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自殺した主人は成仏できているでしょうか。

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主人が2月に自殺しました。前夜に私と揉め、朝、首を吊っていました。原因は幾つかあります。
・1月に息子が離婚して1歳の娘を引き取って戻ってきました。主人、私、息子(3人共仕事しています)の3人で協力して子育てをしていくことになりましたが、家にいる時間の長い主人に一番負担をかけていました。
・息子が夜勤に替えた為、6時に家を出てから夜、私が帰宅(21時前後)するまで主人が1人で育児していました。
・主人曰く、息子に寝る時間を削ってでも夕方早く起きて家事の協力をしてほしい。そのことを3日程続けて注意していた。
・息子曰く、言われたことはやっている。

自殺する前日の夕方、息子は体調が悪いながら保育園に迎えに行き、娘をそばに置いて部屋で横になっていた所に仕事から帰った主人が「何やってるんだ」と責めてきたため、カッとなって主人に手を出し取っ組み合いになり、主人はあと10秒遅かったら息子を殺してた。と言っていました。この辺の状況は2人共すべてを話さない為、2人にしかわかりません。ただ、息子は主人に謝ったそうです。

主人から「出て行かす」とメールをもらい、帰宅後何があったのかと聞いても私にも怒りながら、親に手を出したことばかりを強く言われ話になりませんでした。
私が息子に聞くと、どんな理由であれ親に手を出した自分が100%悪い。だけどそこまでした理由がある。と言うのです。
主人にその事を話すと、息子可愛いなら息子と生きていけばいい。俺は無理だから家を出る。と言われ、もうこれ以上の話をするのは今日はやめよう。と思い話さないでいると「殴られたところが心配じゃないのか!」と責められ、私もつい「それ位で死なないから大丈夫」と言ってしまったんです。実際、若い頃、私は主人に殴られあちこち腫らしていたことがありますから。
その後、寝るよ。と声を掛け寝ましたが、下でガタガタ物にあたっている音がしていました。
朝、起きてみると布団に姿がなく、トイレのドアノブに首を吊っていました。

走り書きした雑誌には「私が気遣ってくれなかった」「○○(息子)を殺さなくて良かった」あとは孫のこと、自分がやりたかったことが書かれていました。私の気遣いが足りなかったんです。
私は主人の心を思うと一生背負っていく覚悟です。

ただ、死んで分からせるようなことも言っていたので、安らかに成仏できているのかが心配です。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏様の中には、自分の欲が満たされるかどうかでなく、願いが成就されるかどうかで成仏した仏様もいます。

他者を救いたいという願いが成就されるまで長い年月をかけた仏様もいます。

孫さんが健やかに成長されることを御主人様は今も願っていると思います。

死んだら自動的に仏になってすでに悟りを得たという保証を私はできません。
残された人の健やかさを願っていたのなら、時間はかかるかも知れないけど、悟りの道を進んでいるかと察します。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

「供養」

はる様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

色々と事情もおありであられたのでしょうが、誠にこの度はことはおつらいことでございました。

息子さんと一歳のお孫さんのためにも、しっかりと家族を守られることで、ご主人様のご意向に少しなりにも添えられて頂けましたら、有り難いことでございます。

「供養」という言葉は、拙解釈ではございますが、悟りへと向けて、「供(とも)に(仏様の教えを)養う」と捉えさせて頂いております。

仏教を学び修する中にて行う「功徳」というものは、全ての者たちがやがて悟りへと至れますようにとして「回向」(全ての者たちへと功徳を回り向けて及ぼす)されるものでもあります。

拙生も拙いながらにも、そのように努めているつもりでございます。hasunohaの回答も僅かばかりでも功徳となるのであれば、それを常々に回向させて頂いております。

それは、もちろん、亡きご主人様へも回向させて頂いているものにもなって参ります。

どうか悟りへの清らかなる流れに乗って頂けますようにと存じます。

はる様も仏教をこれから学び修されていかれる中での功徳を少しなりにも回向を賜れましたら有り難くにも存じます。またそれは必ずご主人様のためにもなるとお考えを頂けましたらと存じます。

川口英俊 合掌

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おきもち

こちらも参考になさって下さい。最新の拙法話「仏教の法話 ミニ法話シリーズアーカイブ」 https://youtube.com/playlist?list=PLG2SRXHSbDlUsU_Yt0NVGCCk0dq89Vndo&feature=shared

質問者からのお礼

ご丁寧なお心のこもったご回答ありがとうございます。
早くにご回答頂けたことに感謝致します。

毎日、色々なことを思い出し、「もう一度会いたい、声を聴きたい、謝りたい」という思いから離れられません。
この思いは、無理に消そうとは思いません。

ご回答を拝読して葬儀の前、ご住職にご挨拶させていただいた時のご住職の言葉を思い出しました。
「お若いですがご病気ですか?」と尋ねられ、少し言葉に詰まりましたが、「いえ、自分で」とこたえました。ご住職は「私は思うのです。お寺は何のためにあるのか。苦しんでいる方達を救えないのか」と。とてもお優しいご住職です。
宗派は浄土真宗です。お墓や供養のことで息子が力になっていただいています。

川口様、泰庵様のお言葉通り、息子とともに孫を健やかに育て家を守っていければと思います。
川口様の「供養」という言葉は、悟りへと向けて、「供(とも)に(仏様の教えを)養う」という言葉から、私が供養していく時間を、今は姿がありませんが主人と供に過ごせる時間と思い、今は少しずつでも前を向くことができそうです。

回答を待っている方が多い中、お礼が遅くなりお詫び申し上げます。

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