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食欲の煩悩

回答数回答 3
有り難し有り難し 53

私は身長145センチ、体重50キロです。
体脂肪は30%超えてしまい隠れ肥満です。

今ダイエット中なのに食欲の煩悩が強くて困っています。
特にソフトクリームやお菓子、外食などでお金を使ってしまい、「買いぐらい」が止まりません。
今日はソフトクリーム、その前はドーナツ、その前はアイスクリーム、その前も外食でアイスクリームとここ数日間「買いぐらい」が止まりません。

今病気で働けず、貯金を崩して生活しています。
幸い親元で生活しているので家賃や食費などはかかりませんが、外食や買いぐらいばかりしていては、そのうち貯金も底をつきます。
また世の中に食べ物は沢山あるので全部食べたがっていたらきりがありません。

食べることも楽しみの一つなので完全に止めるというよりは「節度を守って」食べることを楽しみたいと思います。
ほどほどにしたいのですが、どうすれば良いでしょうか?

2015年5月17日 18:22

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

食べることに集中しましょう

そのお気持ち良く分かります。
食べることを制限しようとすると、次から次へと誘惑が襲ってくるのですよね。
こんな自分はダメだなんて思わなくていいのです。
ただ、食べるときは、食べること以外をしないこと。
テレビを見ながら、運転しながら、お友達とお話ししながら、をやめるのです。
たべているときはひたすらに口の中にある食べ物に集中し、味わうのです。
舌が無意識に動いていることに気がつくでしょう。一口一口をゆっくりと味わい観察することで、少ない量でお腹がいっぱいになります。
食べる以外のことをしているときは、食べることを考えず、仕事なら仕事、勉強なら勉強、お風呂ならお風呂をひたすらに一生懸命行ってください。
かげながら、応援しております。

2015年5月17日 18:49
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有り難し
おきもち

時間のある限り刺激を求めるのでは

私も食べることが好きです。
でも、忙しいときは食べるのも忘れて仕事するときがあります。
また、食べる以外に楽しいことがあるときも、食べるのを忘れて没頭するときがあります。
人間は、常に刺激を求めているのでしょう。
で、たまたま、食べる以外に適当な刺激がない場合には、食べる刺激に飛び付いて離れたくなくなる。
要するに、食べる以外に楽しみがなく、しかも暇な時間があるからいけないのです。
ならば、食べる以外に楽しみややるべきことを見つけ、また、暇な時間には食べること以外に何かやることを決めておいてはどうでしょうか。

2015年5月17日 21:31
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

ダイエット

ちーちゃん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

さて、まず拙生のプロフィールの写真を見て下さいませ。

実は、この写真、今から約5年ほど前の結婚式の時のものでして、体重は63kgほどにて、誠にスマートでございました。

現在は・・はい、見事なまでにリバウンドを達成してしまっており、73~75kgと、ほぼ10kgも増えてしまっております・・

正直、ダイエットに成功したと言えるのは、その結婚の時だけであります・・それからは、人間ドックの直前になると少し頑張って、何とか70kg前後にまで落とす努力は致しますが、それ以下となると・・やはり難しいものでございます・・

やっぱり、美味しいもの、好きなもの、食べたいですよね。気持ちは誠に分かりますし、また、ダイエットも無理しすぎてしまうと、かえってストレスや余計なマイナスになりかねないため注意が必要となります。

しかし、あまり太りすぎると、健康面も外見も少し悪いことになりかねなくなりますので、バランスが大切となります。

バランスを保って過ごすことを仏教では「中道」と申しますが、この中道を守るために設けられているのが、仏教の場合、色々なルールとなる「戒律」であります。

ちーちゃ様が既におっしゃられているように「節度を守って」ということなのですが、ただ、そのルールだけ設けるのではなくて、是非、目標、達成した時のご褒美も用意すると良いのではないか存じております。

拙生もそうでしたが、とにかく結婚式という目標、披露する姿、一生残る写真、拙妻からの猛烈なプレッシャー・・なんとしても痩せないといけないとかなり追い込みました。実質、二ヶ月程で10kg近く減らすことができました。周りからは、「体調悪いの」、「病気じゃないの」と言われるぐらいにまで、何とか頑張りました。

しかし、それも確かな目標があったからできただけで、今やもう見る影もありません・・つまり、今のプロフィール写真は、そうです、もう詐欺の部類でございます。きっと、これを見て拙生をイメージされてしまっていたら、実際に最初にお会いした時、きっと、「え?、誰」となること間違いなしでございます・・

とにかく、ちーちゃ様も是非何か具体的な目標(何kg減らすとかだけでなく)を持って取り組まれたらどうであろうかと存じております。

川口英俊 合掌

2015年5月26日 5:42
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

邦元 様
さっそくの回答ありがとうございます。
食べることに集中する、良いアドバイスですね。
ありがとうございます。
私はお肉が好きです。焼肉が好きです。
命を頂くことに感謝して食べることに集中したいと思います。
アドバイスありがとうございました。

