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浄土真宗各派の解釈に関して

回答数回答 2
有り難し有り難し 22

いつもお世話になっております。

今日は少し疑問に感じたことを質問させて頂きたいと思います。

浄土真宗にも色々と宗派?みたいものがあると思いますが、各派によって、浄土や阿弥陀様のお働きに対する味わいは異なるものなのでしょうか?解釈は違うものなのでしょうか?

各派によって、ご法話の味わいも、違ったものになるのでしょうか?

ややこしい質問ですが、よろしくお願いいたします。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

『味わい』は人それぞれ。根っこは「なむあみだぶつ」

人の顔や置かれた境遇はそれぞれ。
どの部分に共感し、心打たれ、はたらきを感じるのも人によって様々。
同じものをさす言葉でも地方によって言い方は違う。
でも同じ日本語。

それぞれの『違い』に興味を覚える立場、
『共通する部分』に興味を持つ立場、視点によってひとそれぞれ。
それは、同じ派内でも違う意見を持つ人もいます。

味わいは人それぞれ。人に委ねる。
根底にある共通部分は仏に依る「なむあみだぶつ」
ではいかがでしょうか。

ちなみに、真宗十派、各本山の寺号はいつごろから名乗られたのか。
親鸞聖人が各派の本山を建てたわけではありません。
調べると面白いですよ。

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おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

浄土真宗の解釈について

 御質問頂き有難うございます。浄土真宗の解釈ですが、率直に回答させて頂きますが、もともとは浄土真宗本願寺派1つでありましたが、豊臣秀吉の頃から本願寺派と大谷派に分かれてから後に十派になりましたが、御経は全く違った形になっていますねぇ。 合掌

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山寺の住職です。他の仕事と兼務してます。

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