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覚え方

回答数回答 2
有り難し有り難し 36

うまく言えませんが、般若心経を覚えることに挑戦してみようと思っています。
まずは意味は分からないけど全部言えるようになる方がいいか、一区切りずつ意味を分かって覚えて行くべきか迷っています。
つまらない質問ですみません。
よかったらアドバイス下さい。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたのいのちが喜びを感じる方向で

般若心経を覚えたいのですね。そのようなお気持ちがおこった仏縁に感謝しましょう。

さて、どうするかですが、「~すべき」の考えは「~したらいいことがある」という考えから生まれるような気がします。

お経の言葉を覚えたほうが何か効果があるのか?意味を理解した方が何か効果があるのか?

もしそうだとしたらその考えはやめたほうがよいでしょう。お経を暗唱することで、あるいは意味を理解することで、私が何かよりよい私になるということはありません。

お経に説かれている内容から私というものの存在の在り方を知らされるところに尊さがあります。より良い私ではなく、今の私を知るのです。私とは何かを知るのです。

お経を理解するのでなく、私を理解する、そこにお経に説かれた法(教え)の尊さがあります。

まずは「~すべき」より「~したい」と感じた方向で学ばれてはいかがでしょう。全部読めることが喜びならそちらから、意味が分かることが喜びならそちらから。

お経の音としての響きにも、説かれる意味の深さにも、私とは何かを知らせ、私のいのちをよろこばせるはたらきが溢れています。

私なら意味は分からずともまずはCDなどの音源を聞きながら唱えてみて全体の響きを味わい、解説本などを通じて少しずつ内容に触れていきます。
これは何が説かれているのかな?私にとってはどういうことになるのかな?と確かめていきます。

ご参考まで。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

『お詫び』

投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。

代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。

『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。

大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。

道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。

その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかどーなつ様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。

願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道

合掌

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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

アドバイスありがとうございます。
今の私を知る、私とは何かを知るということが大切なんですね。
また、お経は覚えたらおわり、意味を一通り調べれば終わりということでもないんですね。
少し前に仏教に興味を持ち、ほんの少し調べて知ることができただけで、日常やつらいとかに楽に考えられるようになりました。
それで、今は般若心経について知りたいと思っているところです。
何も分かってはいませんが、これまで遠い存在に感じてた仏教が、身近に感じるようになってきました。

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