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お葬式と宗派について

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外国育ちでよく理解できていないのですが(変な質問ですみません)、祖父母はすでにおらず宗派などもわからず(お墓も不明)、両親も檀家などではないのでお世話になっているお寺もないのですが(あえていえば考え方としてこころにとめている宗派はあるのですが直接信者などというわけではない)、こういう場合、お葬式などでは宗派など聞かれた場合どうしたらよいのでしょうか。キリスト教のように洗礼を受けたりというのもないようですし、たとえば、天台宗の思想がとても自分の考えにちかいからそこでお願いしたい、などそういうことをしてもよいものなのでしょうか。またある宗派の信者になるということは仏教ではどういうことなのでしょうか?(海外の宗教とは違うのでよくわからず、くだらない質問で本当にすみません)


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

接してみること

マイカさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

海外育ちで、日本の宗教・仏教に関してよく理解していらっしゃらないとのこと。
日本国内でも地域によって様々な習慣があるのですから、海外の知識と照らし合わせた時に「よくわからない」と思われるのは当然のことです。
また日本で生まれ育っても、よっぽど仏教に興味のある方でなければ、自分の家の宗派や、その宗派の作法など詳しくないものだと思います。
このhasunohaには、ほぼ全ての宗派、そして各地の僧侶がいますから、ここで聞いて頂けば様々な答えが得られると思います。

それはさておき、ご質問の件です。
祖父母の代の宗派は分からず、お墓も不明(ご両親に聞いても分からないですか?)とのこと。
また、ご両親の代もお寺の檀家にはなっていない、とのこと。

こういった状況であれば、マイカさんが心に留めている宗派を選ぶというのは自然な流れだと思います。また「家の宗派」という言葉がありますが、個人の信仰は家の宗派に縛られる必要はありません。「お葬式などで宗派など聞かれた時」には、好きな宗派を仰ればよろしいのではないかと思います。

ただもう一歩突っ込んだ話をすると、お葬式の時になって葬儀社さんに「〜〜宗でお願いしたい」と依頼するのは、あまりよろしくないと思います。
というのは、たまたま来た僧侶が、必ずしも素晴らしい僧侶とは限らないからです。もちろん「アタリ」の可能性もありますが、人生に一度の大切な儀式にギャンブルをするのはお勧めできません。「こんなハズじゃなかった」となる可能性も少なくありません。

ですので普段から、ここというお寺、この人という僧侶を探して接しておくことです。必ずしも檀家さんになったり、信者になったりする必要はありません(お寺によって決まりがあるかもしれません)。

マイカさんが心に留めている宗派のお寺が近所にあって、そこが法話会や写経会など一般向けに開催していれば、訪れて僧侶の人柄を見てくるのがいいのではないでしょうか。
もし開催していなくても、散歩がてら行ってみてお話しなど出来ればいいですね。ちょっとハードルが高いかもしれませんが、突然の来訪者に快く接してくれるお寺であれば、安心できるお寺なのだと思います。

また何かありましたら、ご相談下さい (−人−)

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

日本では信教の自由があります。

 ここはワシの勧誘ナシに答えたいと思いますが、前提として、日本国憲法で信教の自由が認められていますので、気にせず、仏教に限らず、様々な宗教から選ぶことをお勧めします。
 その時は出来るだけ、近隣のお寺や教会、宗教施設から探すことをお勧めしません。まずは本山や聖地を参拝することから初めて下さい。宗教とは葬儀のためにあるのではありません。ご自分の信仰のためにあります。家族が例え違う宗教でも自分は自分という気持ちを持ってください。これからは信仰もクルマやTVと同じで家族に1つではなく、個人に1つの時代になってきます。信者も家族から、個人会員、クレジットカードと同じになってきます。ワシの近所でもそのような人は増えてきております。
 弊害として、葬儀は自治会で協力して行うものですが、それすら拒否し身内で済ます方も増えております。もう、葬儀と宗教は関わりが希薄になってきてます。これが個人で宗教を持つ弊害かもしれませんが、本人の気が休まれば問題はありません。
 葬儀やお墓の事は気にせず、おもいっきり信仰を楽しんでください。そしてあなたの心の支えになる宗教を見つけて下さい。そこには色々な障害や壁が出てきます。その時はまたここに質問を投稿してください。お待ちしております。

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

ご自身の信仰を決めることは尊いことです。

くだらない質問ではありませんよ。
とても大切なことです(^^)

