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死恐怖症改善したい

初めて悩みを書きます。
わたくしは、中学生の時から死恐怖症(タナトフォビア)に悩まされています。
簡単に説明しますと、自分の意志とは無関係に「自分が無になる」という恐怖が脳に入ってきます。医療用語で強迫性障害に分類されます。
一年くらいしっかり働けても、季節や体調の変化でタナトフォビアが重症化し、奇声をあげる、怖くて動機がする、それを落ち着かせるために自傷行為をして生きてる事を確かめる事が続き、それに合併して鬱になり、外に出る事も誰かと話すこともできない日々が続きます。
この繰り返しを何年もしてきたため、会社に就くこともできず、終いには今、無職です。
ただ、死が怖い=生きてればいつか死ぬという恐怖も同時に兼ね揃えています。
つまり、生きてることも怖いんです。
そして今、私は薬で症状を抑えています。
薬で抑えることが出来ると、死ぬことが、酷い時よりは怖くなくなります。
そこで、私は「今なら死ねる」と思ってしまうんです。
生きてる意味も分かりませんし、
死ぬ意味も分かりません、
この世は修行だとか、死んだあとは天国だとか、そんな人間が作り出したエゴや、綺麗事は私には意味がないんです。
「死んだら生まれる前に戻る」という考えがどうしても抜けません。
私は約一ヶ月後、死のうと考えてます
でも本当は生きていたいんです
生きてる素晴らしさや奇跡は痛いほど知ってます。
心の矛盾に日々悩まされてます。
どうか助けてください。

有り難し 53
回答 4

質問投稿日: 2018年5月14日 2:10

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたが恐れているものを明確化・具現化すればよい。

死の恐怖は滅することが可能です。
死を恐れているのではなく、死を想った時に生ずる二次的想念にビビっているということを明らかにすればよいのです。
死そのものに良い悪いはありません。
今日食べたご飯だって植物の尊い命を授かるわけです。
人が死ぬことで良くなることだってあります。
極端な話、悪徳政治家や凶悪犯罪者、戦争指導者、暴君だって死ぬことによって人々は喜ぶものでしょう。死が無くなれば地球上に人間が溢れかえって「困る」でしょう。
パイレーツ・オブ・カリビアンの海賊たちだってジョジョのカーズだって死ねなくて困っています。
「死にたいと思っても死ねないのでその内カーズは考えるのをやめた。」
さて、これらも死に対する想像の一種と言えましょう。
死そのものは死ということだけであって、良いも悪いものないのです。悪徳商法な葬儀屋さんは死によって喜ぶ人だっているからです。
坊さんの世界だって人の死を商売にする宗教心の無い人間すらいます。
反対に人の死に尊厳を持たせてきちんと亡き人も生きている人も共に仏になるべく悟りに導ける僧侶もいます。
私もあなたに対してこうして死の恐怖をなくするべく働きかけている訳ですが、手っ取り早い方法はあなたが二次的想念の世界に旅立たないことです
心は精神科医が治すのではありません。
かといって坊さんが治すのでもありません。
あなた自身があなた自身の心をヤミ・病み・闇に向かわせないことですよ。
子どもの頃はそんなこと考えもしなかった。毎日楽しく遊んでた。大人になっても毎日楽しく遊んでいる人間もいる。あなたもそうなるべきです。なれます。
そのヒント・答えがあなたが死に対して二次的な想念を付随させないようになればよいのです。人は何故生きているのに死を考えていたずらに苦しむのだと思いませんか?
死と太陽は見つめてはならんと言いますが、悟りを認める禅の一派としての回答は、死ということを明らかにして、死に対する誤解や不安を無くして、死に対してネガティブなことを思わんでも折れるようになりなさいということです。
坐禅して禅定力を養い思考を離れた事実に立脚したものの眺めは想念に騙されない不動の心です。死は死が恐ろしいのではない。
死は死に対する己の二次的想念が心を騒がせているのです。
機会があれば当山禅会まで。法眼・正眼が開かれ死に対する恐怖など吹っ飛びましょう。

