hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

覚え方

回答数回答 2
有り難し有り難し 35

うまく言えませんが、般若心経を覚えることに挑戦してみようと思っています。
まずは意味は分からないけど全部言えるようになる方がいいか、一区切りずつ意味を分かって覚えて行くべきか迷っています。
つまらない質問ですみません。
よかったらアドバイス下さい。

2017年2月8日 23:53

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたのいのちが喜びを感じる方向で

般若心経を覚えたいのですね。そのようなお気持ちがおこった仏縁に感謝しましょう。

さて、どうするかですが、「~すべき」の考えは「~したらいいことがある」という考えから生まれるような気がします。

お経の言葉を覚えたほうが何か効果があるのか?意味を理解した方が何か効果があるのか?

もしそうだとしたらその考えはやめたほうがよいでしょう。お経を暗唱することで、あるいは意味を理解することで、私が何かよりよい私になるということはありません。

お経に説かれている内容から私というものの存在の在り方を知らされるところに尊さがあります。より良い私ではなく、今の私を知るのです。私とは何かを知るのです。

お経を理解するのでなく、私を理解する、そこにお経に説かれた法(教え)の尊さがあります。

まずは「~すべき」より「~したい」と感じた方向で学ばれてはいかがでしょう。全部読めることが喜びならそちらから、意味が分かることが喜びならそちらから。

お経の音としての響きにも、説かれる意味の深さにも、私とは何かを知らせ、私のいのちをよろこばせるはたらきが溢れています。

私なら意味は分からずともまずはCDなどの音源を聞きながら唱えてみて全体の響きを味わい、解説本などを通じて少しずつ内容に触れていきます。
これは何が説かれているのかな?私にとってはどういうことになるのかな?と確かめていきます。

ご参考まで。

2017年2月9日 8:39
{{count}}
有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

根詰めず、細く長いおつきあいを

こんにちは。

私は、お経は根詰めて暗記せずに、生活習慣の一部に組み込んでしまうのが良いと思います。

まずは、毎日声に出して音の響きやグルーヴを味わうところからはじめてみてはいかがでしょう?

何がともあれ、毎日向き合う時間をつくること。これが、本当の意味で「お経があなた自身の一部になる」最短ルートです。

毎日触れていれば、口が勝手に覚えますし、自然と気になるフレーズがでてきます。そうしたら、書き留めて、意味を調べてみてください。それが、今のあなたに最も必要なフレーズかもしれません。

お坊さんでも、お経のワン・フレーズを消化するのに何年もの期間を費やす、なんてことはザラにあります。

わかったつもりになっていても、自分が成長することで、また新しい見方が加わることもありますしね。

逆に、ひとつのフレーズさえ自分の一部にしてしまえば、他のフレーズの意味も芋づる式に理解できる、なんてこともあります。

ひととおり暗記したら終わり、語句の意味を辞典で調べたら終わり。そうはいかないのが、お経の面白さです。

細く長いお付き合いをするつもりで、ゆっくりと距離を縮めてみて下さいね。

合掌

2017年2月9日 9:26
{{count}}
有り難し
おきもち

質問者からのお礼

アドバイスありがとうございます。
今の私を知る、私とは何かを知るということが大切なんですね。
また、お経は覚えたらおわり、意味を一通り調べれば終わりということでもないんですね。
少し前に仏教に興味を持ち、ほんの少し調べて知ることができただけで、日常やつらいとかに楽に考えられるようになりました。
それで、今は般若心経について知りたいと思っているところです。
何も分かってはいませんが、これまで遠い存在に感じてた仏教が、身近に感じるようになってきました。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 49
回答数回答 4

どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 44
回答数回答 3

徳について

徳について質問です。 徳を積む方法を知りたくて、動画サイトで、ある経営者さんの徳を積むことについてのお考えを聞きました。 ご本人に直接伺うことができないので、お坊さん方のお考えを聞かせて頂きたいです。 その方は、周りの人が笑顔になるように行動すればいい、周りの人を不快にさせるような行動はダメというような事を仰っていました。 故意に人に不愉快な思いをさせるのが良くないのは わかりますが、わざとでない場合はどうなるのでしょうか? 私は外斜視で、手術を受けたものの矯正できるギリギリ限界まで筋肉を切除しても治りませんでした。 電車に乗っている時など、自分では正面を見ているつもりでも、気が付くと向かい側に座っている人から凄い顔で睨まれていたりして ⁇ となり、後になって「あ、斜視で知らない間に私の方から相手の人を凝視したと思われたんだ」とわかるのですが、知らない人に「私、斜視なんです。あなたを見てたわけじゃないんです」と言うのも変ですし。 でも、人を不快にさせたのは事実なわけですから、この場合 私の徳はどうなるのか知りたいです。 人前ではなるべく下を向くようにしていますが、時々忘れて このようなことになります。

有り難し有り難し 22
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る