今日日本には、さまざまな宗教が混在しています。
信仰は当然自由ですから、ご自身の想いで宗教は選ぶことができます。
本を読んで勉強してみることもいいと思いますし、お寺や宗教施設に足を運んでみるのもいいと思います。

もちろん僧侶はそれぞれ各宗派を信仰する信者です。
その宗派に魅力を感じているから、僧侶をしています。
『この宗教のどこが魅力的ですか?』と端的に質問してみることをオススメします。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

寺院探しは病院探しや結婚式場探しと同じです

 貴女様のようなケースで最も大切なのは導師になる僧侶の選択です。病気に罹った時に治したい一心で真剣に薬や医者を選ぶのと同じです。誰でもよいはずはありません。
 また、披露宴がどのような形になろうと、結婚式では、伴侶となる相手だけでなく、仏神やご先祖様など目に見えぬ方々や、場合によっては大自然や未来に対してまでも、伴侶となってくれる人を必ず幸せにしようと誓う純粋で思いやりに満ちた心になっているはずです。それならば、この世で精一杯の役割を果たし終えてあの世へ旅立つ人の人生を敬い、恩に報いようとする時は、告別式がどうであろうと、安心の世界へ行ってもらいたいというまごころをもって、できるだけのことを行わずにはいられないはずです。
 ご葬儀の導師として誰を選ぶかは送る立場に立った人、また、生前に送られる立場を自覚した人の人生観が問われる重大場面です。
 できれば、会ってみたいものです。あるいは、いかなる寺院で、いかなる住職が、いかなる信念や方針で、いかなる法務を行っているかホームページなどで調べてみましょう。
 もしもブラックボックス状態であったなら問題です。そもそも、寺院は住職のものでも宗派のものでもなく公器であり、その認識があれば情報を公開しているはずです。
 また、檀家になったり、高額なお布施を払ったりしないとご葬儀を行わない寺院も当然、問題です。ご本尊様は相手が誰であれ、すがる人を選ばずに救うみ仏であり、寺院が都合の良い条件をつけてすがる手を払いのけることなどあってはなりません。
 さて、仏教徒になる方法は、はっきりしています。仏法僧の三宝に帰依することです。ご本尊様の前で敬虔な気持になり、教えに深く道理を感じ、菩薩になろうとしている僧侶や、菩薩のように他のために汗を流している人々を敬う気持になれば立派な仏教徒です。
 檀家になったり高額なお布施を差し出すことそのものが仏教徒である証ではありません。心から仏法僧を大切に思えるかどうかだけが条件です。
 寺院を訪ねるのはどうしても億劫に感じられることでしょう。しかし、医者を探したり、結婚式場を選んだりする時の真剣さを想像すれば、できないはずはありません。 まず、ネットで調べましょう。そして自分なりの方法で確認すれば、本来の公器として開かれている寺院が見つかり、大きな安心がきっと待っていることでしょう。

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しっかりと納得して関わっていくという自覚と責任が大切

マイカ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

基本的には、既に大鐵様もおっしゃられているように「信教の自由」がございますので、宗教、宗旨宗派の選択も各個人の自由が尊重されるべきことでございますが、何でもかんでも自由気ままにということではなくて、宗教、宗旨宗派に対して、しっかりと納得して関わっていくという自覚と責任が大切になるのではないかと存じております。

特に仏教の場合は、実践思想哲学的な側面が強くございます。決して盲目的・盲信的な信仰であってはいけないかと存じております。数々の釈尊の善巧方便の教えをしっかりと学び修していくためにも、まずは仏教全体の概要の教え、基本的な法理、各宗旨宗派の基本的教義などを概観することから始められて、その中から、少しずつお決めになられていかれると良いのではないと存じております。また、その中でやはり別の教義も学んでみたいとなりましたら、それはそれで全く構わないのではないかと存じます。

拙生自身もいまだテーラワーダ(初期・根本仏教)からチベット密教まで幅広く学びを進めさせて頂いている途上でございます。

さて、以下は補足となりますが、お葬式と宗派につきましては、下記の拙論の中におきまして少し各宗派の葬儀の要諦について私なりに簡単にまとめさせて頂いておりますので是非ご参照頂けましたらと存じます。

「お葬式について」 平成26年8月・お盆配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

また、これまでの下記各拙回答も少しく参考となるのではないかと存じます。

問い「お葬式・改宗について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1006716402.html

