hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

日本の仏教のために

回答数回答 2
有り難し有り難し 29

テーラワーダのヴィパッサナーを続けていたのですが、最近阿羅漢果を得ました。
日本の仏教のために何ができるでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

もう一度 その阿羅漢果をご確認

悟りを得た僧侶にご点検を頂きましょう。
その阿羅漢果はたった今、どんな味がしているか。
どこの何を認めて、阿羅漢果という様子か。
どこかに今、阿羅漢果らしい特別なにかがあるか?
認めるべきものも、掴んでおくべき様子も一物もないでしょう。
ただ、いま、それがその通りに、そうあるだけ。
「これぞアラカン果」と、いってもつかんだら認識に移される。
得た。得たと言っても認むべきもの、掴むべきものも何も無い。
いっそ捨ててしまえばいいのです。
得た、観察する自分、取扱いをする評論者があるなら、まだ、自分を認めている自我の虜です。
確信がおありなら、まず、母ちゃんでも悟らせてあげることです。
それがどのような様子であるか、相手が誰であれちゃんとハッキリと説明ではなく、伝えることぐらい、あなたの瞑想会などで伝えることができるはずでしょう。
母がカタいものを噛み砕いて子の栄養になるように咀嚼して食べさせるように、誰にでもわかるようにして情報発信なさってください。現代仏教は低迷期なので、是非もり立てて頂きたいと思います。
「悟りました」と悟りにのぼせず、得た自分すら残っていない方がもっと自由になれます。
言葉にひっかかったり、とどめておくようなものがあるならば、その体験は阿羅漢果を得たという疑似体験だけの類似品かも??よって、手始めに母ちゃんを悟らせる(笑)
それができんのなら、その阿羅漢果は力がない。
得た、と掴んでとどめておくものも無くなってしまえば、もともと阿羅漢果だらけの脱落身心です。
私生活の中で是非、その阿羅漢果の力を発揮させましょう。
瞑想、禅定中だけノープロブレム状態で現実でてんでダメならひきこもり様と変わらんのです。
「御遍路に3か月帰宅後すぐに夫婦ゲンカ」→何しに行った?
「瞑想歴20年 瞑想坐禅中は平気だけど、今日も腹の立つ事ばかり」→逃避瞑想
「阿羅漢果を得たのに、誰も悟らせられない。誰かワカランか?」→誰かを悟らせりゃイイ
正直にホントーにご自身に向き合って、本音の所、本当の所をズバリ問いかけてみてください。
ヌカ臭きヌカは真のぬかづけに非ず、悟り臭き悟りもまたしかり。
否定している訳ではありません。
自分に正直に向き合えば自分が一番分かる事です。
ブログ、ツイッター、面白かったです(^

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。 非通知は...

「無住処涅槃」

無学者様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は阿羅漢果を得られましたとのこと、誠に尊く有り難いことでございます。

どうか、是非、「日本の仏教のため」だけではなくて、その智慧と慈悲の働きによりて、「全ての迷い苦しみにある衆生たちのため」のお導きを賜れますように宜しくお願い申し上げます。

「悟り」に関しましては、これまでにも下記の各問いにても扱わせて頂いておりますので、まず少しくご参考頂けましたらと存じます。

「悟りについて」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_443680.html

初期・根本仏教における涅槃・悟りの定義と、大乗仏教における涅槃・悟りの定義とでは、色々と解釈が異なるところもございますが、同じ仏教におけることで、優劣や上下を付けるのはナンセンスなことながら、阿羅漢果を得て無学位に至った者でも、菩薩の階梯を歩み、等覚位や妙覚位に至った者でも、やはり、目指すべきところは、全ての一切衆生を救い終わるまでは涅槃に留まらないとされます「無住処涅槃」が望まれるのではないかと存じております。

無住処涅槃へと至るためには、煩悩障と所知障を完全に根こそぎ断滅し、一切智を得て、円満なる善巧方便を無尽に駆使して衆生の救済にあたれるようにならなければいけません。

そのためにも、確かなる菩提心と慈悲心を滋養して、智慧と福徳の二資糧を積んでいく必要がございます。

例え、阿羅漢果を得られになられましたと致しましても、どうか、そこに安住なさられることなく、迷い苦しみある衆生のために慈悲・利他行、方便行を更にお進め賜われましたらと存じております。

