浄土真宗通信教育に関して
はじめて質問させていただきます。
ご回答頂ければ大変嬉しく思います。
私は実家が浄土真宗本願寺派の門徒でありまして、最近になりもっと浄土真宗のみ教えや、仏教のことを学んでみたく思うようになりました。
普段なかなか私自身、浄土真宗の門徒でありながら、家でお勤めをしたり、念仏を唱えたりということが出来ていないのが現状です。
そこで、浄土真宗本願寺派の通信教育で仏教や浄土真宗のみ教えを学習すれば、少しでも私自身の信心が芽生えてくるのではないか、浄土や仏さまを信じる気持ちも出てくるのではないかと思い、この度通信教育講座を受講しようかと考えてる次第でございます。
そこで今回の質問なのですが、通信教育講座で学習することによって、信仰心が芽生えたり、お念仏を唱えたいという心持ちに変わったりするものでしょうか?
それとも学習はやはり色々な知識を詰め込むだけで、そこからは信仰心というものは芽生えてこないものなのでしょうか?
私自身もっと信心をもって、日々の暮らしをあまり悩み過ぎることなく歩んで行きたく思っています。
どうか皆様の良きアドバイスを頂ければ幸いに思います。よろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
私も、中仏の通信教育で学んだ者として。
それは、やってみないとわからない。
ただ、学習だけでなく、いろんな出遇いもありました◎
多くのお育ての上に、私が こうして願われて、いるのだと気づけました◎
阿弥陀さまと向き合って、自分と向き合って、大切な生きる道に出遇えたと思っています。
私も、中仏の通信教育で学んだ者として。
あなたとの お出遇い、嬉しく思います。
いつか、一緒に、本願寺で手を合わせるご縁があることでしょう。
楽しみにしております(﹡´◡`﹡ )
阿弥陀様の救いはいつでもどこでも
若葉さん、初めまして。
私は挫折組…の観点からお話しさせて頂きます。
結婚して、お寺で接待する機会があり「何も知らないのは」と思い、通信教育に申し込みをしましたが、私には合いませんでした。
教科書は、初心者にとってはわからない言葉の羅列。「そんなわけないじゃん」と思うような…おとぎ話のようなお釈迦様と阿弥陀様の表現もあり、勉強をやめました。
ですが、得度で先生方の講義を聞き、「もっと勉強したい」と思い、教師・布教使の資格までとらせて頂きました。
その過程で「そんなわけない」が、この解釈だと理解出来る。おとぎ話が、これを伝える為の方便だったと理解出来る。
仏教は、誰かのサポートがないと理解出来ません。「自分のものさし」で「分かった」気になっても、「親鸞聖人」の捉え方を学ばないと、自分に都合の良い勉強にしかならないと思います。
実際に、講師がいて学ぶ。分かりたい知りたい気持ちが、私を育ててくれました。
滋賀県も、真宗が盛んですので、お寺の勉強会や壮年会や門徒推進委員会などで、体験できる学びもあります。
京都の中仏に通えれば一番ですが、通信教育だけでは(スクーリングの回数)つまらないものに終わる可能性もあります。もちろん、通信教育で、誤りなく理解出来る方もおられますが、私は無理でした(^^;
読む本や解説本すら、きちんと選べていなかったことを今も覚えています。
「○○先生の解説は、本願寺派とは少し違う。」自分が、勉強してると思っていたことが、少しずれていたと知った時、すごく切なくなりました。
色々な研修会に参加し「このお坊さんは素晴らしい」と思える方に出会えれば、一番です。
自分のなかに「信心はわからないけど、この理屈は分かる」という筋を通せば、通信教育の教科書を見ての理解度が違うし「わからない。おかしい」と思うところも絞れます。
信心を素直に喜べないのが「私」です。信心なくとも学べます。楽しい、知りたいと思った時点で、私は信仰心があると思います。
一緒にこのご縁を喜ばせて頂きます。ありがとうございます😊