問い「お坊さんを変更できますか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1006677441.html

誠にご仏縁、ご法縁もご縁なるものかとも存じます。どうかマイカ様に御仏の善きお導きのあることを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

遠藤さま。日本に来てあまりに宗派の多さと作法の複雑さやお布施やお墓など供養の料金の高さなどいろいろ直面しなにをどうとらえてよいのか混乱していました。仏教徒というものの最も大切な根底にあるべきものを指摘していただきとても心に届きました。「かたち」にとらわれた宗教ではなくその根本を見ようとしなければいけないですね。浦上さま。仏教は生まれで決まるものでもなく全てのひとに可能性を与えるという面では無限の可能性があるのですね。お寺の行事に参加するには正座も長時間できず作法もわからず日本語も書くのが下手なので(日本人なのにできないことが恥ずかしく)勇気が出ませんでした。信者のためだけかと思っていました。僧侶に出会った場合こちらから声をかけてもよいものなのでしょうか。大鐵さま。仏教以外の宗教とは生活の中で関わってきていたのでわかるのですが(知人がヒンズー・イスラム・シーク・ユダヤ・キリスト・ゾロアスター・ジャイン等様々な習慣を実践していたので)なぜか仏教に関する行事などは身近になく日本にきてあまりの宗派の多さに混乱していました。人種・生まれ・育ちなど関係なく「共存」できる宗教の体系は仏教にある気がしています。釈心誓さま。ユダヤの知人で養子だとわかった時にその母親がユダヤ人ではなかったということを根拠に生まれて以来ずっと関わってきたユダヤ教から追放されたひとがいましたが、日本の宗教は神道も仏教もその寛容性には感動すら覚えます。仏教において様々な宗派を知る機会があるのですからまずいろいろな考え方にふれたいと思います。皆様に感謝をこめて。

川口さま、お返事をありがとうございます。確かに仏教の宗派が存在するのはそれぞれの哲学なり解釈なりが違っていて共通する概念を知った上で違いというものを理解する必要があると確かにそのように思います。ご丁寧にリンクの方もありがとうございました。少しずつ勉強してみたいと思っております。

「仏教宗派について」問答一覧

属すべき仏教宗派が分かりません

見ていただきありがとうございます。 タイトル通りの質問をさせてください。 私は自分に(普通に生活をしているだけですが)仏教徒という自覚があり、 出来れば自分がどの宗派であるのかも名乗っておけるようになりたいのです。 私の母親(母方の家系)は曹洞宗であり、 父親は宗教全般が合わないと感じるのか無宗教を名乗っています。 私が継いでいるのは父方の家系なので、本来であれば 祖父(故人)の宗派である浄土真宗を名乗るべきなのでしょう。 しかし、浄土真宗は私と考えがあまり合わず、 葬儀での作法も少し面倒になるそうなので、親戚への負担を 考えると納得がいきません。 唯一父方の家系で生きている父方の祖母が天理教に傾倒しており、 会って口を開けばお前は馬鹿だという罵倒や学歴の話とマルチ商法などの 話ばかりをする人なので…連絡を取りたくないです。 父親も私も今はそれを避けるようにして父方の家系とは疎遠です。 そこで質問なのですが、 私はどの宗派を名乗り属せばいいのでしょう? 好きにしてしまってよろしいのでしょうか? 墓地や寺に関してはいつも宗派不問のところに お世話になっているので大丈夫そうなのですが。 可能ならば、考えが合う人や優しい人が多いと感じる 曹洞宗に属したいのですが…

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日蓮宗は神社に行かない方が良い?

私は日蓮宗に お世話になっているのですが ある人から 「日蓮宗にお世話になっているから 神社には行かない方が良いよ」と 言われた事があります せっかく御加護を頂いているのに 神社に行くと 良くない物が頼って来るとの事でした。 とは言え 氏神神社は行った方が良いと思い お正月に歩いて行ける距離の 神社に伺いました そこはちょっと荒れた神社で 手水舎も使えない程でした 今日ネットで地元の氏神神社を探して 行くと クチコミはとても良い神社でしたが 行ってみると やはり荒れた神社でした こちらも手水舎も使える状態ではなく 午前中に伺ったのですが 受付の所も閉められて 空き箱等が散乱してる 神殿の横に お祓い等に使われる白いギザギザの紙がついた棒(すみません) 等がダンボールに他の物と 一緒置いてあったり おみくじにお金を入れても 壊れているのか 中に入ってないのか おみくじが出てこなかったり 地元の氏神神社に 行くと何故か この様な神社に遭遇します。 荒れた神社には行きたくありませんが 氏神神社を探して行くと 荒れた神社に行き着いてしまいます 市役所に電話して 地元の氏神神社を聞いては いませんが なぜでしょうか 荒れた神社に行ってしまいます 良くない物が着いてないか とても気になります

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宗派の戒律を守らなくてもいいですか?

