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安保

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お坊さんの皆様は安部総理が掲げる安保法案に
ついてどう思いますか?
率直な意見が聴きたいです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お坊さんが口を出すべきことではないと思っています

↑というのは率直な本音ですが、一方で山本太郎議員の振る舞いはお葬式に対して失礼だとも思っています。笑うトコですよ?

戦争をできる国にするなという意見も分かります。戦争したくなくても攻め込まれてしまうのだという意見も分かります。戦争という一つのベクトルとして考えるなら、ぶっちゃけ日本一国の国体で論じても仕方ないとも思いますしね。理想の必殺解決方法なんて存在しないんですよ…

ただですね、そもそも相手の意見を断固はねのけようとする人同士が話し合って上手くいくわけがない。もっと言えば、そんな人たちが国を動かすから戦争になるし、そんな一見意志が強そうに見える人をどの国でも担ぎ上げるから戦争は止まらないのだと思いますね。

以前、テレビのぶっちゃけ寺で神社とお寺が争わず、仲良くできる理由として、神職さんがこうおっしゃっていました。「うなずく勇気が大切。」なるほどなぁ~と思いましたよ。

その意味であくまで私個人の考えですが、戦争反対の野党にも戦争の種はあると思いますよ。反対するにしても違うやり方があったんじゃないかなぁと。まぁ、私たちに見える表舞台なんて学習発表会みたいなものですから、本当の政治の現場でどんな話がなされているのかは分かりませんけどね。

ただ、どんな時代になっても他者を憎まないことを説いていきたいと思います。難しいだろうなぁ~…嫌だなぁ~…

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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...
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怒りを煽るのはよくない

個人的な意見ですが、
まずは実際に殺生しないなことが大事(戦争できる法律があっても実際に戦争しなければ可)で、
次に、人々の貪りや怒りをむやみに煽らないことも大事だと思います。
安保関連法について、「戦争反対」と批判するのが、正しいのかは微妙だと思います。
安部総理も自民党も誰一人として、「戦争したい」とは言っていないのだし。
仮に、この法律で戦争できる国になったのだとしても、大事なのは戦争しないことです。
要は、どんな法律があっても、時の政権と国民がしっかりしていれば戦争しないのです。
戦争しない、むやみに殺生しないのが大事であり、法律自体に善悪はない、刀を持っていても人を斬らなければよい、と思います。

刀を持っていると人を斬りたくなる(集団的自衛権を使えるようになれば使いたくなる)ということも可能性としてはありますが、ほとんどの日本人は、積極的に戦争したいとは思っていないはず。

反対デモについては、「戦争反対」というやや的外れなスローガンで他者の怒りを煽って怒りによって仲間を増やそうとするようなデモは、良くないと思います。
今の法律に反対なら、冷静な議論と選挙によって、法律を再び変えればよいと思います。

実際のところは、自衛隊や外交の現場で働いている人にしかわからない部分もあるでしょう。
政治家は、現場の人の声をしっかり聞いて欲しいとは思います。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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仏教の果たすべき役割へと向けて

ねこ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

反戦、非戦について、この八月に「仏教と戦争」と題しての拙論にて、安保法制にも関連したことを扱わせて頂いておりますので、少しくご参照して頂けましたらと存じます。

「仏教と戦争 ~ 戦後70年と仏教 ~」
http://goo.gl/FYCqa5

この度の安保法制に関しましては、やはり、集団的自衛権の行使、その範囲について、もっと時間をかけて国民的な論議を深めた上にて、その結果を踏まえて、まず、憲法改正をしてから、集団的自衛権の行使、その範囲を憲法上でも認めることとなって、それから安全保障関連法の整備に取り組むべきであったのではないだろうかと存じております。

もう既に成立してしまっておりますので、もはや何ともですが・・拙生の見解としてですが、民主的正当な手続きをしっかりと踏まえたとは言えない今回の安保関連法整備のやり方には、正直なところ少し不満を持っております。

一有権者、一納税者としましても、政治・社会の動向に対して、しっかりと関心を持って、特に選挙行動により、政治に対して意思表示をしていくことが大切になるのではないかと存じております。ねこ様も選挙権を得られましたら、是非、意識高く、政治に対して確かな意思表示をして頂けましたらと存じます。

