hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

娘の死

回答数回答 4
有り難し有り難し 99

私には、夫、長女15歳、二女10歳の家族がいます。
2ヶ月前の中学卒業式の前日に長女が朝方トイレで倒れており運ばれてから半日で亡くなってしまいました。
肝臓に悪性腫瘍があり、破裂したことが原因でした。症状が出にくいのでわからなかったでしょう、とのことですが、気が狂いそうな葬儀を終え、日にちがたつと自分を責め、してやりたいこともたくさんありすぎて後悔をし、寂しくて会いたくて、最後のすがた、笑顔の娘、抱きついて来る娘、母さんて聞きたくて、思い出しては辛くて仕方ありません。
二女は泣くのは見たくないようですし、私がつい買いものしても、これ姉ちゃんなら欲しがるねと言ったりすると姉ちゃん姉ちゃん言わないでといいます。
二女もあの悪夢のような日は号泣しておりました。
私は15年間夢を見ていたんじゃないかとぽっかり穴があいたままです。
パートも再開しており外ではまだ大丈夫なのですが
思い出しては苦しくなります。
夫の誕生日に産まれ、私の誕生日に亡くなったのも何か意味があるのでしょうか?二女の為にも長女の為にも気持ちをどう思って生きていくのがいいのかアドバイスをいただけたらありがたいです。
宜しくお願い致します。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたが愛すべき、向き合うべき2人が、すぐそこにいる。

25歳でお嬢さんを亡くされた神奈川県在住のある女性は、その日から「時間が止まってしまったかのよう」だったそうです。
これは妹の玲子さんから伺った、そのお母様のお話です。

「私は姉の順子の死後も、母から姉と比較され、悪く言われ続けてきました。
母の中では、姉が亡くなったあの日以来、いまも姉は変わらず美しい思い出のままなんです。
私は母と共に年を重ねる。
そりゃお互い人間ですから、母と娘、互いに自分のことばかりでたがいに譲らず、醜い面でぶつかり合いが絶えませんでした。」

玲子さんはお母さんがいつまでたっても、過去に執着した母親、そのままの玲子さんを受け入れてくれないことを悔やみ続けて来られたそうです。
お母さんに対する願いと恨み、心配ごとを私に告白し、最終的にお母さんを変えることはできないから、とお母さんに理想的なあり方を求めることを止めました。

彼女は病室でこう語りました。
「丹下さん、親の最高の愛情って
“あなたはそのままでいい”って、認めて赦してくれることよ、ね。」
これはお母様に対する玲子さんの願いのように思われました。

私に、子供に対する愛情の正しいあり方を遺言として遺され、
静かにこの世を去りました。妹の玲子さんは実はガンだったのです。

玲子さんが亡くなられたお通夜の晩のことでした。
「姉の順子はいい子でした」
この人、気は確かか…!?と正直思ってしまいました。
「自分の二人目の娘が、死んでいったというのに、今もまだ亡くなったお姉さんと妹さんを比較しながら…、」
これ以上は立ち入るまい、と思いました。

私が申し上げたいことは、しっかりと次女と向き合って頂く、ということです。
おそらくあなたは、ご自分のことと、ご長女さんのことで、ご主人や次女のこと、周りときちんと向き合えなくなっておられることと思います。
長女に与えた愛情以上に次女に愛情を注ぐことです。

この内容をご主人に見せて差し上げてください。そして、夫婦で話し合うべきです。
次女の子にも見せて上げてください。
今後、
ご主人の誕生日は、ご長女様がこの世界で、お生まれになられた日として、
あなたの誕生日は、仏様の国でお生まれになられたご命日として、
ご夫妻の誕生日と共に、ご生誕を祝って差しあげてください。

必ずやご長女様とご家族が、ご一緒に新たに歩むべき新しい道が開かれるはずです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

悲しみを大切になさって下さい

じゅんちさま

2ヶ月前に15歳の長女さんが急にお亡くなりになられたとのこと。
どれほどお苦しみの深いことか、想像を絶する苦痛の中におられるのだと拝察いたします。
衷心よりお悔やみを申し上げます。

ご主人の誕生日にお生まれになった初めてのお子さんですから、手塩にかけてお育てになった15年間だったと思います。
じゅんちさんの苦しみの深さは、愛情を注いだ15年間があってのものですから、一朝一夕に薄れさせることはできないと存じます。
どうぞ深く悲しみ、涙を流して下さい。5年、10年と悲しんでいてもよいのではないでしょうか。

「あなたが悲しんでいると亡くなった方が浮かばれない」なんて言う方もいるかもしれませんが、私はそんな事はないと思います。仏さまと成られた長女さんは、じゅんちさんが泣いていても怒っていても笑っていても、常に穏やかに見つめて下さっている。私はそう思っています。

