浄土真宗各派の解釈に関して
若葉男性/40代
いつもお世話になっております。
今日は少し疑問に感じたことを質問させて頂きたいと思います。
浄土真宗にも色々と宗派?みたいものがあると思いますが、各派によって、浄土や阿弥陀様のお働きに対する味わいは異なるものなのでしょうか?解釈は違うものなのでしょうか?
各派によって、ご法話の味わいも、違ったものになるのでしょうか?
ややこしい質問ですが、よろしくお願いいたします。
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お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
『味わい』は人それぞれ。根っこは「なむあみだぶつ」
人の顔や置かれた境遇はそれぞれ。
どの部分に共感し、心打たれ、はたらきを感じるのも人によって様々。
同じものをさす言葉でも地方によって言い方は違う。
でも同じ日本語。
それぞれの『違い』に興味を覚える立場、
『共通する部分』に興味を持つ立場、視点によってひとそれぞれ。
それは、同じ派内でも違う意見を持つ人もいます。
味わいは人それぞれ。人に委ねる。
根底にある共通部分は仏に依る「なむあみだぶつ」
ではいかがでしょうか。
ちなみに、真宗十派、各本山の寺号はいつごろから名乗られたのか。
親鸞聖人が各派の本山を建てたわけではありません。
調べると面白いですよ。
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有り難し
浄土真宗の解釈について
御質問頂き有難うございます。浄土真宗の解釈ですが、率直に回答させて頂きますが、もともとは浄土真宗本願寺派1つでありましたが、豊臣秀吉の頃から本願寺派と大谷派に分かれてから後に十派になりましたが、御経は全く違った形になっていますねぇ。 合掌
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有り難し



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なんまんだぶつ。