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縁を結ぶのが苦手

40代の主婦です。神仏が好きです。ですがこれまで仲の良かった女友達や、念願かなってやり始めた習い事(生け花)で、先生の言った一言で3年で辞めてしまいました。私は、「言葉」で自尊心を傷つけられ、縁を切るのがパターンです。
「私だったら、そんなこと言わない」・・。自分で言うのもなんですが純粋過ぎるのか、そういう人たちと付き合いたくなくなるのです。

仲の良かった女友達というのは、かつての仕事場の「同期」です。職場を辞め、阪神淡路大震災で家も無くなり両親と避難生活をしていたとき私は無職状態になっていたのですが、共通の友人が結婚するからと、同期から「結婚の祝い」をしようと誘われたのです。私は自分の状況もあり断りました。もし私だけ何も告げずにこっそり周りの友人とお祝いをしてしまって、後で知られたら私に悪いと思ったのかもしれません。でもそういうことは同期からは言われていません。地震には遭っていない彼女に温度差を感じました。それでも何とか気持ちを切り替え、その同期とはその後5年ほど連絡等はし合ったりお互いの結婚式にも出席しましたが、やはり同期との心の温度差を感じることが度々あり、私の方から遠ざかって行きました。

生け花では、「○○さんの方が勝っている」と同レベルの生けこみをしている生徒さんと比べられ、趣味が楽しめなくなり、辞めました。

私は、23歳以降新しい友人も作ることなく、年賀状で繋がっているだけの友達がいるだけです。小学生からの幼馴染です。実家やその友人たちからも遠方に住んでいるのもありますが、会っていませんし、会おうとしない自分がいます。

私は人と面白いことを言って話したり笑うのが好きなのに、人間が苦手なのです。特に成人してからは・・。本当は生け花を通して将来はボランテイアをやりたいと思っていました。私は、体が弱いというのに漠然とそんなことを考えていました。人生の半分に差しかかり、子供もいない、しっかり足を地に着けた人生を歩めていない、自分に焦りもあります。縁を結んでこなかった保とうとしなかった自分のこれまでの因果かもわかりません。それでも人間が苦手なのです。山や森、神社仏閣にお参りしたり、小さな姪っ子と遊ぶことに安らぎを得ています。美しいものが好きなのです。人間が苦手なんて、変ですか。私はこのままでもいいのでしょうか。

他人・友人関係
有り難し 406
回答 6

質問投稿日: 2013年10月16日 14:12

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

好きなことに取り組んでみては

radioさま
なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

ご質問に私なりにお答えさせて頂くと…「人間が苦手なんて、変ですか」→変じゃありません。他にもそういう方はいらっしゃいます。

質問文を読むと、radioさんは外でのお仕事はされておらず、結婚をして主婦をされている、ということよろしいでしょうか?
仕事でしたら嫌な相手とも何とか付き合わないといけませんが、付きあう必要性が無いのなら疎遠になっていくものでしょう。
かつての同期とも、嫌なことがあった後も気持ちを切り替えて5年ほど付き合いを続けたのですから、その上で縁が薄れたのは仕方のないことだと思います。

生け花も、先生がなぜその言葉を言ったのかはわかりませんが、趣味ということですから絶対に続けなければならないわけではありませんね。
他の教室に通うことも出来たと思うのですが、また傷つくようなことを言われたら…と思うとそれも出来なかったのでしょうか。

お返事を打ちながら、もうひとつのご質問「私はこのままでもいいのでしょうか」について考えました。
恐らくこのままでも実生活では困らないご様子ですが、しかし「このままじゃいけないのでは」と感じていらっしゃるのではないでしょうか?
縁を結んだり継続するのが苦手というよりも、強い意志を持って何かを継続するのが苦手で、そんな自分ではダメなのでは、と感じていらっしゃるのではないでしょうか?

