煙たがられてこのhasunohaでも浮いていますが、何か。

3年7ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

お礼コメントを色々推敲しましたが、うまく表現できませんでした。すみません…。お礼の言葉で代えさせて頂きます。
ご回答ありがとうございました。

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