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生きるとは

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去年仕事を辞めてずっとニートをしています
辞めた理由は馬鹿らしいのですが生きてる意味が分からなくなったからです

この歳になって自分の人生を振りかえってみると空っぽすぎて何一つ誇れるものがありませんでした

ただ生きている事に幸せは感じられなく何か自分にも自己満足でいいから自分を認めてあげられるものが欲しいのと思ったのですが

熱中出来るものが無く努力も嫌いで能力の無い自分には何も出来ない事を改めて知り
何もする気ならなくなり一年近く部屋にこもっています

頑張る事を放棄して来た自分が今更何かやれるわけもなく
消えたいと何度も願いましたが死ぬ勇気もなくどうにもなりません

もう自分とどう向き合えばいいか分かりません

めちゃくちゃな文章で申し訳ないのですが僕はこれからどうしたらいいのでしょうか
やはり死が救いなのでしょうか?
回答お願いします


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

昔の人ほど何でも良いからとりあえず働いていた

私の同級生に真面目な女の子と、サボり体質の男の子がいました。女の子は「私、キャリアウーマンになる!」と言ってアパレル業界に飛び込みました。男の子は「僕、サボリーマンになる!」と言ってコンパ(?)で先輩にサボリーマンの確約を取り、建設だったかな?に入りました。中々にやり手です(笑)

ところが数年後、ゼミのOB会で会った時に聞きました。女の子は不況のあおりを受け、当時流行りのワークシェアリングで働きたくても週2,3日しか働けない。男の子の方も新人研修が終わるとすぐに子会社に飛ばされ、そこはトンデモないブラックだった。実は先輩の方がやり手だった。
こんなハズじゃなかった!

小学校も中学校も高等学校も夢を持て、理想の自分を描けなんて教えますけど、あんなモン嘘ですぜ。実際の社会の大多数は「○○をしたい!⚫︎⚫︎でありたい!」と考える新卒を喜びません。「⚫︎⚫︎でありたい!」という思いを持てと言う人がいても、大概の場合、その「⚫︎⚫︎」は上司や会社の理想の「⚫︎⚫︎」ですわ。あの教育でいったい誰が得をしたのでしょう?

バブル期に入ってからそういうこと教え出したんだろうと思いますけど、それから日本人の自死率は右肩上がりでした。今になってようやく下がり始めましたけどね。ようやくみんな分かってきたんです。間違っていたと。だから最近こう言う元アスリートが増えてきたでしょう?「無計画にスポーツに打ち込みすぎるのは危険」と。

でもね、それで良いんです。日露戦争の英雄なんて面白いんですよ。勉強して偉い政治家になりたかったけど、実家にお金が無くて挫折。仕方がないからお給料もらいながら勉強できる軍人になった。んで、頑張りまくったわけはなく、要領良くやった。同期に「なんでお前は全然勉強してないのにいつも学年トップなんだ?」と聴かれ、「過去問から試験官の傾向と性格を分析すれば何が出題されるか分かるじゃん?」と答えた。で、結局、ロシア帝国海軍の傾向と性格を分析しまくってノーヒットノーランをキメて英雄になった…秋山真之という人物です。

戦前の日本では、軍人とはサラリーマンくらいの一般職でした。全然、大した理由で就職しちゃいません。
本当はね、仕事する理由は『食っていくため』、『ニートした方が辛くなるから』これで充分過ぎるんです。これで充分に充実した人生になるんですよ。

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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...
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生きていても苦しい、死ぬのも苦しい

お釈迦さんは一切皆苦であるとおっしゃっています、すべてのものはみーんな苦しい
もっと言うと「生老病死」、これはつまるところ

知らん間に生まれてきた!、何これ生きるって苦しい!
なんか年取ってるんやけど!、体力も落ちて肌も弱ってくるんちゃうのこれ何苦しい!
病気してんけど!、早寝早起き三食食べてんのに何これ苦しい!
死にそうなんやけど!、死にたくない嫌でござる嫌でござる!

まぁだいたいはこんな感じです、つまるところ免れないどうしようもない苦しみです。
死そのものは別に救いではありません、死は死です、死ぬんです
救いとは死んだ先にお浄土へ往生させてくれるという確約のことです。

それでですね、春樹さんと同じ20代ですのでその想いとして真っ向からぶつけさせていただきますとですね

誇れることなんか何もねぇ、まして20代のうちで人に胸を張って堂々と誇れることがあるほうが珍しい
自分は別に特別でも何でもない、ただの凡夫や、特殊な能力やら何やらがあるわけでもないただの凡夫や
今まで頑張ることを放棄してもそれは今までの話でこれから先どこかで放棄しなければいい、俺だってこれまで色んなことから逃げてきた、弱音吐いて仕事を辞めたこともあった
せやけど僧侶になってからも逃げたいことも沢山あるけどそれでも辛い思いしながらプレッシャーにも潰されそうになりながら叱られながら泣きながらでも踏ん張ってる、自分なりに何とかしようとしてる、今まで散々色んなことから放棄して逃げ続けてきたけども!

