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うつ病の友達

回答数回答 3
有り難し有り難し 34

こんにちは。

私は今大学四年生です。
ついこの前、就職活動を終えたばかりです。

一緒に就活を頑張っていた友達が、まだ一つも内定を貰えておらず、更にうつ病になって、今就職活動を中断しています。

友達の症状は、何に対しても欲がない、外に出たがらない、一人でいると泣いてしまうなどの
無気力な症状です。

その友達は、就活だけでなく、まだ大学の単位も少し残っているのでこのまま休み続けると留年の可能性もあります。

私は、自分の就活が終わり、自分の心にだいぶゆとりが出てきたので、友達をサポートしてあげたいと思っています。

でも、友達はうつ病と診断され、私が何を言っても「うつ病だから」で話が終わってしまいます。

もともと、その友達は根はすごく明るい性格で、周りの人たちを巻き込めるタイプの人です。その性格からすると、今は180度反対の性格になっています。

うつ病のことは、お医者さんに聞けば詳しく教えてくれると思います。

でも、私はあえて今お坊さんに回答を頂きたいと思います。

医学上でのアドバイスではなく、
「人間の核心」に迫るようなアドバイスが何か得られるのではないかと思い、質問させていただきます。

難しい質問ですが、どうかご回答お願い致します。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「成さざる」のこころ

うつ病…仮に本当にそのお医者様曰くのうつ病だとして原因を探るなら、「一緒に就活を頑張っていた友達が、まだ一つも内定を貰えておらず…」の部分でしょうか。
ただ、「もともと、その友達は根はすごく明るい性格で、周りの人たちを巻き込めるタイプの人」だということですので、「その性格からすると、今は180度反対の性格になっている」というのは質問者様からしたらショックだしびっくりだしお辛いことでしょう。

さて、抗うつ剤等の精神薬でコントロールできるのは、人間という生物の生態的な「発症や変化」の部分のみであって、根本的な「心情の運び」のリハビリは範疇としていない、と私は聞いております。
ならば「なったらそこでどう対処するか」だけではなく「ならない為には本来どう在るべきか」のところが、私たちの教授し得る範疇となるのでしょう。

ご質問から察するところお友達は、一見明るく楽天的な姿を普段から見せていたようですが、逆に言うとそれが彼?彼女?にとって自己の弱点を包容するひとつの「こころの楯」として置いていたのかな、と想像するところです。たぶん正直なご自身のこころは、打たれ弱い自己本来の性格を元々分かっていたんじゃないかと。だからこそ明るい自分で居たかったんじゃないかな。でも、今回降りかかってきた現実は予想よりもはるかに強烈だったため、その大事な「こころの楯」はそれを防ぎきること敵わず脆くも… 例えば今回じゃなくても、それは遅かれ早かれどこかで露呈する「メッキの奥の地金」部分だったのかもしれませんね。

底をついてこれより下がない所まで来たならば、あとは上がるだけです。何かをしてそれで生まれる「結果」というもの自体には、言いも悪いも本来ありません。そこに善し悪しの評価をしているのは他の誰でもない自分自身のみだということ。ならばここから先歩む人生を楽しんで生きていくためには、今後どう在るべきか。固定観念・予想判断・類推解釈・前例想起…などなど、余り「思い」を前後左右に広げすぎると躓きやすくなります。
宜しければこんな感じでお友達に声掛けしていただきながら、傍らで手を取り、根気よく見守ってあげてください。お願いいたします。私なりの回答は以上です。

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現代は実に「背負い込んでる」人が多いと思う。 別に自分が背負い込まなくて...
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つかず離れず支えになってあげてください。

