叶えたいこと
大学を辞めたことを機に、自分のやってみたいことをやろう。人生で一度もしてこなかった、何かを自分で決めてトライすること。それが役者を目指すことでした。その決断から一年半。
努力を怠る自分に嫌気がします。
大学すら卒業できないような人間なのだから、当然だと思われるかもしれません。実際、私の不甲斐ない生き方が大学中退として表れたのだと思います。
大学を辞めたことに後悔はありません。
当時の私は悩みに埋もれ、この世から消えてしまいたいと四六時中考えているような人間でした。大学を辞め、役者を目指すことで自殺願望から救われたからです。
しかし、一年半役者を目指してきて、演技をすることが好きなのか分からなくなってしまいました。楽しさよりも満足に出来ない辛さやもどかしさが多いからかもしれません。
こんな私でも夢を追い続けていて良いのでしょうか。また、仏教では将来の夢はどのようなものだと考えられているのでしょうか。
自分を甘やかしてしまう。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
夢も目標も小さく持ちましょう
拝
「役者になりたい」
という大きな目標とそれに向けてこ大学をやめ
自分の人生を自分で切り開いた事
素晴らしいことと思います
しかし楽しいか苦しいかで言えば
「苦しい」と
そういうお悩みですね
拙僧も同じく中学卒業からドロップアウトしてから
DJやビデオカメラマンを仕事にして(収入にはあまり結びつきませんでしたが)
現在は僧侶として生きております
当時を振り返れば周りからは羨ましられながらも
孤独、貧乏、堕落、嫉妬、自己嫌悪など
実際は苦しみが多かったものと記憶しております
現在でも当時をともにした仲間が世界で活躍しているところを見たりしますと
当時の自分の不甲斐なさにがっかりします
さて仏教は己が力で苦しみから抜け出す事を目的とします
そしてそのためには徹底的な自己責任で人生を生きなければなりません
その点夢というものは実に無責任です
例えばdjになりたいという目標を立てて生きるとします
当然自分のプレイが想い通りにできて更に人に支持されご飯が食べられて
今よりちょっと良い部屋に移って
可愛い彼女がいて
友達が沢山いて
と夢とは直ぐに純粋な輝きを失い
ただの欲になってしまい無限に膨れてしまいます
そしてその結果、叶えられるはずないのです
このため仏教では夢を妄想とし悪行と考えるわけです
そして叶えられない間違えた目標の持ち方を無責任とします
そういう意味では現代人は夢を過大評価してるんですね
さて、そろそろ正しい夢と目標の持ち方についてお話ししなくてなりませんね
まず小さく簡単な目標を持ってください
そしてできるだけ短期的な目標を持ってください
出来れば今日叶えられる目標を立てて必ず叶える事
それらは自然と自分が魅力を感じている役者というものに繋がっていくもののはずです
夢も正しく持てば精進になるということです。
当然ですが親の脛をかじらない事も大事に
精進してまいりましょう
合掌
心の羅針盤に従え
夢の中さん、はじめまして。
夢の中さんは大学を中退し、やりたかった役者の道に進んだのですね。しかし、夢の中さんは演技をすることが好きなのか分からなくなってしまったのですね。
仏教では、自分を見失い分からなくなった状態を無明(むむみょう)といいます。無明から抜け出すには、自身を空(くう)にすることです。つまり、空(から)っぽにしてしまうのです。
夢の中さんが頭の中でいろいろと考えているから、思考がぐるぐる回るだけでどうしようもなくなるのです。そういうときは、思考をすべて捨ててしまい空になればいいのです。
夢の中さんには心の羅針盤が備わっています。空になれば羅針盤の指し示す方向が分かります。羅針盤の指す方向に行こうとすると、理由もなくワクワクするものです。ワクワクする方向に歩いてみてください。
夢の中さんが、心の羅針盤にしたがって歩いて行くことができるよう祈念しております。
質問者からのお礼
中村太釈様へ
回答ありがとうございます。このように早く回答していただけるとは思っておらず、とても嬉しいです。去年を振り返ると、役者の道を志したことは心の羅針盤に寄り添うことのできた選択だったと感じます。現在でも自宅で練習をしている時には、上手く出来ずとも楽しくワクワクします。また、本当の心に嘘を吐き、怠けて一日を無為に過ごした時に味わうあのやるせなさが無明に陥ってしまうきっかけになっていたのかもしれません。中村様からのお言葉を心に留め、少しでも心の羅針盤に従う生き方の出来るよう頑張りたいと思います。
丸山晃俊様へ
私の投稿を見ていただき、回答までしていただけたことに感謝しています。ありがとうございます。丸山様の経歴には少し驚きました。思えば、僧侶の方々にもそれぞれの人生があるのですよね。何故だか忘れていたような気がします。正しく夢を持つことは、夢の大きさに見合った大変なことのように感じます。夢にたどり着くまでにも過程があり、ただいたずらに夢を見つめているだけでは、今の私のように夢に至ることが出来るかもしれない道を見失ってしまうのですね。ここで相談し回答
いただけたことが、私にとって良いことであったと言えるよう、日々目標を立て実践していきたいと思います。