付喪神は六道のうちどれに当てはまるのでしょうか
悩み相談というより、学問的な質問になってしまいますが、ふと気になったのでお坊さんにお聞きしたいなと思いました。
深刻なお悩みをお持ちの方が他にたくさんいらっしゃると思いますので、この質問には息抜きのような気持ちで教えていただければと思います。
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タイトルの通り、付喪神は六道のうちどれにあてはまるのだろうと疑問に思いました。
そもそも仏教と神道(?)のようなタイプの違う思想を混ぜてしまっているので、おかしな質問かもしれません...
付喪神という100年たって魂が宿るようなものは、衆生に入るのか。
そもそも輪廻もなにもないので、六道から外れているものなのか。
お坊さんはどう思っていらっしゃるのか、教えていただければなと思います。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
面白い質問ですね^^
いのまさん、初めまして。
面白い質問ですね^^
付喪神が六道のどこに当てはまるのか?
付喪神の性質にもよるのでしょうが、善き存在は「天」
悪しき存在は悪しき原因となった人間の転生と共に「地獄」
或いは現世の人間に悪さをする為に「人」や「餓鬼」にいるのかと思います。
付喪神も含んだ鬼や妖怪の類が深夜に徘徊するのを百鬼夜行と言いますが、百鬼夜行に遭遇した人が「尊勝陀羅尼」や「摩訶止観」「般若心経」などの真言陀羅尼や経、陀羅尼が書かれた護符で撃退したり難を逃れた話があります。
また、百鬼夜行した魑魅魍魎が陀羅尼や経を通じて仏の教えに感銘を受け帰依し、悟りを得て仏と成ったり(解脱)、仏や仏法を守護する護法善神となった(地獄、餓鬼から天へ転生)という話もあります。
ここからは拙い私見ですが、付喪神のように百年経てば無生物である道具に魂や精霊、神が宿るという考え方は移りゆく物の変化(無常)を説き、大切にされなかった道具が人間に悪さをするのは因果を説いて、妖怪話を交えつつ仏教のエッセンスをなぞらえて教えてくれているのかも知れませんね。
参考になれば幸いです。
面白い質問をありがとうございました。
合掌(^人^)
質問者からのお礼
沙門 亮鷹 様
いのまです。早速答えていただきありがとうございます。
付喪神が生まれた時の目的によって違うというのに目から鱗でした。
その持ち主の行いによって、付喪神の道が異なるというのであれば、より一層物への扱いを考え直したく思いました。
変な質問だったかと思いますが、面白いと言っていただけて嬉しいです。
丁寧に教えてくださりありがとうございます。