卒業することについて
初めて質問させて頂きます。
私は今度の3月で高校を卒業します。これから2月になり自宅学習期間に入ります。
高校に入ったばかりの頃はなかなか馴染めず、卒業したいと考えていました。しかし、だんだんとクラスに馴染むことができ楽しく過ごすことが出来ました。
今になってとても寂しくなってしまい、毎日今までの思い出を振り返っては卒業したくないと思っています。写真を見ていると自然に涙が出てきます。寂しさで食事も思うように出来ません。
本当に中身のある3年間だったなと感じます。
優しく面白いクラスメイトや先生、楽しかった部活、学校の行事などもうあの日には戻れないと思うと寂しくてなりません。
とにかく今は毎日卒業したくないという気持ちを抱えています。
4月からはまた新しい生活になりますが、卒業することの寂しさと新生活への不安でこんな状態ではとてもやっていけるか心配です…。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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とても良い3年間を過ごせましたね。
そういう御縁に巡り合えたという幸運だけでなく、
りんごさんの性格がそういう出逢いを招いたのでしょうね。
これまでのような濃密な時間を
高校の友人らと共に過ごすことは出来なくなりますが、
LINEやFBで繋がりを保てるし、
定期的に同窓会を開けば良いし…。
また、
高校生活と同じような出逢いが
4月からあるはずです。
大丈夫ですよ。
出会いの後には、別れの時が来ます
この世は諸行無常です。出会いがあれば、別れがあります。小中高と学校が変わる度に友達は変化してきたと思います。専門学校、大学へと進めばさらに変化し、就職すれば更に離れ離れになっていきます。何百人と檀家さんをお見送りしてきましたが、死ぬまでご近所で御友人と一緒に過ごしてきた例も無くは無いですが、そんなに大勢ではないですよね。
仏教では、求めても得られないものを求めてしまうことから来る苦しみを求不得苦(ぐふとっく 四苦八苦の一つ)ト言います。今ノあなたの苦しみは、まさにコレだと思います。どんなに仲の良い友人同士でも一生一緒に居られる場合の方が少ないと思います。大部分は期間限定のつきあいになってしまいます。そういうものだと割り切るしかないと思います。学生時代のように毎日顔を合わせ長時間一緒の時を過ごすというのは、期間限定です。期間限定なるが故に、消えていく友情もあります。薄れて行く友情もあります。どんなに友情を大事にしようと思っても続かない場合もあります。
でもね、もう一つ確実に言えることがあります。仮に友人と一緒の機会が無くなっても、今まで育んだ友情の歴史が消えるわけではありません。素晴らしいクラスの仲間と過ごした思い出が消え去る訳ではありません。
先日、京都に所用で言った際に大学時代の友人と28年ぶりに会い、旧交を暖めました。ここ15年ぐらい年賀状も交換してませんでした。それでも、お互い近況を語り昔の思い出を語り合い、楽しい時を過ごせました。あなたが友人と一緒の時間が減っても、あなたの友情の歴史が失われることはありませんよ。
質問者からのお礼
和田隆恩 様
回答して頂き本当にありがとうございました。自分でも、自身の性格が前向きだったこともこのクラスを楽しめたことの1つだと感じています。
そうですね、成長したクラスの皆に同窓会で会うのを楽しみにしたいと思います。
新生活でもまた新しい出会いを大切にしたいです。
吉田俊英 様
回答して頂き本当にありがとうございました。私が悩んでいた主な原因が分かってすっきりしました…。
確かに、私は求めても得られないものを得ようとして苦しんでいたのかもしれません。高校生活は自分の学生生活の中でも良い意味で大きな機転だったので…
思い出を大切に、これからも続く友情は続けていきたいと思います。