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先祖供養とは?

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以前から何回も妻のことで投稿しているMKです。妻の信仰の問題はまだ解決途上です。
妻は先祖供養ができていないから、先祖が助けを求めてきている。先祖に罪深い人がいて苦しんでいる。その重みが自分たちにのしかかってきていると言っています。
ただ、私としては先祖供養は先祖を救う云々というよりは、生きている私たちが自分を振り返るためにするものだと最近思うようになりました。恐れや不安で供養するのでは先祖も迷惑なような気がしますし、どのような先祖であったとしても今自分があるのは先祖のおかげという気持ちを忘れないために供養することに意味があるのでは思うようになりました。
 仏教において先祖供養とは一体何のために行うのでしょう?教えていただけると有り難いです。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大人の夫の立場として冷静に知っておくべきこと

私の後輩に霊がみえる人います。いつも「あそこに霊がいる」「あなたの背中にはおばあちゃんがついている」「首のない侍が胸に黒い穴が空いて、そこから手招きしている」などと嘯いて人をアッと言わせていました。前世も見えるのだそうです。
彼の同級生がある時、その力が本物かどうか、少々乱暴に“懲らしめた”ところ、彼は「そんなのは全部ウソだ」「人をあっと言わせて楽しんでいた」「人とコミュニケーションしたり誘導をする技術だ」と、白状しました。代々家系や、その手の業界の中でそういう技術が伝承されてきているのだそうです。
人の心理を操るためには、霊や前世、先祖の霊や水子の霊、サムライの霊といった、誰も「立証のしようのないもの」をデッチあげて活用することが一番騙しやすく効果的なのだそうです。
マジックやディーラーの世界にも似たようなトリックがあります。

まず、MKさんが安心なさるために、まずはこうお考えください。
「世の中にはそういう技術・トリックを使ってでしか生計を立てられない種類の人間がいるんだ。イタコのように悪徳ではない人間によって救われている方もいるのだから、そういう人たちの生計のためにも、そっとしてあげた方が良いのだ」と、大人目線で心得ておかれれば良いのです。ここまでは第一段階です。

ただし、奥様が陶酔している方のような“悪徳”タイプには必ず狙いがあると思われます。
最終的にはお金が発生すると思います。

断言しますが、世の中の占い師、霊能力者は、専門の技術を使って人を一度地獄に追いやり、そこからすくい上げることでクライアントから感謝される形でお金を得る、という“ビジネス”なのです。ヤクザの世界でもはじめは儲けさせて最後に全部まきあげます。
はじめはお金を取らないのは、信用させるための手段であるとこころえてください。
とにかく奥様の分も含めて財布の紐だけはしっかりとしめておかれた方が良いと思われます。
お金を得ることが目的でなく、純粋にこれから引っかかる人間を増やすための信者作りという目的もあるかもしれません。

神道を騙るのであれば、一度宮司さんの所にお連れするという方法でも良いのではないでしょうか。ただしそういう輩は弁がたちます。うまく言い逃れることでしょう。
怪しい洗脳女性の化けの皮が剥がれ、一日も早く奥様の洗脳が解けることをお祈りいたします。失礼いたしました。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

MKさん、こんにちは。
奥様のこと、心配しております。

「先祖」というくくりに関して・・・。
おじいちゃんの*回忌のように、“自分の親や祖父母のために法事をするという”形を、先祖供養として私たちはとります。

「先祖」というのは自分に関係ある人たち、というわけですが・・・。くわしく見ていけば、親や祖父母だけではありません。
関係性という視点を持つのが仏教です。”今自分があるのは先祖のおかげ”。今自分があるのは、親や祖父母が子どもをこさえてくれたから・・・以外にも、さまざまな関係があります。
親がお世話になった人、のお世話になった人。と・・どんどん横に縦にと広がっていきます。それが「先祖」です。
なので、自分の親がとか、何代前のあの人が、とか濃淡はあるけれども、自分に関係ない人はいません。自分の先祖ではない人はいません。
そこまで広くは面倒見られないけれど、自分の出来る範囲ということで、「見知った先祖」供養をします。

