過去を捨てたいです。
私は、小中高といじめられました。
内容は様々です。
今年の春、念願だった専門学生になれました。
やっと自分の頑張りが認められ、これからだ。 と思っていました。
ですが、様々なトラウマのフラッシュバック。
誰も居ない教室にさえ入れない日もしばしば...
とにかく悔しくて、辛くて。
また、学校へ行けなかった期間が小中高とあったため、専門学校での勉強に支障が出てきました。
最近では単位も落としてしまい、父親にも見放されました。
もう本当に夢も失い、自分が一体何のために生きていたのかが分からないし、朝の目覚めが苦痛でたまりません。
何か、助言等して頂けたらと思い登録しました。
何卒よろしくお願い致します
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「過去を捨てたいです」はい、捨てましょう。!
いじめにあいながら、耐えて、専門学校へいけるようになりましたね
素晴らしいことです。
よく頑張りましたね。
あなたの頑張りを讃えますよ。
私は、素晴らしいことだと思います、
「専門学校での勉強に支障がでてきた」は、具体的にわかりませんが
単位を落としても、あなたの成りたい夢、辿り着きたい所へ
時間がかかっても、他人より遅くとも
向かって進んでいくことをお薦めします。
あきらめない!。お父さんに見放されてもあきらめない。
お父さんが、あなたの人生を生きているわけではないのですから
見放されようが、認めてくれようが、夢をあきらめない
そんな姿勢が必要です。
そして、過去を捨てましょう。
嫌だった過去の出来事を!!
(広告などの裏面の)白い紙に、赤ペンで書きなぐります。
足りなかったら、何枚も書きなぐります。
書きつかれるまで、書きなぐります。
そして一息、書き疲れて、終えたら
それを、グシャグシャにして、丸めて、ゴミ箱へ投げ入れます。
書いた紙すべて投げ入れます。
投げ入れ終えたら、こうつぶやきます。
「これで嫌な過去は捨てた。私は幸せになれる」と
毎日、これを繰り返し、嫌な過去を捨て終えたら
良い出来事、好きな出来事を徹底的に思い浮かべ
「私は幸せになれる、誰かを幸せにする」と
つぶやきましょう。毎朝、起きるたびにつぶやき
食事の度につぶやきましょう。
トラウマは、おこりません。いやな過去はごみ箱に捨てたのです。
何度も捨てて、捨てきったはずです。
トラウマはおこらず
「私は幸せになれる、誰かを幸せにする」の思いが起こるはずです。
実践あるのみ。
仏様はきっと見ています
頑張っている、人を!!
未来は作れますよ!
過去を反省し将来に活かすことは、
できます。
過去は過去として過去にあります。
だから過去なんです。
後悔も恨みも悲しさも、苦しさも、
辛さも過ぎ去ったことなんです。
だから過去といいます。
あの時の痛みを思い出しても、
それは傷口を自ら開くようなもの、
それでも同じ痛みではないはずです。
何故なら決して過去には戻れないからです。
決して戻れないのだから、
振り返るのは止めましょう。
過去を消したいとの想い、
気持ちは分かりますが、
これも振り返しです。
あなたを変えることが出来る力、
それは反省して活かすこと。
落とした単位は返りません。
たけで、次に落とさない工夫は
できます。
どうしたら次は落とさないように
出来るのか。
どうか目の前を見て歩いてください。
後ろを振り向いて歩くと、
前が見ていないから怪我のもとです。
とにかく前だけを見る。
前だけを見て歩いてください。
お幸せを、あなたの将来の幸せを
祈っています。
浄光寺
負の過去への対処について
過去様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
既に過ぎ去った過去の出来事を想起しているのは、どこまでも今の瞬間における自分。現にあるのは、今の瞬間瞬間の自分だけなのですが、あたかも過去の自分があるとして囚われを起こしてしまって、過去様のように、そこに縛られて苦しんでしまうことがあります。
でも、過去に縛られて苦しんでいるという自分がいるというのは、実は妄想でしかなく、今の自分が過去の出来事に与えてしまっている「価値・評価・意味・理由」というものが、その苦しみの正体となります。
今の自分の現実が、あたかもその過去のせいであるかのような負の「価値・評価・意味・理由」を与えてしまっていることによる苦しみであるとご理解下さい。
つまり、今の自分の現実を好転させていければ、その過去の出来事の「価値・評価・意味・理由」も、負から正となることだって、当然にあり得るということであります。
よく成功者が言うように、「あのつらい、苦しみの過去があったからこそ、今の自分があるのだ」と、努力にて自分のありようを好転させれば、そう思えるようにだってなれるのです。
繰り返しになりますが、過去の出来事は既に無いのですが、問題は、その過去の出来事への自分自身による「価値・評価・意味・理由」付けに問題があるということです。
少し上記の事と共に、「今の自分が、自分というもの。少しずつでも頑張って努力して現実をより良いものとしていければ、きっと大丈夫。過去への悪い囚われからも必ず解放される。過去の出来事の価値・評価は自分次第で、きっと変えられる。」そう意識し、信じて、目の前のやるべきこと、なすべきことに集中していけるようにされてみて下さいませ。
善処を祈念申し上げます。
川口英俊 合掌