カフェモカさん、こんにちは。

友達が鬱病になって心配されているんですね。素晴らしい友達思いですね。
病気の治療は専門家に任せるとして、友達にとってあなたは必ず心の支えになる友達になると思います。鬱病の治癒は時間がかかりますので、もしかしたら留年するかも知れません。でも人生は長いので、そこから見たら小さなつまずきでもあります。留年をあせって無理に「がんばれ」とアドバイスするのは動くことができない鬱の人にとっては辛いことになります。カフェモカさんも今の友達の状況はあまり気にせず、挨拶メールぐらいにとどめておきましょう。たとえば「おはよう。今日は天気がいいです。」とか「おはよう。きれいな花がありましたよ(写真)」とかです。それを続けてください。彼女にとってあなたのメッセージが楽しみになると思います。そして友達が自分を振り返ることができるよになった時に、必ずあなたに助けを求める時が来ると思います。その時にいろいろとアドバイスをしてあげてください。

長くて反応のない時間が続くと思いますが、是非カフェモカさんがあきらめず友達を救ってあげてください。応援します。合掌

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誰でも病気になる

生き物には、生・老・病・死という変化が必ずあります。
それらの変化は、ことごとく苦しみであり、そのような変化・苦しみに対処・対応し続けることが生きることなのです。

たとえば、生まれるとき、赤ちゃんにとっては今まで快適に暮らしていた母胎から追い出されるわけです。強制的に追い出されるわけだから、苦しいはずです。しかし、胎内にしがみついていては赤ちゃんは死んでしまうでしょう。
無事出産されたら、息をする必要が生じます。息を吸わないと苦しいから空気を吸う。吸ったら今度は吐かないと苦しいから吐く。息をしなくてはならない苦しみは一生続きます。
そうこうしてると、やがて、人は必ず病気になります。

あなたの友人の場合は、脳・神経の病気になったわけですが、内臓の病気だったり、足腰のケガだったりも病気です。
もっと広い意味では、空腹や、呼吸しなくてはならないことも病気と言えます。
呼吸や食事などの対処(治療)をしないと死ぬんですから。
若くして重病になる人もいます。
病気で学校に行けない子供もいます。

ご友人の病気はうつ病ですが、足を骨折して学校に行けない人と基本的には同じです。
病気になった場所が足ではなく脳・神経というだけです。
病気のせいで人格が変わる場合があります。
諸行無常。人間の心も天気のように変化するのです。
うつ病だからと、特別に変な人になったとは思わずに、こういう病気の症状なんだな、と受け入れてあげてください。
足を骨折している人に対して「頑張って走れ」とは言わないでしょう。
うつ病の人に対しても、できないことを無理強いしても本人は苦しむ、と理解しておきましょう。

なお、普段から身体を鍛えていればケガをしにくいように、普段から心を鍛えていればうつ病になりにくい可能性はあります。
仏教は、心を鍛えるのには役立つと思います。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

回答をくだざったお坊さん、本当にありがとうございます。

回答を読みながらメールを送ったり、少しずつ取り組んでいます。

その友達(女の子)がお医者さんから、少しずつ良くなってきてると言われたことを、先日報告してくれました。

うつ病でなくとも、為になるご回答でした。
ありがとうございました(^^)

「鬱の症状・うつ病に向き合う」問答一覧

相反する気持ちへの対処法

本年もよろしくお願いいたします。 過去の質問の通り、私は6、7年ほど前からうつ病を患い、寝たきりに近い状態になりつつも何とか社会復帰を願っています。 今自分にできることをやって、今の自分を良くすることを考えるようにしたい。それは間違いなく本心のはずです。 でもどこかで、自分の心はそれを必ずしも良しとしていないように思うのです。 例えば、夜寝ようとしても全然眠れないとき。これでは次の日に用事があれば間違いなく影響してしまうのですが、何かイライラしている。そして、最近あったこととか、うつ病であることすら隠れ蓑にしてイライラに身を任せたり、怠惰をむさぼったりしてしまう。ドカ食い、ゲームやスマホの長時間使用などが止まりません。それでよくなるはずがない。 心のどこかで、変わることを恐れている自分がいるようなのです。 「社会復帰したくない、ずっとこのまま自由に穏やかでいたい、人生の波風を立たせたくない」・・・。 それこそ社会復帰じゃなくても、痩せなきゃいけないのにドカ食いしていたり、お金を節約しなければいけないのに豪遊しようとしたり、正しい道が分かっているのにいろんな理由を付けてそこから外れる行動をとってしまうことが多いです。 あるいは忘れようとした悪い記憶を思い出して、怒りが止まらなかったり、復讐まで行かずとも一泡吹かせることはできなかったのかなどと思ったりもします。 そういう部分も人間にはあるとは思います。うつ病の人が、心のどこかで「治してよくなろう」と思っていないから治療が進まず、後戻りすることすらある。そんな話も聞きます。 でも、「人間大なり小なりそういうものだから」「こういうことはよくある」でもう片づけたくはないのです。 自分としては、相反する気持ちも受け入れて、何とか悪い行動はとらないようにしたい。「正しい」「悪い」の判断が良いかわからないけど、「正しい」道から外れて「悪い」行動をすれば絶対後悔するのはわかっているのです。 相反する想いに折り合いをつけて、自分を壊してしまいかねない思考・言動を避ける。難しいのかもしれないですが、そういう事が少しでも出来るよう、アドバイス等あればご教授いただけますとありがたいです。

