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褒められる事が苦手

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有り難し有り難し 6

私は、絵を描く事が幼い時から好きで、昔は下手くそでもただ好きだから自由奔放に描いていました。
小学生の時、いつも覗き込んで来ては上手だねと言ってきた同級生に、ある日突然ヘタクソと吐き捨てられ、悪口を沢山書かれたノートをポストに入れられた事があります。
自分が何をやらかしてしまったのか全く覚えが無く、当時はただ泣くだけだったのですが、それが切っ掛けなのかどうか分からないですが何について褒められても全く信用しておらず、表面上では軽く受け流し、心の中では馬鹿にしに来たんだろうなと考えてしまいます。
彼女達を恨んだりはしてないです。昔の自分は本当に何も考えていない人間だったので、自分にも何か非があったのかもしれないからです。
ただ人に褒められたり祝われたりする事が本当に苦手になってしまいました。
昔の事をそんなに思い詰めるなんて下らないと自分でも理解しているのですが、言われる度に思ってもいない事をわざわざ言ってこなくてもいいのにと薄暗い気持ちが湧き出てくる事に自己嫌悪してしまいます。
どうすれば素直に受け入れられるでしょうか。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

言葉とは

言葉って伝達の手段だと思います。解釈前提に出来たのが言葉です。
思いを発信する側がいて、その人から放たれた言葉を、受け取る側がどう受けるか。受ける側の「解釈」にゆだねるしかない。言葉には本質はないから。
客観的にりんごという果物があって、そのりんごがAさんからBさんに渡る、という様にはできていないとういうことです。言葉に事実はなく、手段でしかなく、仮のもの。

その薄暗い気持ちが湧いてくるのも、相手から放たれた言葉のイメージから、過去の記憶が立ち上がり、悲観的な解釈が始まるのだと思います。

この仕組みが分かるだけでかなり違うと思います。言葉に事実がない以上、どう受け取ったっていい。どう受け取ろうが自由。だけどそれは事実ではないと私は知っている、ということが大事です。

事実に学んでいくという姿勢が必要と思います。

姿勢(見方)が変われば解釈が変わる。解釈が変われば世界が変わります。

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有り難し
おきもち

若輩者ですが、宜しくお願い致します。
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質問者からのお礼

回答ありがとうございました。
自分の解釈を少しずつ変えて行こうと思います。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