踏み込んだことを書いてしまいました。的外れでしたらお許し下さい。
2つめの質問に戻りますが、radioさんはこのままでも良いのだと思います。でもそれを自分が受け入れられないのなら、ご自身の好きなことや興味のあることで結構です。何か打ち込めるものをお探しになってはいかがでしょうか。

何かに一所懸命に取り組んでいれば、自然と人との縁も繋がってゆくのではないかと存じます。

4年8ヶ月前

美しいものは外に求めるべきものではナーイ

結論を先に(^<^)
「減りも傷つきもしない柔軟な心をこそ、あなたの真の自尊心として再インストールする時期です」
「人との比較や優劣美醜を超えた本当の美しい心を求めれば、さらに花咲くよりよい人生を歩めます」
菩提心を求めるとはそういうことです。
第一に、そもそも本当に美しいものとは、外に求めるべきものではなく、心の中にこそ求めるべきものではないでしょうか。
何故なら、世の中にある人間が作り出した美しいものは人間の心の内側が外に現れたものです。
他人が美しくたって、優れていたって、それは人様のもの。
あなたがあなたの満足のいく美しさを手にするためには心の美しさである仏心、菩提心、悟りを求めるべきです。

第二に、おそらくは人との関係に深入りするのが嫌なのではないでしょうか。
お気持ちはよくわかります。いい方法があります。
人との関係を続けていくといっても他者、他人と関係を持つということを忘れてみましょう。
もちろん他者とのかかわりではありますが、他人任せ、風任せ、運任せではなく、
主体性を持った自分のこととして、ただ自分をやるだけ。
これが人と交わりながらも、確固たる主体性を持った人間づきあいです。
もちろん一人の時だってそうです。

自分が、自分の居るところで、自分を活動なさっているだけなのが人間のいつでもの有りようです。
誰と接するにしても、それは「私がただ自分をやっているだけ」なのだと、お考えになるべきです。
人付き合いも、人に迎合したり、合わせたり、比較するから苦しい。

不適切なたとえで申し訳ないですが、あなたがニンジンで周りがかぼちゃ、ナス、ダイコン、パプリカだとしたら、みんなそれぞれ違うんだと思ってください。
そりゃパプリカの方が赤さはニンジンよりも赤いし華やかなので華道の先生は赤々しい方がステージ映えするのでパプリカの生徒を選んだかもしれません。それが妬ましいかもしれません。
でもニンジンの方がベータカロチンは豊富ですし、パプリカはタイ料理には合いますが、ニンジンは和食にも洋食にもカレーにも活用方法もパプリカ以上です。葉っぱだって食べられます。
あなたはあなた独自の道に自信をもって、ボランティアもあきらめないでください。

4年7ヶ月前

radioさん

こんにちは。
人間関係、人とのお付き合いって 難しいなって、思います。
年齢や、置かれている状況によって、接し方や言葉遣いも、違ってきますし
。一緒にいるのが、不快とまではいかなくても、心地よくない雰囲気。しんどくなっちゃいますよね〜

しっかり足を地に着けた人生を歩めていない とありましたが、交友関係が広い人や、多趣味な人が、しっかりした人生を歩んでいる人とは限りません。充実しているように、見えているだけかも。数少なくても、心許せる仲間がいるのが一番です◎

私は、外でお友達とワイワイするのが好きですが、主人は仕事(僧侶ですが)以外で 人と付き合うのは しんどいタイプ。そんな いろんな人と 話を合わせたりしながら付き合うのは、しんどくないのか?と聞いてきます(笑)同じお坊さんでも、いろんなタイプがいて、それでバランスがとれているわけで。

あまり、深く気にされず、無理することもなく、自分が落ち着ける 安心出来る 家族や友人を大切にされたら良いと思います。自分の好きなことを通して、少し環境が変われば、気持ちや仲間も 自然と広がるかもしれません♬

4年8ヶ月前

人付き合いについて

radio様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人付き合いというのは誠に色々と難しいものであると常々に存じます。

拙生もあまり人付き合いが上手な方ではありません。radio様と同じく、どちらかといいますと苦手な方かもしれません。

拙生は、昨年まで色々と市民活動・地域活動のボランティアに積極的に参画しておりましたので、多少人付き合いが多くございましたが、色々な事情が重なり、この年初にて対外活動を一気に自制したため、今は家族と寺務・法務以外での人付き合いがほとんど無くなり、どこか煩雑さから開放された気持ちと同時に、少し寂しさもあるかなという感じはございます。

