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どうしたらいいかわかりません。

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はじめまして。

毎年この時期になると学校がどうしても辛くて、梅雨だからかな?と思っても、明けたからといって気分は変わりません。

中学の頃不登校気味になったことがあります。理由はわかりません。
ですが、学校へ行くと無意識のうちに腕に爪で傷をつけていました。家では頭を打ち付けていたりもしていたらしく、親に止められたことがあります。
その時は自宅で療養し、2年の3学期に復帰しました。

去年も遅刻は数回しましたが、なんとか持ち堪えました。

今回はそうもいきそうにないです。
おなかは空いているのだろうけれど食欲がなく、1週間で2〜3kgは落ちました。
何もやる気が湧かなくなり、好きだった芸人さんの動画さえ見ても笑えなくなりました。
学校ではよく笑うと言われてますが、いつも笑うたびにすごく疲れてしまいます。
表情を作るのにも疲れました。

今は一週間くらい欠席、遅刻が続いています。悲しくなくても涙が出て、嫌なことがあっても自分の中で考えて、結局また腕に傷が増えていきます。すぐ治るのでそこまで気にしてはいません。

以前と比べてぼーっとすることが多くなりました。何をしても楽しくありません。なんで生きてるんだろう?と1日考えることもあります。自分が何をしたいのかもわかりません。

学校がしんどいです。ノートを取る時以外はほとんど自傷行為をしてしまいます。それは、授業が終わってからはっとして見て気づきます。

中学の時精神科に通っていた経験がありますが、その先生には毎回のように怒られ、毎回泣いていました。合わなかったのかもしれません…

これから先、将来の夢もなく、この学校で高卒の資格さえ取れるかわかりません。

生きがいってなんですか。
私はどうやって生きていけばいいですか。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

青色の蓮花は青い光を放つ

学校に行かなければ、といった常識を外してみては如何でしょう。無理に学校に行かなければならないと思うから苦痛なのではないですか。
近所の同じ宗派のお寺のお息子さんが学校に行かなくなり、真夜中に友達が遊びに来て昼夜逆転の生活が長く続いたそうです。大検の学校に行っておられた時期もありましたが、一学期を終えるとまた同じ状態に戻りました。きっかけはたぶんお父様が急死なさり課程環境が急変したからだと世間では言っていました。
その頃、メールで北海道の寒村の少女と知り合いになり、そこを訪ね彼女と意気投合し、結果として結婚を考えるまでになりました。そのためにはまず学校に行く必要があると考え、大検の学校に入り直し資格を得て、大学を卒業されたようです。
ひとにはそれぞれの生き方があります。仏教は、「こうでなければならない」と型にはめるのではなく、それぞれがそれぞれの個性に応じて生きることを勧めていると思います。
だからといって学校をやめろ、と言っているのではありません。行かなければならないという考え方に苦しめられる必要はないということです。

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私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...
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素直な感情表現を

そあさん

不登校気味、でも理由は分からない
無意識のうちに腕で傷をつけている
家では頭を打ち付ける
食欲はない
やる気が湧かない
笑えなくなった
悲しくなくても涙が出る、、、

これらの出来事は
一体何をあなたに伝えているのでしょうか

気になる記述は

“学校ではよく笑うと言われてますが、いつも笑うたびにすごく疲れてしまいます。
表情を作るのにも疲れました。“

あなたはおかしくないのによく笑っている
人はおかしいと思うことが起きれば、結果的に笑ってしまうのです。

あなたは自分が感じている本当の心を押し殺して
いつも笑っているのではないですか

度重なる本心への裏切りが
目に見えない傷を負わせているのではないでしょうか。

なんのために笑っているのか
何が自分自身を背かせているのか
是非問いかけてみて下さい。

笑いたい時に笑い
悲しい時には悲しみ
苦しい時には苦しむ

素直な感情表現が
そあさんを取り戻すことに
繋がっているのではないかと思います。

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仏教を学ぶことが生きがいに

精神科、合わない先生だったのかもしれませんが、「うつ」の可能性もありますので、専門機関への相談は続けたほうがいいです。
仏教では、人間に生まれて仏教に出会うのはかなりラッキーだと考えます。
仏教を学ぶことの喜びを知れば、生きがいになると思います。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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心の抑圧

(T_T)うーん、どこか自分に嘘ついたり、ご無理をされているのではないでしょうか。
あなたの心の中を言い当てられる人は少ないと思いますが、あなたをきちんと理解して受け止めてくれる人は沢山います。全部を理解し合える間柄でなくても家庭の事などを話せる相手をみつけるべきであると思います。あなたに必要なのはよき理解者であろうと思います。
家の中では、いつもやりたいこともやれずに親御さんの言いなりだったのではないでしょうか。
いうことを聞かないと親御さんがすぐ不機嫌になられたり、怒られるような事が苦痛だったのではないでしょうか。
親を怒らせる、不機嫌にさせるのも嫌なので、イイ子を演じていたりしていませんでしょうか。
これは、日本の各家庭で起こる子供がストレスを抱えている家庭によく見られるケースです。
誰もが、似たような経験をされていると思います。
ですが、程度、レベルが家庭によって異なりますので、もし、思い当たることがありましたら、心の中でだけ、親御さんと少し距離を持つと良いと思います。
付かず離れず。
あなたが接しやすい距離でいいのです。
あなたは心の自由さを求めているのかもしれません。
自分をしばりつけているのは自分の思いという縄です。その縄をほどいてみませんか。
親御さんと、ご一緒に坐禅会に来られる方もおられます。
もし、思い当たる節がありましたら、お寺にお越しください。(^