拙生もまだまだの浅学非才の未熟者ながら、これからも菩提心と慈悲心を滋養して、智慧と福徳の二資糧を積まさせて頂きます中で、慈悲・利他行、方便行にもできる限り精進して参りたいと存じます。

是非、共にこれからも頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

不躾な質問に真摯にお答えいただきありがとうございます。現在私が信用できる思想家や僧侶の方に同じ質問を投げかけさせていただいております。自身の悟りを厳密に証明する方法はありませんから、冗談と分かった上で乗っかっていただける助かります。もし丹下様が阿羅漢に対峙したら何を聞いてみたいでしょうか。もし私がそれに答え、それに納得されるのであれば、気の済むまで質問にお答えします。
ブログやtwitter、Facebookで本名の大関剛で記事を書かせていただいております。いずれも初心者向けの記事ではありますが、何かお題をいただけましたらそれにお答えいたします。どうぞよろしくお願い致します。

再度お答えいただきありがとうございます。
大変勉強になりました。
やはり曹洞宗のお坊さんにはすごい方がたくさんいらっしゃいます。
ただ隠者的な傾向を持ったかたも多いので一般人が「本物」に相談する
のはなかなか困難かと思います。
母を悟らせるというご提案ですが、わたしは誰でも悟ればいいとは
考えません。その人のカルマがあるし現時点でのパラミもあります。
現在ブログ(アメーバ、はてな)やFacebook、twitterで見つけた資質の高い人には
直接コンタクトをして指導し始めています。
ただ昔のように一日中付きっ切りで指導するわけにはいかないので
基本的に「独覚」タイプ(慧根の優れた方)のみを対象にしています。
手前味噌ですが、わたしのことを少しだけお話しさせていただくと
最近このようなことを言われました。「初対面の人とこんなに話せたの始めて」
あと「悟り」について少しだけお話しさせていただくと、
瞑想中の禅定(サマーディ)と出世間定(四向四果の果定)は似て非なるものです。
テーラワーダの分類で行くと禅定は預流果に至る七つの清浄の二番目
心清浄の段階ですがテーラワーダのヴィパッサナーはその状態から始まるといっても過言では
ありません。

パオ僧院のように禅定を第八(非想非非想処)まで収めても
見清浄の条件である名色分離智を得られない方もいるようです。
これはよほどセンスがない限り指導なしで名色分離智を意識するのが難しいためと思われます。
山下良道さんのようにパオメソッドを修了しても全く明後日の方向に行ってしまわれる方も
いらっしゃいます。
丹下様はご自身の成道に興味はおありでしょうか?
禅僧の方は定学の優れた方が多いのでわたしが指導すればおそらく名色分離智を
得るのはそれほど難しくないと思います。

阿羅漢果の証悟に関してですが、寡聞にして阿羅漢果を得た僧侶の方を存じあげません。
涅槃に入られた方であれば、アーチャン・チャー、ターン・プッタタート
マハーシサヤドーという素晴らしい方々がいらっしゃったのですが、現在表で活動
している僧侶の方のほとんどは預流果にも達していません。
現在日本人で最高の指導者と言えるのはおそらくマハーカルナー禅師ですが
彼もまだ有学者です。
恐れながら申し上げると高祖道元禅師も無学位ではないとわたしは考えております。

非常に恐縮ですが、なるべく多くの僧侶の方の意見を伺えたらと思っています。
これをご覧になった僧侶の方はブログでもtwitterでもFacebookでもいいので質問ください。

一言付け加えさせていただくと私は仏教徒ではないので、誰でも悟れば良いとは考えないし、悟っているからその人が立派だとは考えません。私が成道を遂げられたのはおそらく同僚と上司の存在が大きいです。どの方も素晴らしく美しい志をお持ちで、それこそ拝みたいほどです(笑)が彼らは特定の宗教を信仰しているわけではありません。しかしそこいらの宗教家なんかより何倍も「徳」が高そうです。

今までどれだけ無駄な言葉を吐いてきたでしょうか。
私は確かに「本物」を見ました。
もう多くは申しません。
私はしばらく言葉を捨てることといたしましょう。

2015.5.21 川口様
回答頂いていたのにこちらのサイトを拝見していなくてごめんなさい。
一切衆生を救うためにまず日本で阿羅漢を1000人育てるのが目標です。
共に頑張りましょう( ´ ▽ ` )ノ

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

有り難し有り難し 35
回答数回答 4

最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る