また、じゅんちさんの誕生日に亡くなったことに、何か意味があるのかと考えてしまうお気持ちもわかりますが、それは「縁」としか言いようがないと、私は捉えています。

「大切な方を失う」のには様々な形があります。
突然に、あるいは短期間に失い、何も出来なかったことや充分看病出来なかったことを後悔する方もおります。
かと思えば長期の看病・介護に疲れ果て「早くその時が来て欲しい」と思ってしまい、その思いに対し自責の念を持つ方もいます。
いずれにしても、後悔をせず、満足して大切な方を送り出すことが出来る人は、そうそう多くないのではないでしょうか。

私も今年の頭、大切な先輩を亡くしました。とは言っても家族ではありませんし、じゅんちさんの苦しみに比することは出来ません。
ただ私は、「亡くなった先輩がお浄土で『あの浦上というのは俺の後輩なんだ』と他の仏さまに誇れるような、そんな自分になろう」という決意を胸に抱きました。

じゅんちさん。今はただ、悲しんでいてもよいのではないでしょうか。真っすぐに悲しみと向き合う時間も大切だと、私は思っています。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

じゅんち様。

2ヶ月前に長女さんが急にお亡くなりになられたとのこと。
貴女様やご主人様、次女様の其のご心中どれほどお苦しみの深いことか、
想像を絶する苦痛の中におられるのだと拝察致します。
当方も哀悼の誠を捧げ、当寺のご本尊様にも即得往生を祈りをます。

今は唯々、娘さんのご冥福を祈る日々で宜しいです。
但し、ご自分やご家族を責めては成りませんよ。
其れこそ亡くなった娘さんが、悲しまれますから…
此れでは娘さんのご冥福を祈る事には成りませんからね。

浦上 哲也 師も仰る様に、
『あなたが悲しんでいると亡くなった方が浮かばれない』
等と言う方もいるかもしれませんが、今は其れに応たりません。

今はただ、悲しんで良い時期に有ります。
悲しみに真剣に向き合う時間が、今なのですから…
そして、其れが娘さんのご冥福を祈る日々に至る道ですから…
少しでも貴女やご家族が、「お姉ちゃん」の御供養をと思いが至ったなら、
「お姉ちゃん」の為に御供養を為さってあげて下さいな。

其れと…「夫の誕生日に産まれ、私の誕生日に亡くなったのも何か意味があるのでしょうか?」との事ですが、一言で申し上げれば、「縁」と成りましょうね。
此の、「縁」を心していれば、お姉ちゃんは貴女方の側に常にいらっしゃいますよ。

次女様には、「お姉ちゃん…云々」は成る可くお控え下されますれば宜しいかと存じます。
彼女は彼女なりに、「お姉ちゃん」を心に留める為の期間で有りましょうから…

また、貴方様や、ご家族のお心がどうしても哀しみで満ちあふれ、
誰かにご相談に成りたい折には、ご遠慮なく当方や「自殺防止ネットワーク『風』」へ
お電話下されて構いませんよ。
以下のアドレスから、ご覧下さいませ。                
http://www.soudannet-kaze.jp/

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

「愛別離苦」を乗り越えていくために

じゅんち様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

愛する我が子の早世・・心の準備もなく、到底予期することもできなかった突然の別れ・・実に耐え難いお気持ちの中でお苦しみのことではないだろうかとお察し申し上げます。心からお悔やみを申し上げます。

「夫の誕生日に産まれ、私の誕生日に亡くなったのも何か意味があるのでしょうか?」・・

このような意味を考え出しますとおそらく答えは簡単には出ないかと存じます。ただ、このことからどこか拙生が思いますのは、ご長女さんは、あなた方ご夫婦を確かに選ばれてお産まれになられ、そして大事に大切に育まれる中、愛情を頂かれて、短いご生涯でございましたが、きっとお幸せにお過ごしになられたのではないだろうかと存じております。どうか善い処へと赴かれますように、拙生もこの度、誠に少しくではございますが、じゅんち様のご長女さんへと想いを寄せさせて頂いて追善のご供養を申し上げさせて頂きます。

「二女の為にも長女の為にも気持ちをどう思って生きていくのがいいのか」・・

ご長女さんであれば、きっと私へとできなかったことを、どうか二女さんへと思われることでありますでしょう。もちろん、これまでの大切な思い出もしっかりと抱きつつ、二女さんを長女さんでもあると想われて、二女さんを大事に大切に育まれて下さいませ。

ただ、仏教におきましては、仏縁によっての生死一大事の見極めも大切なこととなります。菩提寺様におけますご供養と併せて、この「愛別離苦」を乗り越えていくためにも、仏教に関しましても更に学びを進められるご機会となさられることをお薦め申し上げます。

