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死が怖い

回答数回答 2
有り難し有り難し 17

私は今19歳です。1ヶ月前からずっと死について考えて頭から離れません。
考えすぎて、気持ち悪くなって、ご飯も食べれず夜も寝れなく、寝れたとしても、あー私はいつか死ぬんだと思って起きます。

長くなりますが、よろしくお願いします。

小さい頃から死が怖くて考えただけでもパニックになっていました。いつもなら考えないと言い聞かせて考えないようにしていました。ですが、ここ1ヶ月死んだら私はどうなるのだろうか、どうして死ななければならないのだろうか、いつか私がいたことさえも忘れられてしまうのではないだろうか、この世界はこの先どうなっていくのだろうか、とか色々考えてしまいます。

あと、私は80歳まで生きるとして60年しか時間がない、1年はあっという間に過ぎていくから私はすぐ死ぬだとか、生まれてこなければこんな苦しむことも無かったのにとか、本当に死が怖くて怖くて仕方がありません。

家族は、そんな私のためにいろんなところに連れて行ってくれます。母は話をたくさん聞いてくれます。でも、そんな母にも会えなくなる日が来ると考えてしまい、もっと怖くなってしまいます。

人間だから死ぬのは当然です。でも、どうしても怖くて仕方がありません。自分が消えてしまう、自分がいなくなってしまう。最近では、人間を見るとこの人達は200年後生きてないんだなと思ってしまいます。
不老不死になれるならなりたい。

なにをしていても死が頭の中に出てきてしまいます。突然死んでしまったらどうしよう。生きているのに火葬されてしまったらどうしよう。そんな不安も押し寄せてきます。

どうしたらいいでしょうか?受け入れるしかないのでしょうか?吐き気が止まりません。

人生あっという間に過ぎるといいます。こんなことを考えながら過ごしていくのは時間がもったいないと言い聞かせています。ほんとうに人生あっという間に過ぎてしまうのでしょうか?そう考えると死が怖いです。受け入れることができません。

私の苦しみをどうか助けてくれないでしょうか。
よろしくお願いします。

2019年2月17日 8:14

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたにとっての事実を求めて

あやさんこんにちはご相談拝読しました。

とても大事な事を考えていらっしゃると思います。ごまかさずに考え続けていきましょうね。

考えるにあたり、「頭の中で考えているに過ぎない事」と「事実」をしっかりおさえるのは一つのポイントです。

まず、死を「受け入れることができない」という考えでも「死ななければならない」というのは事実です。
しかし、ご飯も食べれず夜も寝れなくても今「生きている」というのも事実です。

>こんなことを考えながら過ごしていくのは時間がもったいないと言い聞かせています。ほんとうに人生あっという間に過ぎてしまうのでしょうか?

とのことですが、あやさんにとって小さい頃からずっと死について考え恐怖してきたこれまでの人生は長かったでしょうか?あっという間だったでしょうか?

これまでが長かった、それなりの時間だったというのなら、これからもそうでしょう。これまでがあっという間だったというのなら、これからもこれまで通りならそうかもしれません。

そして次のポイントは「私の死」と「誰かの死」です。「私の死」を私は経験できません。だからこれについては「わからない」のが答え・事実であり、それ以外は全て「考え」ということになります。
「誰かの死」は悲しいけれども経験しなければいけないものでしょう。それは「事実」として経験することができます。その学びは大きいでしょう。

もう一つ「事実」があります。あやさんと同じように死について考え、恐怖している人は沢山いるということ、そしてそれを考えてきた人類の歴史があるということです。

沢山の人の「考え」があやさんの「今」に影響を与えるのならば、その「考え」はただの「考え」でなくあやさんにとっての大切なものとなります。

hasunohaには「死について」というカテゴリがありますし、検索ワードで同じような質問を探すこともできます。たくさんの人の考えや悩みを読みあさって見てください。

そして、仏教もやはりこの問題については考えてきた歴史があります。たとえば浄土教ならば死後は「極楽浄土に往生する」と説きます。それは経典に説かれる物語ですが、その物語を通して伝えたい事が私たちに伝わる時、その物語はその人にとっての事実となるのです。科学的事実や歴史的事実でなく宗教的事実ですね。

だからあやさんもたくさんの考えや物語に触れましょう。

2019年2月17日 17:05
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

「基本の三身の構造をよく明らかにする燈明」

あや様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「死」につきましては、お化けや幽霊と同じくに、知らないことにて、あれこれと不安や恐怖が出てきてしまうものであります。

しかし、「死」というものが何かを知ることができれば、それなりにどうしていくべきであるのかが分かってくることになるのではないだろうかと存じます。

実は正体を見れば、幽霊の正体みたり枯れ尾花的に、「なーんだ、たいしたことないなー」となることも。。

拙生は、「死」に対しての正体については、チベット仏教の中において見い出すことができました。

特に役立った本が、下記となります。

「チベットの生と死の書」講談社文庫(ソギャル・リンポチェ著)

「ゲルク派版 チベット死者の書」学研文庫(平岡宏一先生訳注)

特に「ゲルク派版 チベット死者の書」は、ヤンチェン・ガロ大師の「基本の三身の構造をよく明らかにする燈明」の訳注となっており、いかに、死の過程(死・中有・再生)を修行に役立てるべきであるのかについても学ぶことができるものとなっております。

難しい内容もございますが、是非、上記から学ばれることで、死への不安、恐怖を取り除くための一助になりましたらと存じます。

川口英俊 合掌

2019年2月17日 14:00
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

川口英俊様
ありがとうございます。目に見えないものは怖い。本当にその通りです。だけど私はそれでもやっぱり死を受け入れるのが怖いです。
おススメの書を読んでみたいと思います。
ありがとうございました。

吉武文法様

ありがとうございます。
無理に考えようとせず徐々に理解していこうと思います。

私だけが死が怖いわけではない。みんな同じ悩みを持っていると知ったら少し楽になりました。

文法様のお言葉とても心に響きました。
答えてくださりありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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