「供養」について。
仏教は、分からないことは分からないと言います(違うものもありますが)。
事実は、長い時間を経て、命のバトンがつながっての存在が、私であるということ。
先祖の命や姿形は見えませんが、その命脈は私の中にあります。

先祖と私は別の存在です。先祖に罪深い人がいて、そのせいで私も罪深かったり、罪の重みがのしかかってきて・・・ということは、あり得ない・・・とは言えません。ただ、「分からない」ことです。
繋がってはいます。もしかしたら、そうかもしれません。でも分かりません。

私たち人間にはたとえ分からなくても、届けたい言葉、想い、好きだった食べ物・音楽などがあるものです。
先祖「供養」とは、命のバトンがつながっての私である、と自覚・感謝しながら生活する。先祖のおかげという気持ちを忘れないように、という意味です。
「追福作善 供給奉養」とも言います。
頼まれようと、頼まれてなかろうと、無駄になろうと、彼らに代わって(追って)善きをなす。

自分の先祖の原始人が食料を奪うために云々、太平洋戦争で云々。
とても後ろ向きかもしれませんが、そこまで大げさにならなくとも分からないことは分かりません。
ならば、分かっていることを見つめようと。誰にでも共通して分かることを見ていこうとするのが仏教です(神秘も入りますが)。

謙虚な気持ちで今に感謝しながら生きていくことが、現代日本仏教における先祖供養です。

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「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

追善供養・功徳回向の考え方について

MK様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

奥様の信仰の問題に関しましては、誠に気になっておりました。時間を掛けながら、焦らずに解決を目指されるのが良いかと存じております。

「先祖供養」に関しましては、おおよそMK様がお気づきのことにて、ある程度構わないかとは存じます。

ただ、仏教における本来の「供養」というものは、「仏、菩薩、諸天などに香・華・燈明・飲食などの供物を真心から捧げること」であり、仏法を扱われて、その尊い智慧・慈悲の御心により、迷苦にある衆生をお救いになられる如来・菩薩・明王・諸天への帰依を表すために行われるものでございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/供養

それが、古来から土着の祖先崇拝・祖霊信仰、あるいは儒教・道教の影響などにより、やがて先祖が私たちを護って頂ける者たちとして、諸天の格ぐらいの地位を与えての崇拝・信仰が行われるようになったのではないかと考えられます。

簡単には、亡くなられた先祖のことを「ホトケ様」・「カミ様」と呼称するところからも推測できる次第でございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/祖先崇拝

ここからは拙私見となりますが、ご先祖様が死後来世において、即座に如来・菩薩・明王・諸天と言われるような存在となりうるのかどうか・・・もちろん、十分な智慧と慈悲の修習を積み、来世においても、無明・煩悩・悪業、それらの習気までも排撃し得る境涯にありて、確実に悟り・涅槃の域へと向かうことができているならば、やがて可能となりますでしょうが・・ここの判断は難しい問題が色々と控えているかと存じております。

拙生の「追善供養」の考え方につきましては、下記コラムにても扱わせて頂いておりますが、亡くなられた方が、輪廻世界にて迷苦することなく、悟り・涅槃へと赴いて頂ける境涯でありますようにと、その僅かながらにでも仏道修行の助け(無明・煩悩・悪業、それらの習気の排撃)となるように、私たちの善徳行を及ぼす(追善・回向)ことが肝要となるのではないかと存じております。

コラム「追善供養・功徳回向の考え方について」 1~5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52108201.html