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...
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慢性疲労、あるいは起立性調節障害の疑い

そあ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度はおつらいご様子をお伺い致しました。

ご自身の意思に反して、どうにもならないことにて、途方に暮れてしまわれて、少し悲観的になられているのではないかとお察し申し上げます・・

原因不明・・確かにわからないこともあるでしょうが、仏教ではこの世における全てのモノ・コトには必ずそこへと至るための原因と条件、つまり因縁があると説明致します。

しかし、以前に通われておられた精神科、あまりにも酷いですね・・理解のないとんでもない先生です。

さて、ここからが本題となりますが、原因不明を原因不明として諦めたままではいけません。それでは何ら解決的手段もとれず、無駄に時間だけが過ぎてしまいかねません。

そこで、一度、その原因となっているのが何かを探る上で、慢性疲労、あるいは起立性調節障害(中学生の10%で何らか該当するとされ、特に思春期の女子に多いとされています)の治療について扱っている病院へと行かれてみて、まずはどのような検査、治療法があるのかを聞いてみられると良いのではないかと存じております。必要があれば、他の病院でのセカンドオピニオンも受けられると良いでしょう。

また、もしか致しますと何らかの複雑なところでの免疫機能の低下が影響しているかもしれません。

とにかく、原因さえ分かれば、解決は早くなるかと存じます。一つ一つ身体的機能におけることで、当てはまりそうなものを消去法的でも構いませんので、当たられてみられることをお勧め申し上げます。

そして、先の将来のこと、生きがいのことは、とにかく元気になられてからの楽しみということにて、一先ずは身体的機能に関することについての改善からアプローチなされてみて下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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「自分がわからない」問答一覧

「幸せなのに死にたい」の原因を知りたい

長文です。大丈夫な方はお目通し下さると嬉しいです。 自分は今以下の条件通りの「幸せなのに死にたい」状態です。 ・「一般的に恵まれている」でなく、「自身が実際幸せを感じられている」状態の幸せである。楽しい事も多い。 ・家族、友人、職場、恋人に恵まれ、適切で信頼出来る関係を相互で築けており、少なくとも自分は満足している。 ・職や他者への不満は特に無く、基本的に感謝して過ごしている。 ・セクシュアリティや趣味趣向、興味分野でマイノリティだが、周りは皆受け入れてくれており、将来への視野もそこそこ拓けている。 ・自身に不満は無く、性格の悪い所と同じくらい良い所が好き。 他者評価はあまり気にならず、過去のトラウマは火葬くらい。自分には幸福が許されないといった考えも無い。 ・金銭面は過去現在共に苦労していない。 ・死ぬのが怖いので死にたくない。また、「幸せなまま死にたい」という気持ちや、有終の美的な考えは一切持っていない。 ・不幸にはなりたくないが、かといって幸せになりたくて生きている訳ではない。 不幸でも幸せでもない中間または無でも、充分足る。 この環境条件下で何故死にたいとなるのか。その理由の検討がつかず、己と異なる知見を持った方々なら一体どう見るのだろうと相談させて頂く事にしました。 「幸せなのに死にたい」と調べると、多くの方の談を拝読する事が出来ます。 しかし、「周りの人(一般)から見て恵まれている」けど不足を覚えており消えたい……といった内容である場合が多く見受けられ、どうにも自分に近いニュアンスの例を見つけられませんでした。 「今の恵まれた環境を失うのが怖い」という可能性も考えたのですが、物事の変遷は特別でもなく、 極論幸せが抑自分にとって良い事なのか悪い事なのか判断を下せない為、理由としてしっくり来ませんでした。 最近変わった事といえば、 幼少期からの墓執着が遂に睡眠障害を引き起こしたので、初有給を使って添い寝用に墓石1つ目を購入した事くらいです。 墓はかなりポジティブなものとして認識していて、皆さんが一生物のぬいぐるみを買うのと恐らく同じ感触ではないかと思っています。僕より重いけど可愛い竿石が届く予定です。 こういう状態で「死にたい」と考えるに至る理由に検討がつく方、いらっしゃいましたら教えて頂きたいです。