愛する者との死別のことに関しましては、これまで下記の問いにて拙回答をさせて頂いております、少しでもご参照を賜れましたらと存じております。

問い「友人の死について」
http://hasunoha.jp/questions/91
「愛別離苦」へのアプローチ

問い「最期に苦しむということ」
http://hasunoha.jp/questions/95
「四聖諦」へのいざない

ご長女さんのご冥福を心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

母の死から生きる力を無くしました

何度が相談に乗って頂き感謝してます。 母の死から2ヶ月以上が過ぎ、以前より泣く回数は減りましたが、周りの人が羨ましくて落ち込みます。職場の人達はまだ親が健在な人多く、皆でワイワイ喋ってる時に、例えば親とのXmasや年末年始の話、芸能人の誰々はもういい年やろーしんだ?とか話題にして楽しそうに会話してますが、私はそれをまだ笑って流す事が出来ず、自分には母がいない、皆が言う「いい年」にあてはまり笑われてるのが悲しくなります。もちろん私の母の事じゃないし、2ヶ月経って職場の人達の中では、私が母を亡くした事は忘れてる事で‥でも私は笑えません。皆が幸せそうで楽しそうで。何で私の母は今年、家族とお別れしなきゃならなかったの?もう私の一番の味方、相談相手がいなくなり、何を楽しみに生きればいいかわからなくなって、自分を大切にするのが意味無いように思います。私には主人はいますが、子供もいませんし、本当に毎日何の為に生きてるかわかりません。子供がいれば、子供の為にとか将来どんな風に成長するか楽しみに、子供のイベント行事があったり、入学卒業、就職、結婚、孫‥と新しい出来事と出会えるチャンスがあります。私には主人と老いていくまで働いて暮らすくらいで、まだ残ってる親の死にいずれ又会い、悲しむくらいしかありません。明るい事が無いです。周りと比べてどんどん悲しくなります。勝手なのはわかります。一番辛く悲しい思いをしたのは母で、病から解放出来て母は楽になったと思いたいですが、今の平均寿命から考えると、まだまだ元気でいて欲しかったとも思います。色々悩む自分が一番嫌いです。好きになれない、楽しみない、本当にこの世に私は存在してる価値あるのでしょうか。

有り難し有り難し 12
回答数回答 1

恋人との死別から12年後

19歳の時に高2から付き合っていた彼氏がバイク事故で亡くなりました。 それから12年が経ちます。 時間が経てば、色々と解決すると思っていましたが、こんなに時間が経ってもまだダメです。 彼の家族との関係と自分のこれからの生き方について相談させてください。 私の両親は教員で多忙で、夜は21時~23時帰宅、休日は部活か自宅で寝ているという状態が続き、ほとんど話したことはありません。おせち料理をはじめ食事は私が自流で作っていました。 私は、学校では生徒会や部長を務め、歌も英語も作文も絵もやれば学校代表になり、「さすが●●先生の子ども」という評価を受けながら、親からすれば「手がかからない子」として育ちました。 そんな私が初めて弱みを見せたり、甘えたり、感情を爆発させたりできたのが初めて付き合った彼氏でした。 彼氏の家族(祖父母・父母)は私が行けば、盛大に歓迎してくれ、いろんなところへ連れて行ってくれたりしました。 ただ、私の両親は恋愛や遊びに大反対で、「発情期の猫」などと言われていたので、私は彼と隠れて会うようにしていました。 彼が亡くなった後、私の両親は、「バイクに乗るから事故に遭うんだ」、「結婚しているわけじゃないから、元カレの家に行くな」と言います。 でも、彼のお母さんとはずっと連絡を取っていて、大学進学後に県外へ出た私は帰省するたびに訪問しています。 私の両親は仕送りをしたことはないですが、彼のお母さんからは季節毎、私が病気の時、頑張っている時、誕生日などに必ず何かを送ってくださいます。 2年前、中絶した相手と結婚しました。これらのことを私の親は知りません。 旦那の両親は男尊女卑がひどい価値観で、自分が神だから言ったことには従うように言われます。 結婚直前も結婚後も家出する先が亡くなった彼のお家です。 急に訪問しても抱きしめて泣かせてくれ、落ち着くまで泊って行くように言ってくれます。 カウンセリングに通っていますが、彼と彼の家族以外に自分を出せていない、と言われます。 命日や誕生日は泣き崩れます。 いつも「もし…」と考えて泣けてきます。 彼のようないい人に出会うまで、自分の足で立っていかないといけないと思いつつ、今日までできていません。 ご助言をいただけましたら、ありがたく存じます。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 13
回答数回答 1