1年4ヶ月前
回答僧

大忍貫道

最後に道が残されています。

ご質問を拝読させて頂きました。
例え、戦争も飢餓もない完全無欠の理想的な社会が訪れても「私」に訪れる苦は消える事はありません。
それは、死が人間の根源的な苦であるからです。
タナトフォビアとはっきり自覚されているという事は対処療法も試されたのだと思います。
元々、死の恐怖というものは結構数の人が潜在的に持っていると思います。
私自身は子供の頃から顕在化して持っていますが、死の恐怖は奢りやすい人間を慎ましくさせるものであり、自らの人生への態度を真摯にさせます。有効に用いる事で人生の質を高めるものであると肯定的に捉えています。
だから、誤魔化す必要は無いし、目を逸らすべきものでもないと思っています。

ただ、どうしても耐えられないのであれば、出家してはいかがでしょう。
ご存知かもしれませんが、お釈迦様は自分に訪れる老病死の恐怖から出家されました。あなたと同じです。
もし、出家という道が無ければ、お釈迦様は自死されたのではないかと推測する仏教者も多くいるくらいです。
そんなお釈迦様は死の間際に、これまで訪れた土地を思い出して「美しい。楽しい。」と仰られたのです。
真剣に仏教を学び、仏教に生きる事でお釈迦様と同じように死の恐怖を克服する事が出来るかもしれません。

もし、ご興味があれば下記のURLで私の宗派のホームページから出家について問い合わせる事が出来ます。
https://www.myoshinji.or.jp/faq/307

追記
あくまで私の推測ですが、これまであなたは様々な対処療法で効果が出なかったから、hasunoha、つまり、仏教に賭けたという事ではないでしょうか。
今のままでも仏教を学ぶ事は出来ます。
しかし、それではあなたにとって、これまで行ってきた対処療法と変わらないのでは?
どこかでこれまでの日常を180度転換させる事、そして、転換させた日常で生きる事が必要で、これが可能なのは、私には出家しか思い付かなかったので、出家をお勧めしました。
それに出家して修行道場に入れば、衣食住が保障されますしね。
あなたの時間が許すなら、じっくり考えてみて下さい。

追記
字数制限があるので、メールでやり取りしましょうか?お気軽に下記のアドレスにご連絡ください。
spt27549@coast.ocn.ne.jp

1年4ヶ月前

あなたとのご縁

拝読させて頂きました。
あなたのお気持ちや心のありようはよくわかります。あなたのお気持ちを心からお察し申し上げます。
私も小学生の頃からずっとあなたと同じように死の恐怖や孤独にさいなまれて参りました。
今は弱まりましたがいつもそのような思いを持ちながら生きております。

柳原 師がおっしゃるように私もあなたに仏様の教えを学びお坊さんになられてはいかがかと思います。
今すぐ出家してというのは難しいかもしれませんけれども少しずつでも仏教を学んでいかれてはどうかと思います。

すぐに答えが出てくる訳ではありません。
それでもあなたが学んでいく中で沢山のヒントがあるでしょう。
そして少しずつあなたが苦しみから解放されていく道筋が見えてくるかと思います。

自分から逃げるよりも前に進んでいく道があることをどうか知って下さいね。

あなたがここで私達とつながったのも不思議なご縁ですからね。

どうかこれからあなたのお気持ちをお聞きかせ下さい。

そして少しずつ共に学んでいきましょうね。

1年4ヶ月前

いつかは死ぬ、これは自然の摂理です。
誰も逃れることはできません。
でも、だからといって怯えなくてもいいのです。
あなたは、この地球の中で生まれてきました。
地球の中の一部なのです。
生まれる前も、生きている今も、そして死んだ後も、あなたは地球の中の一部なのです。
変わらないのです。
ひとりではないのです。
ご先祖様、ご家族、私たち、みんなずっと一緒なのです。
だから、どうか怯えないでください。
大丈夫、あなたのご先祖様がきっとあなたを導いてくれます。
ご先祖様を信じましょう。
あなたを生んでくれたご先祖様を信じましょう。
また不安に落ち込みそうになったら、仏壇に手を合わせて、仏様、そしてご先祖様にお願いしましょう。
私を導いてくださいと。

1年4ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

皆様、迅速な回答ありがとうございます。
私自身も実はお寺には何か惹かれるものがあり、
仕事で困ったり、体調で困ったときに
訪れることがありました。
本当に酷い時に訪れただけで、勝手に涙が溢れ出てきたこともあります。
出家したいと感じることもありましたがイマイチ勇気もでませんし、
よく分からないままです。。

柳原貫道さんと
お会いして色々お話をしたいですし、聞きたいです。
どうしたら、宜敷いでしょうか?

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