嫁3人が仲良くするには
嫁3人は旅行へ行ったり仲良くやっていました。
私は次男嫁です。
些細なことは色々ありますがそれはお互いさまと思いやってきました。
最近、うちの長男23歳ができちゃった婚で20歳のお嫁さんがいて孫も6ヶ月です。
盆に帰った時
あまりにも何もしない息子の嫁に私も気を遣いすぎて何も言わなかったことに長男嫁と三男嫁にSNSで指摘されました。
1時間ちょっとで行ける距離もあり長男嫁もちょっと体が弱く行事ごとは手伝うようにしています。
三男嫁は遠方に住んでいるため実家に親戚など来客などある時は来ません。
そんなこともあり
指摘された時は三男嫁には言われたくないと言う感情が湧いていたのは事実です。
お正月にあたり息子夫婦にお嫁さんも動いてと伝えて行きました。
いい感じで手伝ってくれていてよしよしと思っていたら
息子が
三男嫁へ「うちの嫁動いてる?先日ダメ出しされたみたいで」と酔っ払いながら言うてしまいました。
三男嫁が「お姉さん息子がこんなんばっかり言うてくる」と私に言ってきたのですが褒めてくれればいいと思ったので無視してなにも答えませんでした。
後日
またまたSNSで無視したとか前回の件で何を息子に言うたのか知りませんが甥っ子に言われたことがショックだと送ってきました。
無視したこと息子がダメ出しと感じて詰め寄ったことは謝罪しました。
でも、私も三男嫁にSNSで言われたことがショックです。
言い出せばきりがないくらい自由奔放に三男嫁もやっているのにそこまで何故いわれないと駄目なのか理解できません。
私がおかしいですか?
この先仲良くやって行くにはどうしたらいいですか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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文字は解釈前提
拝読させていただきました。
SNSって厄介ですよね。というかメールとかLINEもそうですが、用件のみを伝えるには便利で良いですが、「気持ち」を伝えるには慎重にならねばなとおもいます。
人間は「文字をそのまま受け取らない」ですから。その文字を受け取って、必ず頭のなかで「解釈」します。そして最終的には「解釈」のほうを取りますよね。「きっとこういうことだろう」と。…というか、文字とか言葉はもともと解釈前提で出来ているのでしょうか。
言葉とは事実ではなく、思いを共有するための手段でしかないので、本当ではない、「その人の全てではない」と知りましょう。
そして私としましては、嫁同士特別仲良くしなければ、と思わなくても良いと思います。確かに仲が良いに越したことはないですしそれは良いことですが、「~でなければならない」「~であるべき」という思いこそが自分を苦しめているのではないでしょうか?
たしかに全員集合かけて話し合って全てがまとまればよいですが、それぞれの主張もあるでしょうし、まとまったところでまた同じようなことが起こるでしょう。
話し合うのは大事ですが、「私の思いを理解してほしい」とか「あの人はどう思ってるんだろう」とか、「思い」を大事にすると疲れませんか?
思いは事実ではありません。解釈は解釈でしかありません。それは事実に対して好き嫌い良い悪いと判断して、自分の思いを塗りたくったものでしかありません。事実とはかけ離れたものです。それを私たちは日常的に無意識にしていて、そっちに苦しんでいると知りましょう。
仏教的には、思いによって繋がるのではなく、思い以前のところで「もともと」繋がっていると説きます。むしろそのつながりを邪魔するのが思いです。
「思い=私自身ではない」です。
自分の思いに苦しんでいるんだと知り、その思いに惑わされなければ、最強じゃないでしょうか?
どっしりと構えて、自分の思いや解釈に惑わされない。そういうあり方がそのまま今の関係を修復していってくれると思います。自然に。
追伸
自信がない、というのも、「理想の自分」という思いをもっているからだと思います。
その思い込みから自由になったとき、「本当の自分」に出会えるとおもいます。
放てば手に満てり。です!
質問者からのお礼
ありがとうございます。
自分の思いや解釈に疲れることがあり
この一年でげっそり痩せてしまいました。
みんなが嫌な思いをしないとか喜んでくれるなら我慢しようと思って生きて来ました。
それを見透かされたようで驚きでしかありません。
どっしりと構えたいのですが自分にも自信がなく自問自答しながら生活しています。
ありがたきお言葉再度読み直し向き合っていきます。
本当にありがとうございました。