また、「仏教と政治」につきましては、以前に下記においても少し拙見解を述べさせて頂いておりますので、ご参考下さいませ。

「仏教と政治」について・・
http://goo.gl/omqkAj

以下、法句経129・130偈(中村元氏訳参照)・・

「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」

「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」

争い、暴力、殺し合い、奪い合いによる苦しみをこの世から無くすためにも、その原因である無明(根本的無知)・煩悩の対治を目指す仏教の果たすべき役割へと向けて、微力なりにも拙生もお役に立てれるように、しっかりと努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

大慈様 願誉浄史様 川口英俊様
ご回答ありがとうございます。
私自身、始めはただ闇雲に安保について戦争法案だの一言で片づけ反対してましたが
近年の国際情勢を見ていると果たしてこのままの憲法9条の解釈でいいものか疑問を抱きました。
しかし、憲法が改正されれば日本が戦争がいつでもできる国なってしまう、それはとても怖い、と考えがしっかり片付いていませんでした。
でも、仮に戦争ができる国になっても私たち国民がしっかり意思を持って行動すれば
戦争をすることにはならないとも思いました。
戦争は怖い、繰り返してはならない、ふとした瞬間に心に刻み込まれます。
私は未来の日本に戦争を作りだしてはいけないと思いました、
なので一人のちっぽけで無いような力ですが少しでも日本が平和でいられるように
個人でできることしたいです。
皆さまの貴重なご意見ありがとうございました。
自分では考えもしなった考え、新たな視点が見えました。

「世の中・社会のできごと・風潮」問答一覧

過去の栄光に恋焦がれてしまう

お初にお目にかかります。私は最近、「過去の栄光に囚われている」と感じるのです。 そう思うようになったきっかけとして、インターネットを始めとするメディアで「地方の衰退」についてや、様々な催しごと(私はアニメやゲームが好きなのでその手のイベントと捉えて下されば幸いです)が東京に一極集中している事実をまじまじと触れる機会がありました。 (私の地元が沖縄という地方にあったり、好きなアニメの聖地巡礼として地方を訪ねる趣味があります) 触れれば触れるほどに、「東京(最先端を行く中心地、とも読み替えられます)と光を失っていく周辺」との対比に嘆きを覚え、同時に 「どうしてこうも容易く地方(地元)を捨てて東京に逃げるのだろう」という怒りも覚えるようになりました。 廃れてしまった地元にも「光り輝いていた時代」は間違いなくあったのに。そこで私は「あの頃の光を取り戻したい」という願望を強く持つようになり、その為に建てるべき道筋、先人達が通っている軌跡を調べ始めました。 ですが突きつけられたのは東京との埋まらない格差。具体例を挙げると交通インフラなどはもう、とても同じ時代の同じ国にあるとは思えないほどの開きがあります。 地方でコミックマーケット(日本最大の同人イベントです)を開催すれば良いのではと主張をしてみたものの、上述した理由から手痛い指摘を受けました。地方はもう壊滅している、と。東京にしか人は集まらない、と。 頭ではそういう現実なのだろうな、と薄いながら覚悟はしていたつもりでした。 ただ、この出来事の末に私に湧き上がってきたものは「たったそれだけの理由で東京に逃げるのか」「血も涙もない奴だ」というものでした。 「多少強引な手段を用いてでも金や人や機会といった先立つものを得られればあの頃の光が返ってくる」と思っていたのですが、どうもそれで上手くいく訳ではない上に、そういったことを望む人はあまり多くないようでした。 どうしてだろう。私はただ「あの頃の光」をもう一度見たいだけなのに。 もう一度自問した結果、「衰退することを自分でも引くくらいに嫌悪している」という自分がいることが分かり、そうさせているのは「過去の栄光に囚われている」からではと答えを得ました。 しかし答えを出したところで私は「過去の光」から逃れられない。前に進む術が見つからない。どうしたら良いでしょうか。