まだお互い20代や
生きるだけとりあえず生ききってから振り返りましょうや、そのときに最後に何か1つどんなに小さなものでも誇れるものがあればそれでいいと思いますよ
だって凡夫ですもの、色々な小さな罪を積み重ねて汚れきったこの身体ですもの、それでも十分ではないですか

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衣食住を自分で得られるように

生きるとは、苦しみに反応して動き回ることです。
お腹がすいた苦しみに対して、食べものを探そうと動く、など。
あなたが本当に生活に困ったときのことを想像してみてください。
熱中できるものとか、誇れるものとか、そんな楽しいものばかりが、人間の行動の動機ではありません。
明日の寝る場所、今日の食べものを得るために、どんなつまらない仕事でもしなくちゃ仕方ない、それが普通の人生なのです。
トイレがしたいも苦しみ、トイレが終わったら部屋に帰りたいも苦しみ、こっちの苦しみから次の苦しみへ、苦しみから苦しみへ逃げまわり、逃げた先もまた苦しみ、それが人生です。
自分の衣食住を自分で得られるようになることを、当面の目標にしては?

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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朝起きたらまず蒲団を整える

「頑張る事を放棄して来た自分が今更何かやれるわけもなく ・・・」とのこと。

今まではそうかもしれません。しかし、明日のことは分かりますか。1年後のあなたは?
誰にもわからない。そんな誰にも分からないことを決めつけて、生活しているなんて。それはあなたの我(ガ)です。

まず、時間を決めて生活をする。朝決まった時間に起きて顔を洗い、食事をいただき、歯を磨く。
外に出てみましょう。玄関を出たら大きく息を吸い空を見上げる。
大きめの歩幅で、腕を振って下を向かずに散歩を1時間。
ただ景色を見て音を聞き、香りをかぎ歩く。損得良い悪い自分(我)を置いといて、

自分が自分の意志とは関係なく生かされていることに気付くことでしょう。
そこに気付いたら、何をしてもいい。こうでなくちゃなんてないこともわかるでしょう。ネガティブな考え方なんか出てこない。

顔が下を向く癖があったら意図的に空を見る癖をつける。これだけでも違うものです。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...
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「生きること・生きるとは」問答一覧

一番大切なものはなにか、生きるとは何か

夏に初産を控えてる者です。 何度か転職をしながら10年ちょっと、正社員で勤めてきました。 現職では3年ほど前から勤めてきましたが、1年前から徐々に上司の当たりが強くなり、パワーハラスメントに該当すること(無視、暴言)をされ続け、毎朝突然涙がでる、何も楽しくなり、難聴や吐気、生理不順等の体調変化もではじめ、 心療内科に通うようになっていました。 こんな思いをしながら働く意味はあるのか…と密かに転職活動を進める中で妊娠が判明しました。 上司へ妊娠したことを伝えると「体調を気づかうことはできない。周りに迷惑をかけることを謝罪と説明しろ」と言われて 精神的な糸が切れた感覚と身の危険、胎児の命に危険を及ぼされるのではないかと危機を覚え退職を決意しました。 退職を申し出てからというもの、上司の態度はなぜか軟化し優しくなりました。 きっと私を辞めさせたかったんだと思います。 本来貰えるはずだった出産に関する手当を棒に振ってまで退職を決意したのにあんまりだという思いが強くなる日々。 今はお金が惜しくて悔しくて、日々鬱々と過ごしています。 旦那の稼ぎも決して高くはありません。 あわせて毎月大きな税金をひかれ、怖くて怖くてしかたありません。 胎児の安全の為、と考えた結果なはずなのですが、私がもっと割り切って我慢して在職を続けることで金銭を受け取り続けたほうが胎児のためになったのかも…といまさら悶々と考え続ける日々です。 こんな思いをするなら消えたい、死にたいと考えることも増えてきました。 後悔なのか未練なのか怒りなのか。 お金への執着なのか。 自分自身での収入が途切れることも人生で初めての経験なので、申し訳なさと不甲斐なさ、恐怖心もあります。 そして胎児への喜びや夫婦生活のことより お金お金お金……自分への不当な扱い……のことばかり考え涙が出たりボロボロ毎日です。一体私は何をしたいのか。何が大切なのか。 気持ちの持っていき方、割り切り方がわかりません。

