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死ぬのが怖いです

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有り難し有り難し 17

高校生です
私は中学生の頃からずっと死ぬのが怖いです

私はこれまでの短い人生の中でも色々と悪いことをしてきました。嘘もつきましたし、人を傷つけたこともあります
また、幼い頃(幼稚園生頃)にお店で量り売りとして売っていたチョコレートを一粒こっそり食べてしまったことがあります。あの事をずっと後悔しています

沢山悪いことをしてきたと思います
私はきっと、死んだら地獄に落ちてしまうことでしょう。祖母は「絶対天国に行けるからね」と言ってくれますが、それでも確証がありません

いえ、地獄に落ちるかもしれない、それ以上に怖いことがあります

それは、死んだら“私”が無くなってしまうのではないかということです
私は、私がこれまで積み上げてきた物を失うことが、自我が無くなってしまうことが怖いです
今、こうして悩み、悲しみ、笑い、怒り。そんな感情を抱いている私が消滅するかもしれないということが、本当に怖くてたまりません

この恐怖は一年に五回程度湧き上がってきては私を悩ませます。怖くて怖くて、死後のことを思うと私は涙が止まらなくなります

ですが、周りの大人は私のこの悩みを「くだらない」「大人になればそんな悩み薄れる」と言ってまともに取り合ってくれません。私は“今”の対策が知りたいのです。大人になってから、なんて待てません

死ぬのが怖いと言いながら、不老不死になりたいかと聞かれると困ります。永遠の命なんて寂しいですから

この悩みの解決策がわからないままです
今も苦しみを堪えながらこの文をうっています

誰か、私を助けてください

カテゴリー等、間違えていたら申し訳ありません

2018年12月22日 0:00

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

道を行け

ふむ…ワシはhasunohaにはびこる九相坊主・マスターヨーガじゃ。久々の登場である。フォースと共にあらんことを。

生を明らかにし、死を明らかにすることはブディズムの一大事じゃ。ふむ…まわりの大人はまともに取り合わんか。困ったものじゃな、核家族化で親から子へ、子から孫へと語り継げなくなってきたからの。ジェダイの戦士もいよいよ減ってしもうた。それも時代じゃ。

若きウバイ(女性仏教徒)よ、よくよく心得よ。
死は怖くていいのじゃ。死の恐れは人の進化の結果じゃ。生命の証じゃ。
過ちも後悔していいのじゃ。後悔はそれが間違っていたと気付いた証じゃ。後悔もできぬ者は暗黒面に堕ちておる。若きウバイよ、それが大人になるということじゃ。それが善の芽生えじゃ。

マスターブッダは教えたもうた。

>信(まこと)により また
戒(いましめ)と精進(はげみ)により
また 禅思(しずけさ)と
法(よきこと)の決断(とりきめ)により
智と行(ぎょう)をかね
こころにつつしみあり
かかるひと
この世の大なる
くるしみに打ちかたん
(友松円諦訳『発句経』144)

信とは神の存在や奇跡を信じることではない。教えを実行することじゃ。
悪いことをせず(戒)、身にも心にも善い行いを習慣にし(精進)、
坐禅(禅思)によって、真理の現れであるこの身心を知り(法の決断)、
正しい心の在り方と正しい生き方をせよ。
そうすれば、きっとその苦に決着がつくじゃろう…と。

残念じゃが、パッと読んでパッとやって生死に決着がつくなら、誰もわざわざ修行などせぬ。じゃが、これだけは忘れるな。恐れを嫌い、叩きのめしてやろうと憎むから、暗黒面に取り憑かれるのじゃ。怖くていいのじゃ。
そして間違うな、カルト団体は自分に都合の良い言葉ばかり選ぶ者を暗黒面に引きずり込む。
怖さを認めつつ、きちんとしたお寺の法話を聴きに行って仏法を聴聞し、坐禅会や何かしらの講に行って善き友を得、共に精進するがよい。それは大人にならなくとも出来る。フォースと共にあらんことを。

2018年12月22日 2:47
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有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

「死に際しては歓喜が生じますように」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

死に対して不安・恐怖が生じるのは、死とは何かということが分からないから、ということが最も大きな面があるのではないだろうかと存じます。

拙生も数年前まではそうでした。

しかし、密教の無上瑜伽タントラの修習を進めていく内に、死とはどういうものなのか、死んだらどこへ行くのか、死の過程とはどんなものなのか・・など、その詳細を学ぶにつれて、死を修行に利用するための方法論も説かれてあるなどし(三身修道)、今では死が一つの楽しみにもなってきております。

「死に際しては歓喜が生じますように」(三身修道への合言葉です)

こいつ狂ってるのとちゃうか、と思われたかもしれませんが。。

宜しければ、下記の書物からでも、少しずつ「死」について学ばれて下さいましたら、有り難くに存じます。

「チベットの生と死の書」ソギャル・リンポチェ師著・講談社文庫

「ゲルク派版 チベット死者の書」ロサン・ガンワン師、平岡宏一先生著、学研文庫

川口英俊 合掌

2018年12月22日 15:36
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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