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仏教の必要性

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 ここでは様々な悩みや苦しみの相談が満ち溢れていますが、最大の苦しみは「生老病死」の四苦だろうと思います。

 これは全人類に共通で、生きている限り解消不可能な宿命的な苦しみです。

 般若心経の冒頭には「照見五蘊皆空 度一切苦厄」とありますが、一切苦厄には当然四苦も含まれているはずです。

 そうすると度一切苦厄は、生きている間は実現不可能であるということになります。

 従ってその機会は死後にあることになります。

 もし死後が無ければ、「死」即「度一切苦厄」が成立します。

 こんなたやすいことを釈尊が大発見のように語るでしょうか?

 即ち死後が無ければ、仏教はその必要性がないことになります。

 仏教成立の要件は、輪廻転生が真実であることが大前提であります。
 
 従って自殺は、苦の清算ではなく、苦の上塗りで、死後にもっと悲惨な苦しみを受けなければなりません。

 この論理を広めて、自殺を食い止めることが仏教の必要性の一つではないかと思います。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【生死流転】再起と挫折の無限ループ

”自殺を食い止めることが仏教の必要性の一つではないかと”
まったくもっておっしゃるとおりだと思います。
しかし、【生老病死】の厳密な意味では、それは一面的な捉え方だと言わざるをえません。

凡夫の、実の衆生、実の生死有りと 謂ふがごときには非ざるなり。 『教行信証』

【生老病死】略して【生死】という概念は、単に生命活動の事だけを指すのではありません。
凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す。
例えば、ダイエットに挑戦しようとする。正しいノウハウの無い者は、いたずらに食事を減らす。空腹によるストレス、栄養失調、痩せるどころか体はどんどんボロボロになる。苦しいだけで結果の見えない状況に心身ともに衰弱してきて、とうとうダイエットなんか止めてしまう。でも、また体型や健康状態が気になりはじめ、また性懲りもなく同じダイエットをはじめる。→振り出しに戻る。
このプロセスがつまり【生死流転】です。凡夫は無知なせいで生(再起)と死(挫折)を繰り返す。人はモノを知らない。だから、再起と挫折を延々と繰り返す。じゃあ、真実を学ぼう。真実を学んで再起と挫折の無限ループから開放されて目的を果たそう。親鸞著作の『顕浄土真実教行証文類』によれば、天親菩薩がそう呼びかけているようです。

もちろん自殺をアカン。ただ、そもそも死ぬほど苦しむ前にその悩みをなんとかしようとするのが仏教の眼目なのではないかとも思います。

<追記>
”これを直訳すると、まさに輪廻転生ではないですか”
その通りですが、何か?

”現代はなぜか日本だけが、輪廻転生を否定していますね”
そうですね。これは大きな間違いだと私も思います。

”仰るような意訳は何とも理解できません”
”釈尊は決して意訳を要求するような語りはしていません”
意訳?釈尊は意訳の要求しない?
ごめんなさい。ちょっと論点が噛み合ってないようですね。
とりあえず【輪廻転生】もしくは【生死流転】といものは、いわゆる霊魂の生まれ変わり死にかわりの話だけではないという事を言いたかっただけです。

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釈尊は生きながらにして生老病死を滅したのですよ。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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質問者からのお礼

 転落院 様 ご回答を有難うございます。

 「凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す」

 これを直訳すると、まさに輪廻転生ではないですか。

 仰るような意訳は何とも理解できません。釈尊は決して意訳を要求するような語りはしていません。

 意訳は後世の人達が自分の主義に都合の良い解釈をしたのではありませんか?

 親鸞聖人の時代を含み仏教伝来以降昭和の初めまでは、日本も輪廻転生を信じていました。

 楠木正成の「今生の別れ」や「七生報国」などはその表れです。

 現代はなぜか日本だけが、輪廻転生を否定していますね。

 三宅 聖章 様 ご回答を有難うございます。

 確かにその通りですね。

 しかし釈尊だから可能なだけでして、我々にはとてもそのようには行きません。

 凡人は死後を彷徨わなければなりません。

 死後に心がどのように研鑽できるかは知り得ませんので、生きている間に修行が必要なわけです。

 度一切苦厄は心が空(自然界)に戻り死後もありませんから、我々にはまず不可能で、せめて心を生まれ変わらない程度の心境にすべく努力が必要です。

 その方法が心境の度合いによって多岐にわたり、日本仏教では多数の宗派に分かれて、わが派が一番と競い合っています。

 転落院 様 <追記>を有難うございます。

 何か勘違いしたようで、大変失礼しました。
 
 「凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す」の次に「例えば、」と生死に関係のないダイエットのお話なので、意訳と勘違いしました。

 ただ
「【輪廻転生】もしくは【生死流転】といものは、いわゆる霊魂の生まれ変わり死にかわりの話だけではないという事を言いたかっただけです。」

 と仰って居られますのは、ちょっと理解出来ません。

 【輪廻転生】もしくは【生死流転】と切り取ってのお話では「霊魂の生まれ変わり死にかわりの話」で宜しいかと思います。

 私が仏教入門書で最初に目にしたのは、「仏教の目的は輪廻転生からの解脱である」という言葉でした。

 そして色々思案した挙句、たどり着いたのは、仏教にはこれ以外何もないということでした。

 日本で現在色々な宗派に分かれて、説教しているのは、「霊魂の生まれ変わり死にかわり」をどう防ぐかの方法論を論じているものと思います。

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