お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

世の中せっかちだと感じます

はじめまして。
タイトルの通りなのですが、世の中がすごくせっかちです。
みんな、暇を毛嫌いするかのごとく、常にどこか行ったり何かしたりしています。
そして混んでいることに腹をたてたり、マナーを守らない他人に腹をたてたりしています。
休み明けの仕事がしんどいほど、体力を消耗していて、週明けから文句ばかり。

人間関係でも少し間があると、沈黙は悪といわんばかりなムードがあります。
さらに、世の中ではテンポよく簡潔にオチをつけて話すことが要求されており、
じっくり考えて言葉を選んで話すことは、他人をイライラさせるのです。

仕事もそうです。
時間いっぱいにぎゅうぎゅうと予定をつめこんで、みんなが時間に追われてイライラしています。
表向きはキレイなことを言いますが、実際はお客様どころか自分のことさえも大切にせず、お金の利益を上げなければいけないことに神経をすり減らしているように見えます。

空気を読まないといけないせいで、みんな自分を大切にしなくなった気がします。
その空気だって、直接聞いたわけでもない、誰の人格でもない謎のものです。
自分の時間を誰かのために使って、それでみんなが幸せになるなら良いのですが、
自分の時間をすり減らして、心を病んで、今の世の中はどこに向かっているのですか?

もっと、空を眺めたり、風を感じたり、自然を見つめたり、ボーッとしたり、
そういうゆったりした時間があって、初めて人に優しくしたり、じっくり人の話に耳を傾けたり出来るのではないでしょうか。
けれど、そういう時間が作り出せない社会になっています。

怒りを抑える
有り難し 179
回答 8

質問投稿日: 2013年7月2日 10:22

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

時間の流れ方

先週インドに15年ぶりに行ってきました。
日本から比べると、時の流れがとてもゆったりしている感じがします。
日本の24時間もインドの24時間も同じ長さ。
しかしその24時間を違うと感じている自分の脳。
同じ時間の流れなのに違うと感じる。

川の流れを見てみると真っ直ぐなところはどこも同じ速さで流れ、
曲がったところではその外側は速い流れ、
しかしその内側はゆっくり流れる。
時間の流れもそんなことがあるのか分かりませんが、
おもしろくない時間は長く感じ、楽しい時間は速く感じます。
不思議ですね。

5年5ヶ月前

LIMIさん

こんばんは。
本当にそうですよね。私も同じ30代ですが、 今は 、仕事や 家事 子育てに追われ、バタバタと感じる時もあれば、充実していると思ったり。心に余裕があれば、いろんな事に 取り組んでみたいと考えますが、何も考えず どこか遠い所に行ってみたいとも。その時々で、心が乱れます。

周りに流され、自分を見失わないようにと思っています。
心を許して、何でも言い会える仲間や、笑顔に戻れる場所を大切にしたいなって。
せわしない社会に流されてしまわぬよう、自分のリズムを分かっておくことも大事でしょうね。

お経(きょう)は、教 であり、鏡でもあります。
心静かに手を合わせ、自分を見つめる。不思議と 心が落ちつき、今のままでいいのだと安心できるのです。ゆっくり 仏の前に座り、向き合ってみるのも、イイでしょうね(*^^*)

5年5ヶ月前

今、ここ、おのれを親しむ。

大変鋭い分析ですね。
職場の現場でもきっとみんな同じことを思っておられるでしょうから、理解ある上司の方を通して、皆さんが受け入れられるような形でご提案、提言なされれば、より良い職場環境が作られていくと思われます。(^_^)

さて人間は何を求めどこをさまよい続けるのでしょうか。
たった今、この瞬間という門をくぐる時、そこは入り口にも、出口も、通過点にもなる。
すべての駅は、始発駅、通過駅、終着駅にもなります。

一歩一歩、歩いているところ、息をしているところ、立っているところが今、ここ、おのれが、万人の人生の真実です。
何故なら、何時いかなる時であっても、今この時です。
何処に行こうが行くまいが、ここ、この場所です。
誰であっても、みんな自分は自分、私は私。
だからみんなそれぞれ自分を全うする。
自分が自分を自分すればいいだけです。
ところが、自分が何をしていても、なにしているか分からん、という方もおられます。
そういう方々は確かに、何処かに向かうことばかりを考え、足元がおろそかになっているのでありましょう。親しむ、ということが無いのです。
何処にゆけども、今ここ己。
ゆかずに、とどまれども今、ここ、己。
まずは、あなたはあなたの今、ここ、己を生きれば良いのです。
LIMIさんも多くの方に即今、即処、自己を「親しむ」生き方をご教導下さいませ。
http://hasunoha.jp/questions/97