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期待されるのがしんどい

期待されることがしんどくて仕方ないです。この気持ちはどう考えれば晴れるのでしょうか? 指針になるようなお考えをお聞かせください。 以下、長くて申し訳ないのですが現状です。 ここ最近、鬱病にかかり数ヶ月休職したあと、元の職場に復職しました。 復職後はなんとか体調管理をしながら仕事をこなしていたのですが、この度、異動することが決まり、その件で感じたことです。 異動連絡のあった当初は「閑職に飛ばされるんだろうな」と思い、鬱の療養のことを考えても今より楽な仕事につかせてもらえるのは正直ありがたいなと思ってました。 ですが蓋を開けてみると「花形部署」勤務。今までと全く違う業務内容に花形部署ならではの質と量を求められることになりました。 こんなことをされても鬱病だから無理だと訴えても「優秀だから辞めてほしくない」「だから一番やりがいがあって、かつ、調整が効く部署に配属に決めた」「できる範囲の仕事をやってくれたらいい」と言われるのみ。 周りに相談しても二言目には「優秀だから期待されているんだね」「優秀なんだし、そんなに頑張らずにやればいいんじゃない?」との反応。 だんだん周りに「辛い」と相談しても自分の優秀さや会社に評価をされてるという自慢をしているような雰囲気になって、誰にも相談ができなくなりました。 私は一度もその部署に行きたいとも、出世したいとも言ったことはありません。 今の部署も出世するルートのある部署ではなく、マイペースにやれる部署でした。 それに私は優秀なのではなく、真面目で言われたことを言われたままにコツコツやるタイプなだけです。 ですが、その性格も鬱病で駄目になりました。なのに周りはまだ期待をかけてきます。それに応える必要なんてないはずなのに、応えてもらえなくて悲しむ相手を見て罪悪感がわいて、つい頑張ってこなそうとしてしまいます。 毎晩、どうしたらいいか分からなくなって、悲しさだけがポツポツと湧いてきているような状態です。とても悲しくて、やるせなくて、しんどくて辛いです。 どうかこんな私に、何かお言葉をいただけると幸いです。 よろしくお願いします。

