hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

仏教の必要性

回答数回答 2
有り難し有り難し 27

 ここでは様々な悩みや苦しみの相談が満ち溢れていますが、最大の苦しみは「生老病死」の四苦だろうと思います。

 これは全人類に共通で、生きている限り解消不可能な宿命的な苦しみです。

 般若心経の冒頭には「照見五蘊皆空 度一切苦厄」とありますが、一切苦厄には当然四苦も含まれているはずです。

 そうすると度一切苦厄は、生きている間は実現不可能であるということになります。

 従ってその機会は死後にあることになります。

 もし死後が無ければ、「死」即「度一切苦厄」が成立します。

 こんなたやすいことを釈尊が大発見のように語るでしょうか?

 即ち死後が無ければ、仏教はその必要性がないことになります。

 仏教成立の要件は、輪廻転生が真実であることが大前提であります。
 
 従って自殺は、苦の清算ではなく、苦の上塗りで、死後にもっと悲惨な苦しみを受けなければなりません。

 この論理を広めて、自殺を食い止めることが仏教の必要性の一つではないかと思います。

2019年3月17日 20:02

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【生死流転】再起と挫折の無限ループ

”自殺を食い止めることが仏教の必要性の一つではないかと”
まったくもっておっしゃるとおりだと思います。
しかし、【生老病死】の厳密な意味では、それは一面的な捉え方だと言わざるをえません。

凡夫の、実の衆生、実の生死有りと 謂ふがごときには非ざるなり。 『教行信証』

【生老病死】略して【生死】という概念は、単に生命活動の事だけを指すのではありません。
凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す。
例えば、ダイエットに挑戦しようとする。正しいノウハウの無い者は、いたずらに食事を減らす。空腹によるストレス、栄養失調、痩せるどころか体はどんどんボロボロになる。苦しいだけで結果の見えない状況に心身ともに衰弱してきて、とうとうダイエットなんか止めてしまう。でも、また体型や健康状態が気になりはじめ、また性懲りもなく同じダイエットをはじめる。→振り出しに戻る。
このプロセスがつまり【生死流転】です。凡夫は無知なせいで生(再起)と死(挫折)を繰り返す。人はモノを知らない。だから、再起と挫折を延々と繰り返す。じゃあ、真実を学ぼう。真実を学んで再起と挫折の無限ループから開放されて目的を果たそう。親鸞著作の『顕浄土真実教行証文類』によれば、天親菩薩がそう呼びかけているようです。

もちろん自殺をアカン。ただ、そもそも死ぬほど苦しむ前にその悩みをなんとかしようとするのが仏教の眼目なのではないかとも思います。

<追記>
”これを直訳すると、まさに輪廻転生ではないですか”
その通りですが、何か?

”現代はなぜか日本だけが、輪廻転生を否定していますね”
そうですね。これは大きな間違いだと私も思います。

”仰るような意訳は何とも理解できません”
”釈尊は決して意訳を要求するような語りはしていません”
意訳?釈尊は意訳の要求しない?
ごめんなさい。ちょっと論点が噛み合ってないようですね。
とりあえず【輪廻転生】もしくは【生死流転】といものは、いわゆる霊魂の生まれ変わり死にかわりの話だけではないという事を言いたかっただけです。

2019年3月17日 22:57
{{count}}
有り難し
おきもち

となりのトトロの世界のような山奥の田舎の小さな小さなお寺の住職をしています...

釈尊は生きながらにして生老病死を滅したのですよ。

2019年3月18日 8:02
{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

質問者からのお礼

 転落院 様 ご回答を有難うございます。

 「凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す」

 これを直訳すると、まさに輪廻転生ではないですか。

 仰るような意訳は何とも理解できません。釈尊は決して意訳を要求するような語りはしていません。

 意訳は後世の人達が自分の主義に都合の良い解釈をしたのではありませんか?

