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他人が信じられない

回答数回答 1
有り難し有り難し 21

 人間関係に悩んでおります。自分の思いと違い悪口を言われたり、馬鹿にされたり
避けられたりわかりません。いつも自分を責めていたり、わかってくれる人はいないのかと悩んでいます。
 仕事も辞めたいのですが、どこへ行っても同じ、自分にも非はあるとの思いから悩んでいます。
 他人が信じられない寂しい気持ちでいっぱいです。どうしたら良いものか相談させてください。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

妄想を無くす&コミュニケーション能力を高める

人間がコミュニケーションがうまくいかない時、多くは
➀人と話す前に自分と話しています。
➁人と話した後に自分と話します。
➂人と話していない時も自分の妄想と話をしています。
あなたはぶっちゃけこれに当てはまると思いませんか(^<^)
これらは、リアルの会話ではないという事だけ覚えておいてください。
この自分の妄想を取り除けば大丈夫です。
実際にしゃべってもいない時に、自分の恐怖する妄想と会話している、妄想をふくらましているだけなのです。
人って一生の付き合いじゃないから、そんなにもがかなくても良いのです。
(^<^)
今、目の前に誰かいるでしょうか?
お話しすべき人がいるでしょうか?
おそらくそこにはいないと思います。
そういう時に話している相手って、全部自分の思い描いた妄想です。
事実に対して、自分の妄想を重ねずに見るようにしてみましょう。
リアルタイムで話す時以外は、こう言おう、こう言われたらどうしようとか、考える必要はありません。
思いの世界で生活せずに、
現実の世界でだけ生活するようにしてください。
現実の世界と思いの世界が違うという事を理解し、分断する努力をしてみてください。
相手にするべき相手は現実の開いてしかないと分かれば、心の苦しみは9割減ります。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

ありがとうございました。
目からウロコの回答でした。
正直悪く考え込んでしまう自分がよくわかりとても参考になりました。

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