願誉浄史様
回答ありがとうございます。
そうなんですよ。私は食べること以外楽しみが無い状態です。
何か食べること以外に見つけようと思い、ダイエットのために2か月くらい前からウオーキングを初めて、1日一万歩を目標に歩いています。
今日は19563歩歩きました。
歩くのは苦でないのですが、楽しいことまではいかないので、今のところ一番の楽しみはやはり食べることです。
ウオーキングを楽しいと思えれば良いのですが。
他に何か楽しみが無いか色々と探してみたいと思います。
回答ありがとうござしました。

川口様
 
「中道」、とてもありがたいお言葉ですね。
何事もほどほどにしたいものです。
この質問をさせていただいたときは「食べること」に楽しみが集中しておりましたが、
現在は「食べること」の他に「外出」も加わり、また悩みが増えてしまい、
再度質問をあげました。
ほとほどが良いと分かってはいても、人間の心は弱いもので、なかなか難しいですね。
追伸:こちらの質問をあげたときは体重50キロでしたが、その後7キロも太ってしまいまいました。
お恥ずかしい限りです・・。

「煩悩」問答一覧

煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

【暴言多め】ちくしょー!私は煩悩の塊だぞ!?

乗っけから乱暴ですみません。 ここでしか言えないので。周りの人は、 「怖いと思ったら、離れなさい。 それが今あなたにできる事」 と言います。 でも、私だって楽しみたい! 他の人みたいに、安心して遊びたいし、 歩きたいし! カワイイ子いっぱいいるだろ! 何で私なんだよー! 私からは、「とても感じのいい、 人から頼られやすい雰囲気」 「内面の良さが外面に」 出ているそうです。不思議です。 正体はこのザマですよ?描く絵だって 血生臭いし。結構物騒な事も考えて ますよ? 最近は、生来の防衛本能(霊感と 呼んでます)が大暴れしています。 一歩道を歩いて、男性とすれ違えば 下を向いて横目で警戒。 目を見なくても、 「こいつ、ヤベェぞ」 と頭の中で 警報が鳴ります。 いつ絡まれないか、手を出されないか。 現実、いきなり手を振って近づいて こられそうになった事もあります。 人混みに出て、後ろに男性が来れば、 ソワソワ落ち着きがなくなり、 睨みつけたり、徐々に離れたりと言った 目立った行動をとります。 あとは、防犯ブザーをちらつかせ たり、付属のレーザーライトを カチカチ点滅させてしまったり… これで、逆に話しかけられた事も あります。怖いんだよ畜生が! 要は威嚇です。 同性もしかり。私が前を通過すると、 目で追われたり。迷惑なんだよー! 最近は、この本能大暴れのせいで 今年2度目の風邪をひきました。 暴言三昧ですみません。 聞いて欲しかった、それだけです。

有り難し有り難し 22
回答数回答 1

光合成するペット(自然と煩悩)

私の中学生の時の「将来の夢」は、「動く植物を開発すること」でした。 一番興味があったのが、『地球温暖化』全般。一番、地球温暖化を促進されるのが牛のゲップと聞けば、「ゲップし難いエサ(植物)の開発」を、生き物(動物)が出すCO2を吸収しているのは緑(植物)だと習えば、「とんな場所でも行ける緑(植物)の生き物(動物)の開発」を、と考えてきました。 自分が排出するCO2は、自分のペット(動く植物)に吸収してもらい、酸素をまかなう。そういう世の中、地球に優しい生き方が出来る社会にしていきたいと思っていました。 それで、中学生の時も高校生の時も、農学部に行きたい!新しい環境作りに貢献したい!と思い続けていましたが、幸か不幸か、何故か勝手に出された推薦入試の願書→受かったら辞退出来ない受験に合格してしまい、長年の夢を変更するしかないという形で幕を閉じました。 でも、高校1年生の時に被災(阪神淡路大震災)した記憶のせいか、医学を学ぶのも楽しかったので、新たな道を歩む決意をしたのです。 そして、「只今」違う生き方をしながらも、ふとしたことから、また「動く植物」が必要なのではないかと思い、過去の自分の夢を思い出すようになりました。 西日本豪雨災害に遭ったからからです。もちろん、根本的には『地球温暖化』が背景にありますが、今回は『豪雨による土砂崩れ』でたくさんの尊い命が失われた背景から、人の手が入らない山、森の木々たちが、自分で動いて、土砂災害を防ぐ働きをしてくれたなら、少しは亡くなる方が減らせたのではないかと思ったのです。 でも、人間が、自然・地球をこうなるまで放置し、対策を練らなかったのもまた事実。 私は有馬温泉の近くに住んでいます。避暑地でもあります。が、最近、自分の部屋にデジタル式の温度計を置くようになり、自分の部屋の温度が、冬と夏で「なぬっ!!!」と思う程、寒暖差があることが判明しました。(昔と明らかに違うと肌でも感じられますが)。 この今年の猛暑、酷暑。北の端の1番涼しいハズの部屋の温度が、35度に到達しているではないですか。この前の冬には、部屋の中なのに氷点下になっていたのにです。 何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。 お坊さま達も、お寺さんの中で熱中症になっていませんか? 地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?

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回答数回答 4

アカウントの『私の煩悩:』の変更

初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。 私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。 ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。 しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。 新しい『私の煩悩:』 (来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと 変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。 以上。 しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。 以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。 今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。 哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。 「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。 そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。 しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。 この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。 どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

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