5年5ヶ月前

そんな時こそお寺です

LIMI様へ

私もそのことには大変心を痛めております。
本当に何をそんなに急いでいるのか
時間というものに追われて日々過ごしています。
そのため、気持ちに余裕がなくどこかギスギスした世の中になってしまっています。
その影響が子供にも伝わっているのが現状。
未来を担う子供たちにも同じような社会にならないように
今こそ大人たちが立ち上がるべきだと思っております。

そしてそういう時代だからこそ今こそ
寺院のあり方、存在意義が問われてきていると感じております。
当山にぜひお越しください。
そしてお寺という雰囲気を感じてください。
特に今の社会にどこか心身ともに疲れ、どうしようもないとき
ぜひ来てください。
お寺という場で何かを感じ、何を得て
またそれぞれの日々に社会に戻っていく。
そういうサイクルでいいのではないかと思っております。

お待ちしております。合掌

5年5ヶ月前

まったくその通りだと思います。

LIMIさま、はじめまして。

まったくその通りだと思います。

時間に追われ、仕事に追われ、人間関係に追われ。
ひとときも休まる時がありません。

心身ともに休もうと山や海に出かけても、おっしゃるとおり人の群れ。
おたがいギスギスしています。

では、芸術や瞑想などの精神世界に没頭しても、夢からさめたら元通りです。

お釈迦さまは、「三界は迷いのうち」とおっしゃいました。
「三界」とは、欲界・色界・無色界のことで、それぞれ普段の欲につき動かされた生活・山や海だどの自然の世界・精神活動のことです。
どこまでいっても、迷いの世界。

逃げ場のない我々は、さてどうしたらよいのでしょうかねぇ。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

5年5ヶ月前

うみはひろいなおおきいな

LIMIさん、こんにちは。

砂浜の波打ち際に立っていると、ザザーッと波がやってきます。
自分の足元まで波がこないこともあれば、来ることもあるでしょう。
波のいきおい大小で後ろにのけぞったり、前のめりになったり。
波によって足元がうもれていって、抜け出せなくなったり。

波がくるまえに、波のことを考えておくべきでしょうか。
波がくることで起こることも、考えておくべきでしょうか。

その前に、水や波って気持ちいいですよね。ちゃぷちゃぷ遊びたくなります。
でも、遊びすぎると疲れます。風も吹いてきたら、なおさらです。
匂いも気になります。漂流物だっていいものばかりではありません。

疲れても、ずっと波打ち際にいなければならないでしょうか?
陸に上がればいいでしょう。かといって陸の漂流物は必要です。

その繰り返し。
LIMIさんは、ゴミ拾いのボランティアをしますか?ライフセーバーのボランティア?海に喧嘩を売りますか?ちょっと余裕がないですか?休みつづけるとダラけてしまうことはご存じのようです。

自分の時間を誰かのために使って、それでみんなが幸せになって。
自分の時間をすり減らして、心を病んで。
その繰り返しです。ちょうどいい具合をずーっとキープすることは難しいことです。一日のなかでさえ、そうなのですから。

海の楽しみ方は人それぞれです。
面白くなくても遊べます。じっとしていてもいいはずですよね。言葉がなくて、じっと見つめ合うだけでも会話はできます。
そういうことをLIMIさん自身、だれかとお話ししてみたらいかがですか?同じ気持ちになれたら、嬉しいことですよね。

