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煩悩とは

回答数回答 3
有り難し有り難し 64

煩悩を無くすように努めると、喜怒哀楽等の感情も薄れるように思います。
煩悩と感情は同じものなのでしょうか。

2018年6月9日 19:26

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

煩悩と菩提心は同じもの。

Kさん、こんにちは。

煩悩をなくせば喜怒哀楽の感情も薄れるのではないかということですね。
「なくす」という言葉の真意が違うのです。正確に言うと「煩悩をコントロールする」という意味で「なくす」を使っています。だから人間である限り、お釈迦様ですら煩悩は無くすことはできません。ただコントロールして心に表さないだけなのです。煩悩は悪い見方で説明した場合であって、実は煩悩は生物としての本能の生きるエネルギーでもあります。生きるエネルギーが正しく使われればそれは菩提心としていいます。湧き出すままにしてしまうと煩悩といって、逆に生き方を乱してしまうわけです。
 だから、脳の感情のつかさどる部分を切り取ってなくしてしまえば、人間は感情がなくなりますが、修行して煩悩をなくすというのは、コントロールするということなので、コントロールすることによって、感情は薄くなるどころか更に豊かになり、人間を幸せに導くのです。

お互い、煩悩をコントロールする力をつけていきましょう!合掌

2018年6月9日 19:42
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有り難し
おきもち

★僧伽(お友達)になりましょう。一緒に仏教を楽しみましょう★ Email...

煩悩を滅すれば究極の平安

お釈迦様は、
生きることは苦である。
苦の原因は煩悩である。
煩悩は滅することができる。
煩悩を滅する方法がある。
という四つの真理を発見されました。

私達の悩み苦しみの根本原因は、さまざまな煩悩なのです。
で、お釈迦様やその弟子達のように修行すれば、悟って、煩悩を滅して、悩み苦しみを滅することができるのです。
仏教が目指す最終的なゴールは、それです。

とはいえ、煩悩を滅することは、誰にでもできることではないですよね。
なので、私達はとりあえず、煩悩をコントロールすることから始めてはどうかと思います。
煩悩をコントロールできれば、人生の悩み苦しみ・ストレスをコントロールできるのです。
仏教には、煩悩をコントロールするコツも盛りだくさんです。

貪りや怒り、悲しみ、嫉妬などは、人生の悩み苦しみを増やす悪い感情です。
悪い感情なしでも、人間は理性で判断・行動できます。
お釈迦様や悟った弟子達には、悪い感情はなく、慈悲の心と智慧だけがあったのだと思います。

2018年6月10日 10:36
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おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

善い喜怒哀楽

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「煩悩」の大元は、自他のモノ・コトへの実体視執着というところであり、実体視執着による感情は、悪いものとして、仏教により対治していくことが求められるところとなります。

一方、実体視執着の離れた感情は、ニュートラルか、あるいは善いものとなります。

例えば、仏教において、ニュートラルか、あるいは善いものとしての喜怒哀楽として、

喜・・他の幸せを喜ぶ、他の功徳を喜ぶ。

怒・・不動明王さまのお怒りのように、煩悩や無明(根本的な無知)、悪業に対して怒り、それを力づくでも何としてでもやっつけさせようというような怒り。

哀・・他の迷い苦しんでいるありようを慈悲の心によって哀れむ。

楽・・実体視執着を離れた境地を楽しむ。空の境地を楽しむ。

としてあるなど、感情が一律に悪いわけではなく、悪い感情と善い感情があるため、できるだけ、仏道を歩むことによって、善い感情に努められるようにして参りたいものとなるのであります。

川口英俊 合掌

2018年6月10日 13:14
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

染川様
煩悩をコントロールする、よくわかりました。
常に自分の心と向き合い、少しでも何かの、誰かの役に立てるよう生きていきたいです。
煩悩と菩提心は同じもの…がんばります。
本当にありがとうございました。

願誉浄史様
悪い感情はないほうがいいです。なのにふつふつと悲しみや怒りが出てきて、あっという間に心が呑み込まれてしまう感じす。
少しでも煩悩をコントロールできるよう、悪い感情を手放せるよう、自分自身と向き合っていきます。
ありがとうございます。

川口様
善い喜怒哀楽、解りやすく教えていただきありがとうございます。煩悩と菩提心がつながってきました。
自分自身と向き合い、心を整え、目の前の人、目の前の物事を大切にできるよう努力します。
ありがとうございます。

「煩悩」問答一覧

煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

【暴言多め】ちくしょー!私は煩悩の塊だぞ!?