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母が鬱かもしれません

鬱かもしれない田舎に暮らす母への適切なフォローと、これからの私の心持ちで漠然と悩んでいます。 60を超えた母がいます。この間、痙攣を起こし、救急搬送されました。検査の結果体に異常なし、心因性ではないかと診断されました。 田舎で父と父方祖父母と暮らし、近いですが別の地区に母方祖父母が2人で暮らしています。高齢な親たちの面倒を、母がひとりで面倒見ているような状態です。 私の姉に子が生まれて里帰りをしたり、母方の祖父母が立て続けにガン手術をしたり、相続周りの話をしても聞く耳を持たない様子だったりと、去年から心が忙しない日々を送っており、時折激しく家族の愚痴(父の兄弟が義父母の面倒をみないことなど)をこぼすこともありました。福祉に明るい姉には、鬱傾向を相談していたようです。 母は以前から、パニック障害のようになり呼吸が苦しく飛び降りてしまいそうな気持ちになることがあったり、プライドが高く自分で全部やろうとするので頼るのが下手だったりします。 父は母が居ないとダメになってしまうのが目に見えてるような人で、責任感はありますが急に気性が荒くなるので話し合いがあまり得意じゃありません。(私たち子どもも昔からうんざりです) 母には精神科受診を勧めました。最近私自身も心が疲弊し精神科受診を体験したので、そのエピソードも交えて。ですが田舎のため、精神科が圧倒的に少なく、適切なカウンセリングが受けられるかもわからず、またどこに行っても誰かしら知り合いがいるため、精神科受診のことを変に噂しそうな田舎独特の空気もあります。母自信もそこをかなり気にしており、都会はいいわねとこぼします。 そばにいて、優しく話を聞いたり、病院選びに付き合ってあげれたらいいなと思いますが、私が都内で働いているため、なかなか難しく。 父に任せるしかありませんが、母を想うより先に自分の不安が苛立ちに変わってしまうような甘ったれな部分もあるため、日々の中で母がさらに落ち込まないか心配です。その辺りも姉と相談しながら、適切な医療にアクセスできるようフォローはしたいと思っていますが…。 元気だった母のこんな姿に、私も少なからずショックがあります。このような時の心持ちのために、何かお言葉をいただけたら、私自身気を強く持てるかもと思い、ご相談しました。 乱文申し訳ございません、よろしくお願いします。

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産まれてきたことを謝罪したい

鬱が非常に酷く、特に罪業妄想の症状に悩まされています。 最近は「産まれてきたことをどうにかして償わないと」という妄想が 毎日頭の中を反芻し、それ以外のことが考えられなくなることが多々あります。 仕事をしている間は、まだ気が紛れるのですが、土日は布団の中で時間がすぎるのを願い、 ただ時間が流れるのを待つだけの日々が続いています。 皆は時間が資産だというのが羨ましいです。私にとって寿命は途轍もない負債です。 ただ、いま自殺してはいけないのはわかります。職場や家族、親族に迷惑をかけてしまいますし、 それによってダメージを受ける方や、後処理に手を焼く方々が居るのは十分承知しています。 具体的な質問ですが、仏教では産まれてきたことは罪なのでしょうか? その罪を償うとしたら何をしたらいいのでしょうか? 寿命をまっとうすることが罪への償いなのであれば、苦痛に耐えられる自信がありません。 また、幸福の追求は義務であり、不幸に甘んじることは怠惰なのでしょうか? 今は非常に不幸ですが、それを打破するために動く体力が無く、 それを無理矢理にでも生み出そうとすると、それも不幸に直結します。 最近は産まれてきてごめんなさいという、両親に対する罪悪感で気が狂いそうです。

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鬱状態が5年程続いている

高校を卒業してから今まで5年間、ずっと現在進行形で鬱状態です。 去年の10月から今年の5月まで少しでも体調を良くしたく精神科に通っていましたが、言いたいことをあまり言えず、先生も自分にはあまり合わないと思った為現在は通っていません。 高校を卒業してから専門学校や社員としての生活を無理してやっていました。 友達ともあまり会わなくなってしまい、生活するのがつまらなくなってました。 当たり前のことですが、高校卒業後は人生自体を自分で決めていかなければならないので、正直今でもこれからどうやって楽しんで生きればいいか分からないです。 生き方自体を見失ってます。 今からでも自分自身と生活を変えたいとは思っていますが、5年程の鬱の日々に対して未だに後悔が消えず、全く前向きに行動ができないです。 若い頃の年齢を無駄に過ごしてしまったと思っています。 高校を卒業してから、一年一年も早く過ぎていくと感じていて怖いです。 趣味も幾つかありますが、この鬱のせいで心から楽しむことが出来ません。 楽しい人生にしたいのですが、私はどういう気持ちでこれから生きていけばいいのでしょうか。 出来ればこの後悔を消し、少しでも前向きに生活し自分自身にも自信を持ちたいです。

有り難し有り難し 6
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