夫のいない毎日が苦しいです

夫が突然亡くなってもうすぐ1年。 何の前触れもなく倒れ、目を覚ます事なく、言葉を交わす事もなくこの世を去りました。 結婚生活はわずか2年で終わってしまいました。子どもを授かることもできませんでした。 時が経てば、悲しみや苦しみは和らいでいくと周りは言うけれど、 未だ気持ちは変わらず、むしろ悲しみは増すばかりです。 朝、目が覚めると夫のいない現実を思い知らされのがつらいです。 毎日生き地獄です。 こんな苦しい思いをしながら、これからも生きていかなければいけないのでしょうか。 職場では元気にしていないとと思い、 悲しい、寂しいという自分の気持ちに気づかないふりをして過ごしてきました。 仕事をしていると気が紛れていい点もありましたが、 生きるだけでつらい毎日の中、仕事のストレスに限界を感じ、退職しました。 この先、夫のいない人生を生きていく気力がわきません。 どんな事があっても、生きていかなければいけないのだと分かってはいますが 乗り越えることができず、前に進む術が分かりません。 亡くなっても側にいてくれているのかもしれませんが、 見守って欲しくなんてなかった。 側にいなくてもいいから ただ、生きていて欲しかった。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

離れて住む姉の死

今月離れて暮らす姉が突然亡くなりました。訃報を聞いた時からなにが起こっているのか現実を受け止められずにいます。 駆けつけ、姉の顔を見た時に本当に亡くなってしまったのかと思いました。 葬儀やその後の手続きで忙しかったということもあり何かよくわからない感情のまま時間が過ぎてもうすぐ1か月になろうとしています。 姉が居なくなってしまったという空虚感が残りました。 ただ本当は帰ってくるのではないかとか、どこか遠くに行ってしまっただけではないかとか受け止められずにいてまだ悲しみに暮れるということがありません。 年老いた両親の憔悴した姿を見たということもあり、支えることに必死だったというのもあります。 強がらなくていい、気丈に振る舞わなくていいと言われますが私自身普通にしているつもりではないのですがよくわからない感情の中で今を生きています。 葬儀のときも私は涙は出ず参列者の方々の方が泣いていたりしていました。 昨日は、姉とよく行ったショッピングセンターで夕陽を見た時に胸が苦しくなったり、夢で会えた時涙がつたっていたりと小さな悲しみがくる時があります。 いつか姉の死を受け入れ、こんなふわふわした感情ではなくなる時がくるのでしょうか。

有り難し有り難し 27
回答数回答 2

祖母の死

長文になりますがご了承ください。 先月、母方の祖母を亡くしました。 死因は入院先の病院で食事をとっていた際に喉を詰まらせてそのまま心臓が止まってしまったそうです。 入院は今回が初めてではなく過去に何度か熱が出て高齢のため念のため入院という事はありました。 しかし今回は治療も終わっており退院日も決定していて退院日前日の入院先での食事中の出来事だったようです。 100歳を超えていて自分で食事をすることはできなかったので看護師の方に食べさせてもらっていたんだと思います。 自分で食事をしていて喉を詰まらせてしまったのであれば百歩譲ってしょうがなかったのかなって思えるのですが、看護師が食べさせて喉を詰まらせたということが本当に納得できません。 祖母の食事を担当してくれていた方が注意してくれていれば喉に詰まらせる事はなかったのではないかとつい思ってしまいます。 帰省した際に父と2人きりで話す時間があり、父も死因に納得いっていない様子だったのですが、母は病院を責められないと言っていたそうで本人がそう言っている以上、母の気持ちを尊重しようということになりました。 小さいときからとても可愛がってもらっており、一人暮らしのため県外に住んでしまったのと最近だとコロナの影響もありなかなか会いに行けていなかったのですが、必ず祖母の誕生日には親戚一同、施設に集まってお祝いするのが恒例になっていました。 来年の誕生日会をするのをすごく楽しみにしていたので本当に悲しいです。 母は普段から辛い事や悲しい事はあまり表に出さない性格で、私も似ている部分はあるのでそんな私でも悲しみに耐えられず葬儀も涙が止まらなかったのに亡くなった連絡をくれたときも、霊安室に一緒に行ってくれたときも、葬儀中も母の涙を見ることがなく気丈に振る舞っている姿を見て胸が苦しくなり今も思い出すと涙が出てきます。 ずっと泣いてばかりではいけないしいつかは受け入れなくてはいけない事はわかっているのですが、死因に納得いっていないことが余計に引きずってしまいます。 身近な人の死を経験するのは今回が初めてではないですが、立ち直れる気がしません。 夜になると祖母のことを思い出しては泣いての繰り返しです。 どうしたらいいのかもうわかりません。 ご教示いただけますと幸いです。宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る