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お坊さんは…

回答数回答 3
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先日、ある弥勒菩薩を見るために京都へ行ってきました。
優しげで、今にも語りかけてきそうなその表情に、心の底まで見透かされてしまっているような感覚になりました。
自分の日頃の行い、気持ちの弱さ、多くのことを改めなければと思わされた一時でした。

質問なのですが、お坊さん方は、普段ご自分が良くない考えや気持ちを持ってしまった場合、どのように向き合っていますか?
人間誰しも、穏やかな気持ちを持ち続けるのは難しいことだと思います。
(厳しい修行をされていたら、それも可能になるのでしょうか…?)

ハスノハのお坊さん方には、これまでにも沢山お話を聞いていただきました。
お陰様で、自分の中の考えも少しずつですが変わってきたように思っております。
しかしまだまだ、怠けたい気持ちや誰かへの嫉妬など、消えては現れてくる嫌な気持ちが残ったままです。

出来るだけ穏やかに、やさしく居たいです。
些細なことでは惑わされない自分になりたいのです。
お坊さん流の、穏やかでやさしい気持ちの持ち方を教えてはいただけませんか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

もっとモットしないのがMotto

少しずつですが変わってきた。
これ、ココのお坊さんにとって嬉しい言葉ですよ(^^)

さてさて、質問ですが
坊主も人間ですから、良くない考えや気持ちは当然持ちます。
お釈迦さまの方法を使用して、それらを処理するように努めてます。

その中で私は、タイトルのようになるべく心がけてます。

例えば、眠いから寝たい!は自然の欲求ですが
起きたけど「もっと」寝たい!になると、だらしなくなります。

お腹すいたから食べたい!も
「もっと」食べたい!だと肥満になります。

逆もしかりで、「もっと」起きていよう。
「もっと」食べるのを控えようも、同じです。

欲を望む、と書いて「欲望」になりますけんね。

ですから、「もっとよくなろう」とせず、
なるべく自然に、少しずつでも心がけていくと
また少しずつ変わっていくと思います。
種を植えてたくさん肥料と水をあげても一気に育ちません。
ゆっくり少しずつ、いい花を咲かせようとしていく。

行動を修正していくと書いて「修行」ですから(^^)
カヨさんも一緒に修行頑張りましょうね♪

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私の生き方

カヨさんこんにちは。

確かに、人間ですからおっしゃるように腹を立てたりすることもあれば、ときに愚痴だって吐くこともあると思います。(私だけかもしれませんが笑)
しかしそれでもhasunohaのお坊さまたちは、自己に対し逃げることなく真摯に向き合えてる方が多いと思うのです。
そこにはやはりお釈迦様の教え=仏教が身に染み付いているのだと思います。

「他人の過失を見る必要はありません。他人のした事としなかった事を見るのではなく、自分がした事としなかった事だけを見るようにせよ」
「自分よりも愛しいものはない。同様に他の人々にも、自己は愛しい。故に自己を愛するものは、他人を害してはならない」

自分に厳しく、他者に優しく。
私が生き方の理想とし、支えにしているお釈迦様の2つのお言葉です。
今後のカヨさんの人生の一助となれば幸いです。

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仙台のお寺で副住職をさせていただいてます。 皆様の悩みを自分自身に置き換...
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草刈の喩え

カヨ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

僧侶、お坊さんと言えども、人間であり、まだまだの凡夫であって、良くない考えや気持ちを持ってしまうことは、皆様とあまり変わりなくにございます。

しかし、それが良くないことであることを自覚して、慚愧、懺悔することは、皆様よりか僧侶、お坊さんの方があるのではないだろうかとは存じます。

例えますと、草刈で、草の伸びてくる芽を刈り取るのは、皆様よりかは早く気づいて早く刈り取れるという感じでしょうかね。

ただ、刈り取るのは早くても、最終的に目指すのは、芽を出なくすること、つまり、根っこから引き抜くことであります。

根っこを引き抜くこと(仏教的に難しく申しますと所知障の断滅)は、少しの修行だけでは到底無理であり、しっかりと更なる修習に努めて参りたいところとなります。

とにかく、穏やかでやさしい気持ちを醸成していくのも、日顕様もおっしゃられていますように、千里の道も一歩からとして、少しずつでも着実に進めれるように焦らずにコツコツと積み重ねて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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質問者からのお礼

川口英俊様
お言葉をありがとうございます。
お礼が遅くなってしまい、申し訳ございません。
確かに、修行を重ねたお坊さん方のほうが、自分が良くない行いをした時、早くに気付くことが出来るのでしょうね。
私の場合、随分後になって気付くことが多く、自分が嫌になってしまうことが数えきれない位あります…。
コツコツと、が大事なのですが、その時の気持ちの持ちようによっては、もうやってられない!と投げ出してしまいたくなるのです。
気長く続けることも、今の私には必要かもしれません。

日顕様
お言葉をありがとうございます。
お礼が遅くなってしまってしまい、申し訳ございません。
もっともっと、と思ってしまうのは、欲深い私の悪い癖です。多くを求めすぎないのは大事ですよね。ああなりたい、こうなりたい、もっともっと…では、やっぱりしんどいですし、何事も続かないです。
自然体でいられたら、私でも花が咲くでしょうか。ありのままの自分で居ることは、簡単そうでいて、なかなか難しいのですよね。

三浦宏純様
お言葉をありがとうございます。
お礼が遅くなってしまってしまい、申し訳ございません。
お坊さんも腹を立てるのですね。
しかし、そんな自分とも真摯に向き合える。腹を立てても、これが出来るのとで出来ないのとでは大きな違いですよね。
私は、嫌な自分は見ないようにしてしまうので、見習わなければいけないです。
自分には厳しくしているつもりでいるのですが…まだまだ甘いようです。

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