乗っけから乱暴ですみません。 ここでしか言えないので。周りの人は、 「怖いと思ったら、離れなさい。 それが今あなたにできる事」 と言います。 でも、私だって楽しみたい! 他の人みたいに、安心して遊びたいし、 歩きたいし! カワイイ子いっぱいいるだろ! 何で私なんだよー! 私からは、「とても感じのいい、 人から頼られやすい雰囲気」 「内面の良さが外面に」 出ているそうです。不思議です。 正体はこのザマですよ?描く絵だって 血生臭いし。結構物騒な事も考えて ますよ? 最近は、生来の防衛本能(霊感と 呼んでます)が大暴れしています。 一歩道を歩いて、男性とすれ違えば 下を向いて横目で警戒。 目を見なくても、 「こいつ、ヤベェぞ」 と頭の中で 警報が鳴ります。 いつ絡まれないか、手を出されないか。 現実、いきなり手を振って近づいて こられそうになった事もあります。 人混みに出て、後ろに男性が来れば、 ソワソワ落ち着きがなくなり、 睨みつけたり、徐々に離れたりと言った 目立った行動をとります。 あとは、防犯ブザーをちらつかせ たり、付属のレーザーライトを カチカチ点滅させてしまったり… これで、逆に話しかけられた事も あります。怖いんだよ畜生が! 要は威嚇です。 同性もしかり。私が前を通過すると、 目で追われたり。迷惑なんだよー! 最近は、この本能大暴れのせいで 今年2度目の風邪をひきました。 暴言三昧ですみません。 聞いて欲しかった、それだけです。

有り難し有り難し 22
回答数回答 1

光合成するペット(自然と煩悩)

私の中学生の時の「将来の夢」は、「動く植物を開発すること」でした。 一番興味があったのが、『地球温暖化』全般。一番、地球温暖化を促進されるのが牛のゲップと聞けば、「ゲップし難いエサ(植物)の開発」を、生き物(動物)が出すCO2を吸収しているのは緑(植物)だと習えば、「とんな場所でも行ける緑(植物)の生き物(動物)の開発」を、と考えてきました。 自分が排出するCO2は、自分のペット(動く植物)に吸収してもらい、酸素をまかなう。そういう世の中、地球に優しい生き方が出来る社会にしていきたいと思っていました。 それで、中学生の時も高校生の時も、農学部に行きたい!新しい環境作りに貢献したい!と思い続けていましたが、幸か不幸か、何故か勝手に出された推薦入試の願書→受かったら辞退出来ない受験に合格してしまい、長年の夢を変更するしかないという形で幕を閉じました。 でも、高校1年生の時に被災(阪神淡路大震災)した記憶のせいか、医学を学ぶのも楽しかったので、新たな道を歩む決意をしたのです。 そして、「只今」違う生き方をしながらも、ふとしたことから、また「動く植物」が必要なのではないかと思い、過去の自分の夢を思い出すようになりました。 西日本豪雨災害に遭ったからからです。もちろん、根本的には『地球温暖化』が背景にありますが、今回は『豪雨による土砂崩れ』でたくさんの尊い命が失われた背景から、人の手が入らない山、森の木々たちが、自分で動いて、土砂災害を防ぐ働きをしてくれたなら、少しは亡くなる方が減らせたのではないかと思ったのです。 でも、人間が、自然・地球をこうなるまで放置し、対策を練らなかったのもまた事実。 私は有馬温泉の近くに住んでいます。避暑地でもあります。が、最近、自分の部屋にデジタル式の温度計を置くようになり、自分の部屋の温度が、冬と夏で「なぬっ!!!」と思う程、寒暖差があることが判明しました。(昔と明らかに違うと肌でも感じられますが)。 この今年の猛暑、酷暑。北の端の1番涼しいハズの部屋の温度が、35度に到達しているではないですか。この前の冬には、部屋の中なのに氷点下になっていたのにです。 何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。 お坊さま達も、お寺さんの中で熱中症になっていませんか? 地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?

有り難し有り難し 28
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アカウントの『私の煩悩:』の変更

初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。 私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。 ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。 しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。 新しい『私の煩悩:』 (来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと 変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。 以上。 しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。 以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。 今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。 哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。 「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。 そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。 しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。 この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。 どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

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