卒業課題が進みません
美術・映像系の大学院に通っています
実力が追いつけず留年していて、学費と家賃・生活費を捻出するため半期休学していました。専門に近い職場で縁あって働けたり、全く関係のない塾講師やファッション系の接客販売の仕事など、時給がよく短期でできるバイトを転々としていました。
たかがバイトかもしれないけれど働いて自立できること、経済力と責任力がわずかでも増えたことが嬉しく、仕事の頑張りも褒めてもらえていい経験でした。
反面、稼ぐことばかりに目がくらんで、自力で卒業すると意気込んでいたはずの学業に対する熱意が消えてきてしまいました。このまま復学するよりも、大学院を中退して働いたって自分は幸せかもと思うほどです。
院の道に進む時も留年を決めた時も親とは真剣に話しましたし、親は自分を心から応援してくれています。高校生の妹は自分を尊敬して頼ってくれます。院で出会って心の支えになってくれる大好きな相手もいます。
こんなに恵まれているのに、自分の制作に向かい始めると、
「私はお金のない家庭で育って自由に進路を決められなかったから、造形の基礎力が劣っている」「今の専門にはもっとできる人がいて、じぶんは他人をサポートできる別の能力を生かしたほうがいい」「作ることに夢中になりたいのに、浸かれない。恐怖を感じる」「膨大な作業をこなせる時間はない、また留年してしまったら」
など心のブレーキがかかってしまって、締め切りは迫っているのに手が止まったままです。余計なことは考えず、妥協してやればいいのに。留年前はもっと他人の意見に惑わされて頭がノイズだらけだったので、大学から一時的に離れたおかげで視界はクリアになってきたほうなのです。
「本当にやりたければバイトをしている間もコツコツ進められたはずなのに、それをしなかった。本心ではやりたくなくてバイトに逃げていたのかも」「作らなくていいってラクなことなんだ」
と思っている自分も最近抵抗なく認められるようになってきました。
こんな無気力状態で冷めている自分を奮い立たせるにはどうしたらいいんでしょうか。
今、私の邪魔になっているハードルってどこにあると思いますか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
社会で少し働いてみて人として成長したことは良かったと思います。
ところで、私は芸術のことはさっぱり分かりませんが、何かを表現することですよね?
でしたら、例えば、あなたの今の心境を表現してはどうでしょうか。社会で働いて視野が広がり人として成長した力強く喜びに満ちた心境、あるいは、卒業課題に手がつかずに悩み苦しむ心境、など。
産みの苦しみ、という言葉があります。
物作りは苦しいこと、とくに、今までなかったものを初めて作ることは困難と試行錯誤の連続です。だからこそ価値がある。
バイトは最低限に抑えて、卒業課題に、自分自身に、これからしっかり取り組んでみてはどうでしょうか。
あなたの健闘を祈っています。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
その後ですが、人に助けてもらってなんとか企画に着手できるところまで行きました。
できない自分を責めず、寄り添って導いてくれる方で、その人と話すとやりたいことがわかってきました。
そして今日、復学して初めての企画の報告会があり、現状がいやでもはっきりしました。
かけなかった時間のぶんだけ伝わりませんでした。もう振り返るまいと思いました。
自分のハンデを確認しつつ、それでもやっぱり人にも自分にも負けずに、
作品で成長を示して卒業したい。産みの苦しみを夢中で乗り越えている人の姿が、やっぱり自分の求める本当の理想ですし、言いたいことは作品で伝えたいです、
そうなれるよう精進します!