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職業上修羅道を歩むかの如く

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はじめまして

私は法律関係の仕事をしている者です。

私がお手伝いをするのは、医療関係者の方々です。人様を助けるお医者様、看護師様、助産師様などが、患者の方から訴えられた時に及ばずながら問題を解決するのが私の仕事です。

しかし蓋を開けると、そこは修羅の国です。患者様の怒り、悲しみ、苦しみ。お医者様や病院の経営陣の思惑やプライド。そして私や同業者の応対。そもそも争いごとあっての職場で、そしてそこに身を投じてはや二年、恥ずかしながらそこにいるのが自然となりました。

職場を離れれば、同業者もまた人であることは理解できますし、個人的に憎いと思うことはあまりありません。しかし、仏様の教え通り他人に分け隔たりなく心を開く訳にはいかない仕事なのです。例えどんなに痛ましい患者様であっても、お医者様側を代弁するとあっては「片方の側に付く」他ないのです。そして争い続けなければならないのです。

それが良い悪いではなく、そういう人がいなくてはならないのです。

私のような修羅は、仏様の道とは縁遠き者なのでしょうか。皆様の導きに感謝いたします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

医の心をもって 医道をただす

「釈迦は偉大なる精神衛生学者である」とニーチェは言いましたが、そのニーチェは自ら命を絶ちました。
どんな素晴らしい医療も薬も、それを【医】として用いなければ、そこに医療行為が行われません。
私は、ここで回答をしているものの一人でありますが、人によってはその回答は受け入れられません。
薬になっていないのです。
私の表現が劇薬過ぎるのもありますが、本人様も医として服用しなかったならば、劇薬のまま終わります。
あなたが医療業界を支える活動は、医であることには変わりありません。修羅道ではありません。
修羅の中に身を投じ、医の精神で以て、魔道に落ちた医師を導き、苦しみに落ちた人たちの苦を取り除いてくだされば、それは決して修羅道ではありません。
修羅の世界は何処にでもあります。
だからこそ、菩薩の道を行じて、修羅道に陥った人間を、こころの医の精神をもって寮ずるのがあなたの仕事です。素晴らしいことであると思います。

医の世界も仏の世界も、それを修羅界にするのは「私」という損得勘定。
みな「私」を守ることに精一杯。
体の生き死には「私」を超えた生命の働き。
あなたのお仕事は、人の心に巣食う癌細胞「わたくし意識」を緩和、取り除くのがお仕事です。
それが修羅道を、菩薩道、仏道に変えゆく正道です。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

法律に臆病になれ

司法書士事務所に務めていたとき、所長から言われたひと言です。これで一気に法律的センスが磨かれました。
司法書士は事件事故を未然に防ぐのが仕事。弁護士は解決するのがお仕事。
お疲れ様です。
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以前から権利という感性は日本人にはなじまない気がしてなりません。
お悩みが生じているのはそのためだと思います。
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ある若い司法書士さんが成年後見は若いものでは務まらないのではないかと仰っていました。若いがゆえに人生経験浅く被後見人に寄り添えないと。
あなたもまた若い。
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葛藤がありましょうが目の前の仕事をしっかりとこなしてください。その経験の積み重ねが、やがて「あの先生にお願いしたい」という日に繋がります。
その時には弱き者の味方になってあげてください。
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お仕事に誇りをお持ちください。

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「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れ...

質問者からのお礼

丹下様 四次元様 ご指導まことにありがとうございます。

丹下様がお教え下さった「医」の一字、改めて調べてみましたところ「矢にかくしがまえ」からなる文字だと初めて知りました。すなわち「医」とは矢を隠す心、痛み・辛み・嘆き・恨み、そして他人に対する「私」という鏃を隠し収める心なのだと今更ながら知りました。

その心、己の私を抑え、人様の鏃を収めようとする心があって初めて正道に向かうのですね。

また、四次元様の「目の前の仕事をしっかりすること」、心に響きました。迷った時こそ足元を見る、目の前の仕事に全力を出す。皆様が苦しいのに、それを支えるべき私の心がブレていてはどうにもなりませんね。

暗闇の中、丹下様と四次元様に手を引いていただいた思いです。

これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

有り難し有り難し 36
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最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

有り難し有り難し 12
回答数回答 1

初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

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