泣くよ。゚(゚´Д`゚)゚。
先月の月末に、浄土真宗のお寺を訪問し、お経を読ませてもらいました。
その翌日に、旦那の祖母(義祖母)が亡くなり、行かなければよかったのか未だに引きずっています。
昨日で初七日が終わり、家では少し落ち着いてきています。
悩み・後悔
・倒れる前日におかしいのに気づけばよかった。
・亡くなる前日にお経を読まなければよかった。
この2つが今になって後悔の種です。
自分の迷った行動が後で後悔に繋がってしまう
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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良かったのではないですか?
ナギリオンさん、こんにちは。
祖母が亡くなった時にたまたまお寺に行ってお経を読まれていたのですね。僧侶としては、名木リオンさんが念仏をされている時に祖母が亡くなったのですから、素晴らしいご供養をされたのと思います。
お経は亡くなった人に読むものではありません。本来は生きているうちにたくさん読んで心の幸せを得るための教えが書かれたものがお経です。
人はいつ亡くなるかわかりません。仏教徒・僧侶の一番の幸せななくなり方は、お念仏に見送られて往生するというのが理想の亡くなり方なのです。でも最近は亡くなる時は病院で治療中で亡くなる場合がほとんどです。とても病院内でお経なんて読めるタイミングなんてありません。その中であなたのおばあさんはあなたのお経の中でなくなられたのですから、なんて素晴らしい最後を送られたのではないかと思います。
これから祖母のためにもっともっとお経、お念仏をあげてください。一番の亡くなったおばあちゃん孝行なのですから。合掌
そんなこと、亡くなった方思ってません。
ご主人の祖母(義祖母)が亡くなられことお悔やみ申し上げます。
ただし、お経を読んだから、亡くなられた訳ではありません。
どんなお気持ちでお経を読まれたのか知りませんが、亡くなられたのは、その方の寿命です。
後悔されている2つも同じことで、気づかなかったことも過去の事です。悔やんでも仕方ありません。人が亡くなることを不幸と捉えておられるなら、宗派に関わらずお経は、人々を不幸にするようなことは説いていません。
少なくともナギリオンさんが後悔されていることを一番悲しんでいるのは、ご主人の祖母(義祖母)さんです。だから、もうそのように考えるはやめましょう。
そんな事は思っておられないですよ
ナギリオンさま、御質問ありがとうございます。浄土真宗の僧侶でございますが、お経というのは「正信念仏偈(正信偈)」を拝読されたと思いますが、お寺にお参りされて御縁を頂かれて良かったと思いますが、その翌日に旦那の祖母(義祖母)がお亡くなられて、心から哀悼の意を表しますが、決してお寺にお参りされたから旦那の祖母(義祖母)がお亡くなりになられたという事は違っていますよ、私たちの見えない宿縁によってそうなったのですよ。お釈迦さまの教えで「諸行無常・諸法無我」という教えは世の中のすべてが移り変わりしているという教えですが、本当に留まる事がないのが実状です。
私たち僧侶でも同じ人間ですが、倒れる前日におかしい事や、亡くなる前日にお経を拝読された事などではなく、今後旦那の祖母(義祖母)さまに対して供養する事よりも、生きている私たちの為に七日七日を大切に生かさせて頂くかが大切です。 合掌
質問者からのお礼
有り難きお言葉(回答)ありがとうございます。
これは過去と置き換えて普段通りに明るくしたほうがいいですね。
金剛座寺さま
有り難きお言葉ありがとうございます。
倒れてから7年七ヶ月入院生活でした。
訂正させてもらいます。
お経中ではなく、翌日です。
すみません。
法莚寺さま
有り難きお言葉ありがとうございます。
読んでいて悔やんでは駄目だと感じました。
浄土真宗や般若心経をこれからも読んでいきたいと思います。