川口英俊 合掌

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供養とは

先祖供養の考え方、奥様の立場もMK様の立場もどちらが正しいかではなく、どちらもありなのかなと思います。

「私が先祖を供養してあげなきゃ」という考え方のひともいれば
「先祖が歩んだ土台のもとに私は養われている」と思う人もいらっしゃると思います。

私が聴いた先祖供養はMK様の立場に近い感覚です。

ただ、それはあくまで私の主観です。
ご先祖様の視点からはどんなふうに見えているのでしょうか。

先祖のケアが気になるあまり、子どものあら捜しをしなきゃ救われない不安。
私のパワーが足りないばかりに守れない無力感。

ご先祖様が一番見たい姿は、当代の頑張って燃え尽きそうな姿なのか元気な姿なのか、神のお告げではどう言ってらっしゃるのでしょうか。

先祖のために身も心も捧げなさい」ではしんどいと思います。

あいだみつおさんの詩が有名ですが、20代遡るとご先祖さまは100万人を越えるようですね。
当寺は奈良時代にできたようで、23代目を継ぐ予定である私の先祖も100万人以上いることになります。

ご先祖様と仏教。真宗として教義上の解釈でデリケートな部分もありますが、少なくとも100万人の先祖すべてがお子様の魂のことを悪く言っているわけではないと思います。

子どもさんへの尊さを大事にしていただけたらと思います。

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宗派は浄土真宗 なむあみだぶつです。 北陸の小さな田舎町で住職して...

MK様。

奥様のお心の状態や、マインドコントロールは少しずつ解けておられるのかと、心配しております。

さて、奥様が仰っている「先祖供養ができていないから、先祖が助けを求めてきている。先祖に罪深い人がいて苦しんでいる。その重みが自分たちにのしかかってきている…」の御供養と、我々がごく普通に言う所の御供養とは、言葉は同じでも意味が全く異なります。
此処を良くご理解頂きたいのです。

つまり、例の霊能者に於けるマインドコントロール下に有る奥様の其れは、正しい情報の其れで無いものとご理解願いたいのです。

なお、御供養の本義は、川口英俊 師の言のとおりであります。
また、ごく一般の御供養の概念については、向井真人 師の仰る事で宜しいかと存じますよ。

MK様が仰る「先祖供養」については、大体其の通りで構わないかとは存じますよ。

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

質問者からのお礼

ご丁寧な回答ありがとうございます。仏教における先祖供養に関して改めて確認することができました。
なお、先日に妻が私の実家の先祖供養に強くこだわっていたこともあり、妻と子どもと私の両親と先祖供養のため墓参りに行ったのですが、妻がお墓の前で突然土下座して泣きながら「先祖供養ができておらず申し訳ございませんでした。私に憑いても助けられません。必ず供養しますので許してください。」と大声で叫び、ヒステリー状態になってしまいました。妻の異様な言動に私の両親は心療内科に行ったほうがよいのではと言ってます。

「供養全般」問答一覧

考えの違いを受け入れる方法

故人を受け入れていくことや思い出を大切にしていくことは本当に大事なんだなと、お盆を迎えながら気付くこの頃です。 家族の初盆を迎え、残った家族それぞれの考えの違いが顕著になり、少し戸惑っています。子ども時代を過ごした中で、亡くなった家族は父母としての役割を確かに果たしてくれたはずなんですが、父母は当時私たちを祖父母に預けることが多かったようで、私と兄弟は祖父母を父母のように慕いながら育ってきました。 私自身も父母との確執は以前あったのですが、いい歳の大人になったのもあって受け入れられるように少しずつですが、なりました。 ただ兄弟だけが、確執というか、心残りのようなものが残った状態で生き別れてしまったようで。亡くなった家族に対してあまり心を開けないままになっているようです。確かに葬式などを過ごした中で悲しみや悔しさなどはあったのですが、あまり深い思いがないような心地がする様になったと。 母は、父が亡くなってからは受け入れるのに必死で。私と何かで衝突する時があったのですが、その際に今までのことがプツッと切れてしまったのか、子どもにように泣き出してしまって。 必死に父のことを受け入れたかったようで、今まで誰にも言えなかったようです。私はそのことに全く気づかず、母が今社会と切り離されたような生活をしていて孤立(専業主婦のため)していることに焦りと不安があり…。趣味など見つけようとしない母を問い詰めたり、何か始めたらいいのにとなじったりする始末です。 残った家族の関係性や、亡き故人への思いの違いがよりはっきりしてきて、そのことを受け入れるのに不安と怖さがあります。 兄弟がまるで非協力的に思えてしまったり(母に対してもあまり思い入れがなく)、私と1人の親戚のみが唯一母に対しても心開いて接することができるような状況です。この先どうなってしまうのだろうと、急に不安で。私自身、仕事にようやく慣れて自分の生活を再開できるようになったところです。 不安なことが多く、誰にも打ち明けられないのも現状です。何かアドバイスがあったらとすがる思いです。長々とした文章を読んでいただいて、ありがとうございます。