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生きることについて

はじめまして。 いつも有難いお言葉をたくさん拝見させていただいています。 私はずっと努力をしてきませんでした。 本当に典型的な弱い人間だと思います。 勉強も運動も何も出来ません。人間関係でも気を遣ったり努力することが出来ず、またとても影響を受けやすい部分もあり性格の悪い人が集まった場所で幼少期青春時代過ごしていたため無意識に自分がされて嫌だったことを平気で人にしてしまったり嫌と思うだろうなということをわざとしたり相手の気持ちを考え大切にするということがどういうことなのかわかりません。いつも自分に対して雑な人にばかり気を使い、優しくしてくれた人チャンスをくれた人には失礼な態度をとってしまいました。今は反省しているのですが、色々な人に迷惑をかけ気持ちを踏みにじり罪悪感でもう死んだ方がいいのではないかと思いました。心が酷く汚れてしまって取り返しもつきません。油断すれば常に周りの人に嫉妬し努力もしてないのに自分ばっかりこんな嫌な目に会うのかと不満でいっぱいになってイライラしてしまいます。まだそばにいてくれる人はいますがその人たちにも過去に自分の考えを押し付けたり陰口を言ったり嫌な気分にさせ傷つけました。もう関わらない方が相手のためになるでしょうか。もう何も楽しめる気がしません。楽しいと感じることがわかりません。自分の好きなことやりたいこともわかりません。口を開けば愚痴かネガティブなことしか話せないので申し訳なくて人に会うことももう辞めてしまいました。気力が湧きません。辞めたいと思っていることもなかなか辞められません。ずっと寂しくて仕方がありません。容量が悪く学歴も何の取り柄もない努力できない私はどうやったらダメな自分から変われるでしょうか?まとまらない文章で申し訳ありません。お手隙の際にご回答いただければ幸いです。

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毎日悲しみを感じて生きる人は沢山いますか

毎日悲しみを感じて生きる人は沢山いますか? 当たり前の事ですか? 私は障害者で学問の夢もスポーツの夢も恋愛の夢も叶いません。 経済的自立は奇跡が起こらないと難しく、努力不足というより同じ病気の人なら当たり前のようです。 もちろん家庭を持っても家事育児には体力が足りません。 だから大学受験も就活も婚活もできません。 特にパートナーがいないのが寂しくて悲しくて仕方なく、毎日泣いています。 私のように毎日悲しい人は珍しい事ですか、当たり前にいますか。 若い人は、そんな人はあまりいないのですが、お年寄りなどは、周りがどんどん死にますし、毎日悲しい人もいるでしょうか。 私は希望とは、都合のいい妄想を信じ込む事ではなく、悲しくても現実を生きる暮らしにあるのではないかとこの頃思います。 毎日悲しさを感じる事は異常ですか? 現実を変えようにも、私の努力では、今の医学では、普通は無理なのです。 毎日悲しくても、いいんでしょうか。 自立は無理でも、家でできる仕事があり、それで何か奇跡的にヒットしたら経済的には自立できるかもしれないので、その可能性にかけて仕事はできる範囲でやっています。 ただ、学問の夢、スポーツの夢、恋愛の夢、新しい家族を作る夢は、自分の努力ではコントロールできません。 自分の努力不足でもないのに自分を責めるのはやめようと心がけていますが、失った青春に対する悲しみ、同世代の友達が掴んでいく幸せと自分の違いは生まれつき健康だったかだけで、それを学校の先生からは努力不足と責められてきました。 大人になり、学校の先生は医学的知識が無いという事情があった事に気付きました。 私はずっと先生の言う通り努力不足かと思い、体に鞭打ってきましたが、どうにも治りませんし、医者が言うには当たり前で、精神論で治る訳が無いそうです。 ただ、今まで先生が言うように心さえ成長すれば治るという希望があったのに、それが現実を理解して打ち砕かれました。 だから悲しいのです。 ありえない事を信じるのではなく、現実を見た上で生きるには、毎日悲しい思いが湧いてきても仕方がないように思います。 医学的にあり得ないことを信じていた頃は幸せだったのです。 現実世界を生きるためには毎日の悲しみとどう向き合えばいいでしょうか?

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真剣に生きるとは

真剣に生きるとはどういうことでしょうか。 私には2歳6ヶ月と1歳の娘2人がいます。子供たちにご飯を食べさせて、洗濯物を干して畳んで、子供たちと遊んで、買い物に行って、家族のお夕飯を作って、子供たちをお風呂に入れて、寝かしつける毎日です。 お掃除は苦手なので、お風呂掃除は夫が毎日していて、掃除機かけはお休みの日に夫がしてくれます。たまに私もやります。 ひとりになる時間はほとんどありません。日中は子育てサロンに行ったり、自分の実家に行ったり、お家の中で遊んだり公園に行ったりしています。 毎日同じように過ごしていて、自分が何のために生きているのかわからなくなりました。 というのも、昨日、夫から「真剣に生きてる?真面目に生きてる?」と聞かれたからです。 その瞬間、自分の存在を否定されたような気がして、涙が出て止まりませんでした。 たしかに、日々努力して何かを頑張ってやったり、目標というものはないです。ですが、毎日必死に子供のことやお家のことをやっているつもりでした。 子供たちにイライラしてしまうことがあって手が出そうになったりすることもあります。毎晩、反省しています。 しかし、やっているつもりで、本当はできていなかったのでしょうか。 私は、自分の時間を犠牲にして子供やお家のことをやっているとは思っていません。家事育児は当然だと思っています。 でも心のどこかで、自分は自分の時間を犠牲にしてるのにと思っているのかもしれません。 夫は仕事で夜21時過ぎに帰ってきて、好きなテレビを観て笑っています。 家庭のために遅くまで仕事をして、収入を得てくれているし、家事もやってくれています。 私は何をしたらいいのでしょうか。真剣に生きるとはどういうことなのでしょうか。

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