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どこまで人間の業を許せますか

コロナ禍の中、さまざまな意見も飛び交っていますが、私は少数の富裕層が、その他の人間の生き方や社会をコントロールできる今の世の中に疑問を感じています。 例として、ブラック企業で働く人々は、ブラック企業で働きたいと思っていないにも関わらず、そこで働かなければ生きていけないと思い込まされ、被雇用者は経営者に利用され、結局ブラック企業は淘汰されず残り、富は資本家に集まります。どこかで救ってほしいと思っていても、立ち上がることができないのです。 世の中で、また個人の人生のなかでも、全く似たようなことが起こっているのを、友人や知人を見ていてわかってしまいます。しかし、それを言葉にして本人に伝えるのは難しいことも知っております。 ですから、私は少しでも良い社会のために、と署名活動への参加や、できるだけ納得したものだけを購入するといったことを、完璧は不可能ですが実践するように心がけていますが、そういった生き方に対し、ある友人は「私はそこまでして生きたくない、世界はどうなってもいいし、責任を取りたくない」と言い、そういう方こそ生き方に難しさを感じていたりしていてよく相談されたりします。しかし「あなたの行いがあなたの人生を作っている」と正論をぶつけることもできず、難しいものだと思います。どこかで頼られていたり、羨ましがられていると思うこともあります。あなたは頑張っている尊敬する、と言われることが多いですが、その裏には彼らが何かを抱えているのが見えます。 仏教では、こうした社会的な搾取や過ちも肯定し、受け入れるのでしょうか。 最終的には、人類全ての行いとして、その集大成として私たちが絶滅する運命をたどるのだとしたら、それに違和感を感じている私も運命共同体として何もしないべきなのでしょうか。 私は社会に対して、行動をし、考えている人たちを、「やりすぎだ」などということは決してできません。きっとお釈迦様も悟りを得るまでに沢山の思考を重ねたものだと思います。 ワクチン等も強制に対し、「でもそうしないと生きていけないから」と言うのは、あらゆる強制を受け入れた先の、超支配社会を肯定することにつながりかねません。そうしたことに反対し続けるのは、無駄で、現在の人間の行いを無感情のまま受け流すのが、正しいことなのでしょうか? そこに違和感を感じてしまう私は、人として未熟なのでしょうか。

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ふと思いました

今でも昔でも、暗いニュースってよくありますよね。 例えば、強盗や殺人事件など。 犯人は当然捕まるのですが、たまにあるのが「死刑」という制度です。 この制度でふと思ったのですが、「どんな大罪人でも生きなきゃダメではないか?」と思いました。よく犯罪者に対して「しね」「生きる価値ない」などと誹謗中傷的なコメントがあったと思います。 僕は親やいろんな人から、「しんでいい人間なんていない」とよく言われてきましたがそれを思い出すと死刑制度ってかなり矛盾してる風に感じました。 もし死刑制度を無くすべきだという理由を述べるとしたら、「どんな人間でも必ず変えられる。やり直せる。」という単純な事しか思いつかないんですが、もう一つの理由ですが、もし他の人を間違って死刑にしたら取り返しがつかないというのも考えられます。昔は僕も、「犯罪者なんかこの世にいなくてもいいんじゃね?」と間違った考え方をしていましたが冷静に考えると、もしかしたらその犯罪者も「またやり直したい。必ず償う」と思っているだろうし、そりゃあしにたくないと思うのが大半だと思うので死刑制度よりも、例えば「しっかり罪償いのために、キツい訓練や労働、それに人の為になる仕事や勉強」などをし、その方が世の中的には良い方向に向かうと考えています。 あまり政治や社会に詳しくないのに書き込んですみませんでした。後これを他のサイトに書くと「こいつ偽善者だ」みたいな事を言われて叩かれそうで怖いのでここに書き込みました。

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世の中の変化

旭川市の虐め事件の記事を読んで。衝撃的でした。内容はあまりにも酷すぎて詳しくは読んでいませんが結果未成年の少女が亡くなりました。虐めた相手は10人いるそうですが学校の教頭が「虐めた10人には未来がある。」と加害者を養護するような発言をした事。 その発言にさらに驚き体が震えました。 教育に携わる人間が「人が一人亡くなっている」にも関わらず加害者の未来を語って良いのか?第三者委員会もまったく機能していない様子ですね。 私が恐れているのはこの教頭のような人間が世の中に増えているのではないかという事。身近な所で言えば偶然タクシードライバーさんから聞いたのですが「大人しそうで真面目そうなサラリーマンが会社でのストレス解消目的かタクシードライバーに難癖を付ける。」そうです。そのドライバーさんは相手に必ず言い返しすぐに「警察に行きます」と誘導するそうです。 最初の加害者の未来を優先する教頭の学校の生徒は虐め加害者が今後も増えるでしょうね。だって憂さ晴らしに人を虐めても養護してくれらるのですから。こんなまともな教育を受けていない人間が世の中に解き放たれると考えただけで私は不安でしかたがありません。 私はあと数年で高齢者の仲間入りです。歩くのが遅くなった老人を邪魔にして暴力をふるったりする人間が出てきたらもう日本も終わりですね。自分ご老人になった時のことを考えると本当に恐ろしいです。 お坊様はどう思われますか?老後になった時全く価値観の違う人間から暴力を受けたらと想像した事はありますか?