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自分の二面性に苦しんでいます

はじめまして。 私はいつも明るく笑顔で過ごし、年上には可愛がられ年下には頼られ、友人からも頼りにされるように努めております。 体が強くないこともあってよく周りの方々には助けていただいており、その結果様々なご縁に巡り会えました。 しかし、私はいつも人のご厚意を利用して自分の望む結果が手に入るようにしているだけだと物心ついた時から気づいてはおりました。 自分がなぜ人に優しくするのか、それは畢竟自分の為に他なりません。 自分の中には2つの自分が居るように思います。狡い自分とその状態を俯瞰して心を痛める自分。 恩義を売っておけばいずれこういう時に便利だろう、相手が求めているものは何か探って効率的に人望を集めよう。 体が強くないのは事実ですが、それさえも周囲の手助けを引き出せるよう仕込める自分が恐ろしいです。 冷静な時(平常心)は狡い方がいたって普通に活動しています。むしろ心がかき乱されたりする時にこそ、俯瞰して自分の実情を嘆いています。両方とも私であることに変わりはありませんが、余りに乖離しています。 そして生来、私は周りの人の助言が心に入って来ませんでした。私が相談相手になったときに相手にかける言葉の想定解の羅列に見えてしまうのです。 今はおそらく、俯瞰する力が強いのかと思います。神仏に額づいて許しを請いたい気持ち、罪悪感でいっぱいです。 相手が喜んでいる私を演じることが罪滅ぼしならば、後々利用しようとする心があってもそのまま演じていた方が良いのでしょうか...。 何か私を1つに纏める、軸のような言葉をいただけたらと思います。 そしてこんな私ではありますが、少しでも心安らかに暮らしていける方法などはありますでしょうか。 長々と失礼いたしました。何卒よろしくお願いします。

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過去の自分が怖いです

過去の嫌な記憶がフラッシュバックしてきて辛いときに、このサイトを見つけて何かのヒントになればと思い、相談させて頂きました。 私には、半年程前に強迫症の症状がありました。主に加害恐怖です。誰かを傷つけてしまった、SNSで誹謗中傷をしてしまった、など誰かに嫌な思いをさせてしまったと感じることがありました。当然そんな事はしてませんし、したいとも思いません。ですが、妄想が鮮明で、本当に自分がしたかのように感じたのです。もしかしたら、無意識のうちに罪を犯しているのかもしれないと考えるときもありました。 そんなことを考えているときはとても辛くてでも、誰かに相談できることではなくて、不安が去るのをじっと待っていました。数日後には不安は消えて、日常を送り、また別の不安で辛くなるという繰り返しの日々を送っていました。 当時、上京をして1人暮らしをしていたのですが、情緒が不安定になったり、うつ気味になったり、専門学校で辛いことがあったりと、色々重なって学校を辞めて実家に帰ることにしました。それからは体調も良くなり、次第に元気がでて回復してきて、新たに、勉強を始めて、いずれは大学か別の学校に行きたいと考えています。 ですが、冒頭にも書いたのですが、当時の辛いことがたまにフラッシュバックしてきす。一度は自分の中で落ち着いたことなので、そのまま流せることもあるのですが、何回かはすごく辛く感じることがあります。本当に罪を犯していると感じるときもあります。分からないので、実際に起きてから考えようとしているですが、私は、間違っていますでしょうか? 長くなってしまい、すみません。返事を頂けたら幸いです。

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「超客観的」な感覚になってしまいます

もし、何か関連するものをご存じであれば教えてください。 まず、現在の私の状況です。 ここ何年かずっと続く感覚があります。それは自分のあらゆる「主体」という感覚が薄れているような感覚です。 自分のあらゆる行動、容姿がさも他人であるかのような感覚になります。 今こうして文章を打っているときも、脳波で動くロボットアームを動かしているみたいです。 飲食は車にガソリンを入れているような感覚だし(味覚はちゃんとあります) 鏡に映る自分を見れば、一瞬「誰だ?」みたいな気分になります。 郵便物の宛名で書かれた自分の名前はたまに誤配送を疑うくらい知らない人の名前に感じます。 などなど、そのように基本的にあらゆる自分の状態を超客観的(?)な視点で見てしまいます。 肉体だけ精神と切り離されたような、逆に言えば私の精神だけが世界から切り離されたようななんとも言えない感覚です。 一部の感覚は他人にも当てはまります。 食事や睡眠をとる他人を見ていると、好きでも嫌いでも気持ち悪いとかそんなものは一切なく「あ、食べてる(寝てる)」と不思議な感覚で、フラットに眺めてしまいます。 思考する自分に対しては「主体」としての意識はあるので、ただ肉体と精神が遠ざかっているようです。 距離としては双方それほど遠ざかっていないと思うので、2重人格とかそういったものにはならないと思います。 そういった状況を受けて、さらに最近変化してきたことがあります。 こういった感覚や状態は、俯瞰しているせいか精神の「凪」みたいな状態を招くことが多くなりました。 怒れば心拍数が上がり頭に血が上る感覚がありますがそれも俯瞰 恥ずかしくなれば顔が赤くなりますがそれも俯瞰 昔よりずっと怒りなどの感情を抑える事ができるようになりました(肉体的反応は制御できませんが) 普段はしばしば瞑想をするくらいですが、特にちゃんとトレーニングを積んだわけではありません。 肉体と精神が離れる。そんな感覚をずっと抱えていただけです。 とにかく自分の中でなぜ、どのようにこうなったのかうまく説明がつかない状況なので、もし「それこういったものでは?」となにか引っかかるもの、ご存じのものがあれば教えていただけないでしょうか? 長くなってしまい恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。

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