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先祖供養はどのような意味を持つのですか?

仏教について調べていると、葬式とその後の供養が最重要トピックの用に扱われているのが不思議です。 親や先祖の供養ってそこまで大事なのですか? 血縁ってそこまで重要なのかしら? 先祖供養は儒教ではないのかしら? いえ、私も木の股から生まれたわけではないので、縁なり因果なり何かしらあるのだろうとは理解はしていますが。 この世に産み落としてくれたことは有り難いのですが。 血のつながりばかり大事にしなくてもそこかしこに縁はあると思うのです。 個人的に家族の縁が薄いこともあり、 親や先祖のことはよく知らず供養もしていません。 私の死後供養してくれるものもおりません。 しかしそんな私が死んだ時も 仏さまなら何とかお慈悲をくださるのではなかろうか というのが信仰を持ちたいと思った動機なのです。 「私と仏さま」の話ならわかる気もするのですが「私と先祖と仏さま」の話がよくわかりません。 先祖供養が必須なら、親のない人間は仏さまに救っていただけないのでしょうか。 そもそも私の理解が間違ってるのかもしれませんが、 苦しみの多い輪廻の輪から解脱するため修行をしよう、また大乗仏教においてはいろいろな仏さまの力を借りたりおすがりして解脱にいたろう、 というように仏教的な死生観を解釈しています。 修行が足りず仏さまとの縁も結べなければ輪廻の次の段階に進むでしょうし、 宗派によっては生前から成仏しているわけですし 浄土系の宗派では阿弥陀さまのお慈悲によって極楽往生できるでしょうし…。 死後、死者の行く末に関して、生者はどれだけの干渉ができるのだろうか、というのが疑問です。 それは死者本人と仏さまの間の話ではないのかと思います。 そうすると供養とは何のためにするのでしょうか。 お教えをいただければ幸いです。

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義父、義母の菩提寺へのご供養依頼

義父が亡くなって7年、義母も10年前に亡くなっています。昨年子供である私の配偶者も亡くなりました。義父母の菩提寺(真言宗)、墓は遠方にあり、婚家の長男が墓や菩提寺とのお付き合いを受け継いでいます。だた、関心が薄く、面倒がり、一周忌の法要も特に集まったりはしませんでした。義父の葬儀の際から、配偶者が連絡役を行っていたり、直近では菩提寺への支払いを代わって行ったり(恐らく、七回忌に関連するもの)といった状況です。                                            今回配偶者の遺品整理等を行う中で上記のような状況を知り、お世話になった義父母に対して申し訳なく、感謝の気持ちを伝えたいこともあり、機会をとらえて、菩提寺にご供養をお願いしたいと思います。 義父が心を寄せていた土地であることから、依頼はその菩提寺にしたいと思います。                                       質問ですが、決まった年忌法要ではなく、私が個人的に法要等をお願いすることは可能でしょうか?また、どのようなご供養をお願いすることができるのでしょうか。 菩提寺さんにももちろんお尋ねしますが、電話、手紙でのやりとりとなり、あまり詳しくは聞けないこと、宗派による違い等があったらと思い、こちらで質問させていただきました。

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