5年5ヶ月前
回答僧

観音寺

大鐵

「田舎でゆっくり過ごそう。」私田舎で生活してますがゆっくりしたことありません。

 こんにちわ
 多くの僧侶が言っているように坐禅、瞑想は非常にいいと思います。ただ、修行体験となるとセカセカしますのでよく考えてから申し込んでください。
 私はあなたの悩みは職場にあると思います。偏見かもしれませんが、世間ではキャリアウーマン指向が強くなり、女性はどんどん仕事をしますが、真面目さや真剣みが強いため、チョットしたことでも重くとらえてしまいがちになり、それが強くなると、仕事が嫌になり辞めてしまい、行き場がなくなり、何も手につかなくなる。今プアーウーマンが多いと聞きますがそれも1つの原因と思います。
 もし今働いている職場の人間関係が良好で仕事にやりがいを感じていれば、休日も充実し、失敗しても色々な人がフォローしてくれます。この先何があっても耐えられる自信が持てると思います。
 自分に言いたい「誰か私を認めてくれる人集まれ。私はなるべく多くの人を認めたい。」と。世の中、give and take。自分がしなくては誰がする。『天に唾を吐けば、自分に返ってくる。天にピーナッツを上げればたまには口に入る。』良いことは中々返ってこないけど、少しは返ってくる。それを信じて続けてみよう。辞めるのはいつでもできる。あなたの努力で今の職場が改善されることを願って。結果報告お待ちしております。

5年5ヶ月前

LIMI様、仰る通りですね。

本当に其の通りだとつくづく思いますね。

では、貴女の仰る「空を眺めたり、風を感じたり、自然を見つめたり、ボーッとしたり、
そういうゆったりした時間があって、初めて人に優しくしたり、じっくり人の話に耳を傾けたり出来る」を為すためには、如何様な方法が有るのかと考察する時、密教では「阿字観.阿息観」等の瞑想を薦めて居りますよ。

以下に少しだけ書き記します。

阿字観瞑想法とは?
真言禅、真言瞑想法ともいわれます。座禅に似ています。
「禅」というのは、禅那、禅定という言葉の略です。
「心を静かにして、動揺させない」と言う意味です。
ですから、座って禅定に入ることを座禅といいます。

阿字観と座禅。どこが違うのでしょう?
調身 姿勢を整える
調息 呼吸を整える
調心 心を整えると言うのがどちらも基本です。

阿字観は、イメージする瞑想法、つまり観法です。
何も考えるな!!と言われて、何も考えないようにしていても、
心の中にはふつふつといろんなことが頭をよぎります。
阿字観は、イメージすることを明確にすることによって、
他の事を排除するんです。
そのため、阿字観は実修の初めから最後まで指導者の誘導によって行います。
ですから、初めての方でも気軽に行うことが出来ます。

足の悪い方は椅子に座っても出来ます。
現代人の疲れた心を落ち着かせ、心のバランスを取り戻す。
そして、自分自身を見つめなおす。
そんな気持ちで一緒に座ってみませんか?
色々なことを考えなくてはいけない毎日。
その中で、他の事を考えず阿字観をする。
贅沢な時間を一緒に過ごしましょう。
悩みのある方は答えそのものは見つからないかもしれませんが、
何かヒントが見えてくるかもしれません。

ご参考までに…

5年5ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ご解答いただき、ありがとうございます。阿字観には興味があるので、ぜひ体験してみたいと思います。今、日本で生きていて思うのは、海外の「貧しい」と言われている国の方が物質的に不便でも、心の面ではとても豊かなのでは…ということです。陸に上がれたらよいのですが、ここで生きていかねばなりません。趣味などの楽しみはありますが、楽しいことを含めて考えても生きるのが馬鹿らしくなり、他人に話すには重すぎたのでこちらで書かせて頂きました。共感の言葉をいただけただけでも、少しほっとしました。闇に居ながら闇の恐怖を考えない様に生きていこうと思います。

ご回答いただき、ありがとうございます。随分抽象的な質問だったので、「仕事に悩みがあるのでは」と私の悩みの本質を探して下さったご回答も頂き、感謝します。人間ですので、今まで様々なことに悩んで年月を重ねて参りました。そして今となっては、職場が…とかそういう身近なことではなく、現代の全体的な仕組みやムードにすごく違和感を感じており、このような抽象的な質問になってしまいました。時間の流れ、難しいですね。今感じるのは、自分を置いてけぼりにしてでも前へ進めと強制スクロールをされていて、ものすごく時間が短く感じます。先進国という言葉も、人々が進んでいる感じがせず、国が独り歩きしていて、人々がゲッソリした様を想像します。静かに仏様の前で座りたいです。

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