色々と活動をしておりますと、やはり意に沿わないことでも無理して頑張らなければならないこともあり、人付き合いと共に時間、労力が結構取られてしまうこともありましたが、それが無くなった分、家庭のことにも集中できたり、少しは仏教専門書の読書時間、仏教についての研究時間も増やすことができたり、このhasunohaの回答にも精力的に取り組めたり、フェイスブックを活用しての情報収集や情報発信を充実させることもできたりと、プラス面も色々とあるように存じております。

特にお会いしたことの無い方でもネット上だけでの交流でも色々と有意義になることがあります。特に拙生の場合、僧侶の皆様と今までには無かった交流がフェイスブックにてかなり進めることができております。

色々なご縁は確かに大切なことですが、やはり自分のしたいこと、やりたいこと、必要なことに応じて、人付き合いもうまく考えていくことが肝要となるのではないかとは存じます。

また、逆に人付き合いが過度にストレスとなったり、トラブルの原因になることもありますから注意することも必要となります。

とにかく、縁には、良縁があれば、もちろん悪縁もございます。それもうまく見極めながら、悪縁は素早く断ち切り、できる限りに良縁を呼び込めるように調えて行くためにも、一つには人付き合いも、あまりとらわれず、かたよらず、こだわらずのバランス関係を保つことと併せて、できるだけ相手への気遣いや思い遣りの心を養うことも必要になるかと存じます。

そこから、更には仏教的な慈悲・利他行へと繋げることができますと尚良いのではないかとは存じております。

川口英俊合掌

4年8ヶ月前
回答僧

観音寺

大鐵

もう十分に縁が出来ていますよ。

 私はradioさんは結婚している時点で十分縁がある方と見えました。しかも、趣味や習い事ができる余裕があるのは幸せな家庭をきづきあげていると思います。震災に遭って色々と苦労もあったと思いますが幸せそうで何よりです。
 結婚式の件は私はradioさんの決断は間違ってないと思います。生け花教室は何とも言えませんが、もしも「○○さんより勝っている。」と先生から逆のことを言われても辞めてましたか?
 年賀状のやり取りで会わない人がいるのはみんな同じではないですか。「お近くお寄りの際は是非立ち寄ってください」の手紙を真に受けてradioさんは行きますか?
 山や森、神社仏閣にお参りしたり、小さな姪っ子と遊ぶことに安らぎを得ているのはいいことです。無理にボランティアしなくてもよい気がします。自分のストレスが無くなることをした方がよっぽど自分のため家庭円満のため、夫のためです。夫が仕事から帰ってきて、妻が悩んでいたり、怒っていたり、疲れていると嫌な空気になると思います。
 教室や人との交流は良い面ばかりでなく、浮気を疑われる場合もあります。私は既婚者で副業で介護の仕事をしておりますが、女性の多い職場でちょっと独身の若い女性と仲良く話しているだけで、「色目を使っている。」「怪しい関係」みたいな悪い印象をもたれる。既婚の熟年女性と仲良く話していても何も言われない。「何やそれ!」と思うようなことがありました。「若い女性と仲良く話すな。」注意も受けましたが「独身の若い女性と仲良く話しているのと既婚の熟年女性と仲良く話しているのと何が違うのですか。」と聞いても絶句するばかりで挙句の果てには「あなたの態度が気持ち悪いの。」とよく解らないことを言われました。現代には色々な価値観を持った人間がいるのにそういった偏見を持った人も多いことが解りました。ですから、今の自分変えて苦手を克服すると別のリスクを背負うことも考えて性格を変えたほうが私はいいと思います。
私は失敗は何度でもするのが良いと思うので、自分はそのままでというのと反対で常に変化を求めていった方がいいと思います。ただ、視界を広く持てる方にはなってください。

4年8ヶ月前

苦手の裏には・・・

radio様へ

人は苦手と思っていることは
実は得意にできるチャンスがあると、どこかの経営者が語っていました。
特にradio様は「人と面白いことを言って話したり笑うのが好きなのに」という文章より
変われるチャンスは十分あるのだと思いました。

今後については
今一度自分の周りを見ていただきまして
本当にこれから付き合っていきたいなと思える人とのご縁は大切にしていただきたいです。
またなければそう思える人が出てきた場合にはぜひ大切にしていただきたいと思います。合掌

4年7ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

今更ですが、ありがとうございました。

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