夫が急死しました。 50歳前とまだ若かったため、葬儀や宗教のことなどあまりよく話あわないままでした。 葬儀に際して、夫の兄弟が宗派のお寺に連絡をとってくれて無事に葬儀は済みましたが、その後の法要をお願いするにあたり妻である私に入信するように言われ、夫の供養のためにと思い入信しました。 (結婚した当初に宗派の話はでましたが、戒律が厳しいので無理に入信しなくてもいいと夫に言われ、その時は入信しませんでした) 夫自身も特に熱心な信者ではなかったため(お寺には行かなくても、墓参りなどはまめに行き先祖供養には熱心でした)私もあまり夫の信心する宗派のことをよく知らないままでいました。 しかし葬儀を行い、その後の供養のことなど確認すると、他の宗派に比べて色々と違うことがあり戸惑うばかりです。 そもそも私自身にその宗派の教義に心打たれての入信ではないから、その決まりごとの多さがなんだか狭量な気がして仏様とはもっと心が広いものではないのかとなんだか悲しくなってしまいます。 とはいえ、若くして亡くなった夫のためにきちんと供養はしてあげたいとう思いも強いです。 四十九日も近づき、仮祭壇を返却する日ももうすぐです。 色々用意しなければいけばいのに、仏壇がその宗派専用のものでなければいけないとか、位牌はおかないとかの決まりごとがいちいち気になって気持ちが滅入ります。 供養は残されたものの気持ちなのだから、私の好きにしたらいいんだという思いと夫をきちんと供養してあげたいという気持ちがせめぎあって夜も眠れません。 どうしてもっと一般的な宗派を信心してくれなかったのかと今は亡き、夫の両親をうらめしく思う気持ちさえわいてきます。 熱心でなかったとしても夫が入信していた宗派の戒律を守り、そのしきたりに則って供養するのが正しいことでしょうか。 それとも戒律に違反しても私がこんなふうにしたい、というやり方で供養してもいいのでしょうか。 何卒ご教示ください。

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日本の仏教の中で自分はどれかを選べません

生涯ひとりと考えるようになり、葬式や埋めてもらう時の宗教を決めておきたくなっています。そもそも誰か私の葬式を出すのかが不明ですが、子供の頃から自分はたぶん宗教というものを好きな人間だと思っています。 しかしどうも宗教‘’団体‘’、‘’組織‘’が好きでないとか合わないと感じていてどこにも属していません。 仏教への気持ちとしては、高校生くらいで般若心経を読み、「かっこいい!」と感動してたものです。 しかし自分がいいと思った面を、日本にある宗派の短い説明を読む間に、全部の宗派が持ち合わせていない気がしてきます。 他には強いて言えば慧能の言葉も「おおおかっこいい!」と感動したのですが、では禅宗かというと般若心経に私が感じた内容と違う気がしてきます。 そのうちだんだん、感動して感じたところと宗派の説明に感じる差の離れ度で考えれば、シントーの方が身近な価値観に思えてきています。 いっそ日本の仏教なしにしてシントーかなと考えはじめています。 墓考えなくていいんじゃない、でも何でも構いませんので、ご回答頂けると嬉しいです。 (大勢いると苦手なのと、たまたま話した事があるお坊さんのふたりが、ふたりとも長く関わりたくないと思ったので、どこにも行きたくなくなりました。 ひとりは不倫を勧めていて、もうひとりは座禅会だったんですが、同僚を悪く言って(私には根拠がない話に聞こえました)「あっちの座禅会より自分の方が良いですからね」と話していました。 特に不倫の人からは話を切り上げて一刻も早くここを離れなきゃと怖くもあったし、もうこれ以上お坊さん知り合いたくないわ、と思っていました。でもそういえば幼稚園が仏教だったと思い出しました。家族が冷たかった私には、その時栗をくれたお坊さんが、子供時代に会った最も情がある人だった気がします)

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