 親鸞聖人の時代を含み仏教伝来以降昭和の初めまでは、日本も輪廻転生を信じていました。

 楠木正成の「今生の別れ」や「七生報国」などはその表れです。

 現代はなぜか日本だけが、輪廻転生を否定していますね。

 三宅 聖章 様 ご回答を有難うございます。

 確かにその通りですね。

 しかし釈尊だから可能なだけでして、我々にはとてもそのようには行きません。

 凡人は死後を彷徨わなければなりません。

 死後に心がどのように研鑽できるかは知り得ませんので、生きている間に修行が必要なわけです。

 度一切苦厄は心が空(自然界)に戻り死後もありませんから、我々にはまず不可能で、せめて心を生まれ変わらない程度の心境にすべく努力が必要です。

 その方法が心境の度合いによって多岐にわたり、日本仏教では多数の宗派に分かれて、わが派が一番と競い合っています。

 転落院 様 <追記>を有難うございます。

 何か勘違いしたようで、大変失礼しました。
 
 「凡夫は【無明】が故に【生死流転】を繰り返す」の次に「例えば、」と生死に関係のないダイエットのお話なので、意訳と勘違いしました。

 ただ
「【輪廻転生】もしくは【生死流転】といものは、いわゆる霊魂の生まれ変わり死にかわりの話だけではないという事を言いたかっただけです。」

 と仰って居られますのは、ちょっと理解出来ません。

 【輪廻転生】もしくは【生死流転】と切り取ってのお話では「霊魂の生まれ変わり死にかわりの話」で宜しいかと思います。

 私が仏教入門書で最初に目にしたのは、「仏教の目的は輪廻転生からの解脱である」という言葉でした。

 そして色々思案した挙句、たどり着いたのは、仏教にはこれ以外何もないということでした。

 日本で現在色々な宗派に分かれて、説教しているのは、「霊魂の生まれ変わり死にかわり」をどう防ぐかの方法論を論じているものと思います。

「仏教全般」問答一覧

「師匠無しは外道です。仏教は世界を救うためにあります」

坐禅会で副住さんと二人きりだった。 気候に依るか、今日は二人だけという縁に依るものであったのか、僕がムカつく顔をしていたのか…なるようにして、そうなったのでしょうが…。 会話量は僕が2、お坊様が8くらいでした。法話聞きに行ってるので。 風の吹き方一つで虫の居所も変わるでしょうし…なるようになったのか? 「山には色んな入口と登り方があり、諸宗教も同じですよ。」 僕「山なんて本来無いのでは?」 「貴方と話してるとウンザリするんですよ…こう言うのも面倒くさいんです(半笑い)」 「えっ」 突然だったので驚きました。これは何らかの方便なのでしょうか? 縁が整った故の個人的な考えですが、神様には個々人の内に誕生日があって、各々が見聞していく中で神々の造形や威光が深められていき、その信徒が己の生み考えた偶像にひれ伏すようになっていく。そういった一切は縁起に依り、各々が思うように仕立て上げていると気付くために坐禅等の諸行によって三昧、思い込みの縄を解き、無自性=縁起に気付き、よくよく見極めていく。 「自覚」縁起の教えが仏教。そこが諸宗教と一線を画する所では? と考えています。 そう思える縁が整っただけですが…。 上記のような屁理屈だって蹴倒れる程に悲しい。 因縁仮和合云々並び立てても殴られりゃ痛いし、彼の軽蔑は悲しい。 それで心相続していって変遷していく。 またその場の気分も風の吹き方一つで変わるので、次はお寺に行くかもしれないし、行かないかもしれない。嵐か地震が来るかもしれないし、実際は考えに依ってくれないし。 世界を救うって何を…? 僕「師がいなくて外道なら、在家信者は外道ですか?」 「師ならそこらじゅうのお寺にいるでしょう。 解釈に囚われているから、そういった考えになるんです」 僕「はい」 「ウチは檀家100件を超えておりますが、法事をして救いもして、救いもしない事が救いになる事もありますよ」 「師について学ばないとオウムと変わりませんよ。空だから〇してもいいっていう」 僕「え?(なんで突然オウム?そもそも誰かを〇すなんて)」 彼が気に入るだろう答案を提出できる縁に僕は恵まれなかった。 痛い位に今日の彼から伝わってきたのはもう僕に二度と会いたくないってこと。 僕が出来るのって出来る限り接する人に親切にしていこうと願う事位。 世界を救うって何?彼の真意は何でしょう?

有り難し有り難し 74
回答数回答 2

仏教では女は差別されるのですか?

初めて質問させていただきます。 ここ3年神仏に惹かれて近くのお寺にお参りなどさせていただいているのですが仏教では女だと差別される、等など聞いてしまい、ネットなどで見てみたらそんな話が色々書いてありました。 例えば女だと成仏出来ない、女は汚れているだの書かれていました(泣) 本当にそんな差別などお釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さんがするのか知りたいです。 そんな事を仏さまは思ったりしていないと思うのですが… 女だと汚れているからと思っているお坊さんはこの時代いるのでしょうか? もし、本当にお釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さんが思っていたらお 参りすることって出来ないですよね…? 悲しい事が書かれていたので凄く落ち込んでいます… 今まで一生懸命感謝の気持ち、これからもよろしくお願いしますと手をあわせていたのが意味もないんだと思ってしまいました。 実際、以前土俵に女性が上がったのが問題になったのがありましたよね? (土俵は神社系だと思いますが) なので、結局神仏どちらも女性軽視になるのですか? 神社で女性の神主さんは見たことがあります。 仏教はどうなのでしょうか? お釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さん達は実際本当に女性軽視なのですか? 子供を産むのは女性なのに悲しいものを読んでしまいショックです。

有り難し有り難し 30
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る