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強くなろうとしない
強くなろうとしないこと^_^弱いと思うのは、強くなろうと願う心、理想との比較から生まれるのでしょう。だからこそ、比較をしないために、まずは強くなろうなんて思わないことです。
そして、心を、真実だと思わないこと。心はただの思いに過ぎない。幻のようなものです。
先日、数十人を前に話す機会がありました。話す前は、話す内容を準備し、実際の場面を想定して練習し、直前にはおさらいしました。緊張が高まる中でその会は始まりました。しかし、人前に立つと、想定していたものと全く違うし、緊張もありませんでした。つまり、人の考えや心って真実と全く違うことに気づきました。この時思いを握っていたら、キット緊張していたのだと思います。
思いを手放す。事実、真実に生きる。おもいをあいてにしない。そうしたことが、本当にあなたを強くします。
心について
ごんぎつね様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
「心」というものが、強い、弱いと言っても、どのような基準でとなっても結構曖昧なものとなってしまいますし、本質的に、では、何が心なのかと言っても、「体のここにある」と言って指し示せるものでもありません。
例え、頭を指したとしても、では頭のどこにあるのかと言っても答えられないものであります。(どんなに脳を分解していっても、これが心であると言えるようなものは、決して見つけることはできないでしょう。)
じゃあ、心は無いのか、と言えば、そうでもありません。
ただ、色々な因縁(原因や条件)によって成り立っているというものとなります。
強くする因縁によれば強くなり、弱くなる因縁によれば弱くなる、という感じでございます。
そして、他の誰が決めるのでもなく、自分の因縁次第で、自分がそう決めてしまっているようなものであります。
何を強い心とするのかは、それぞれの人にもよるでしょうが、例えば、ごんぎつねさんが、こういうのが強い心だと思われているところへと向けて、どうあるべきかを考える必要もあるのではないだろうかと存じます。
少し抽象的なことでも、自己実現へと向けた具体的なことを想起していくことにより、すべきこともより明確になっていくのではないだろうかと思います。
善処を祈念申し上げます。
川口英俊 合掌