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人の悪意の怖さ

再び相談させていただきます。 プロフィールの方を参照していただけると嬉しいです。 ネットには普段口にするのも憚られるような誹謗中傷や悪口で溢れています。私自身、現実でいままで人を傷つけたことがありますし、その後悔に囚われることも多く、悪口や虐めの愚かさは理解しているつもりです。(開き直るつもりは全くございません) 最近、世の中でいじめやハラスメントが大きく問題になり、色々な人が声を上げている中、そのように声をあげている人でさえも、アスリートの方々や自分とは異なる意見の方に対し、誹謗中傷や人格否定のような言葉を投げかけていることに恐怖を感じます。みんな、誰もが傷つかない世界を望んでいるはずです。なのに、どうしてこんな事が起こってしまうのでしょうか。そのような誹謗中傷を見かけると、あたかも自分が言われているような心地がして、受け取った人はどのように思うのだろうかと考えてしまい、悲しくなります。どういう気持ちで書き込んでいるのか、それを後悔したりすることはないのかと思います。 悪口の愚かさは体感しましたし、悪意のない世界への実現に貢献したいとも考えています。ですが、このままだといじめやハラスメントは無くなることはないと思います。 人を傷つけたこともある私が、このようなことを考えるなんて烏滸がましいとは思います。ですが、恐怖と疑問が絶えません。よかったらご回答よろしくお願いします。

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人々に絶望することが多くなりました

初投稿です。よろしくお願いします。 質問といいますか、愚痴に近い内容になりますが、少々お付き合い下さい。 最近、人々に絶望することが多くなりました。世間に対し、あなた方は過去から、歴史から何を学んだんだ、同じことを繰り返してばかりじゃないか、はやる気持ちを一旦落ち着かせて思慮の深いよりよい選択をなぜ取らないんだ、と訴えたくなることがよくあります。 例えば、ネットでの誹謗中傷です。誹謗中傷の内容は感情的・感覚的に発言するものが多く、思慮に欠けますし、そもそも自分の不平不満を述べるのであれば、わざわざ人を傷つけるような言葉を使う必要はないでしょう。人を傷つけてストレスを発散しているのでしょうが、私にはそのような方法でストレス解消することに理解できません。 もちろん、誹謗中傷を行う人はごく少数の者であり、その他大勢の人間は誹謗中傷などしない、とも考えられます。しかし、誹謗中傷を行う者に目を向けると、その多くはどこにでもいるようなごく普通の一般人で、必ずしも社会になじめない人格破綻者が行うとは限らないと思いますし、そのようなことが書かれた記事も目にしたことがあります。 思えば、周囲の人間を見渡すと、親切な方(だと私が思う人)でも、ネットで暴言を吐かないにしても、それは社会的に見て正しい言動なのかと疑問に感じることがあります。例えば、偏見を生む発言を繰り返す人、多角的な視点は皆無で、自己やその周囲の人間のことしか考えていない人、目先の快楽のことばかり情熱を燃やす人などなど。そのくせ犯罪者など、反社会的行動を行った者に対しては烈火のごとく怒り狂い、執拗なまでに石を投げ続けますが、しかし、刑罰法規に触れないものの、結構悪質なことをたくさんやっている方があなた方の中でもずいぶん多いじゃないか、過去に人にはあまり言えない悪行をした人も多いのではないか、と思うことがままあります。 私は、国のため、国民のためになるよう、長い時間をかけて勉学に努めて参りましたが、最近、世間に対してそのように考えることが多くなり、勉強に身が入りません。25mプールに墨汁を一滴垂らすがごとく、私の行いで世間はそれほど変わらないでしょうし、私自身の無力さに失望しているためです。考えを改める必要があると思いますが、お坊様から見て、何かお言葉を頂けないでしょうか。

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