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息子のお嫁さんに対して

回答数回答 3
有り難し有り難し 73

今回、息子のお嫁さんについて御相談させて下さい。
息子は20歳社会人となり1年目、お嫁さんも20歳で
2人は専門学校で知り合い今年になり妊娠が分かり
籍を入れるという流れになりましたが、息子は
働きだしたばかり、お嫁さんは専門学校を卒業して
就職先が内定してましたが、取り消しとなり
2人からは入籍だけして一緒になると話をされましたが
確かに蓄えもないまま授かってしまいその考えにも一理あるとは思ったのですが、私は紙切れ1枚で結婚という形には否定はしませんが、別れると思った時にも
紙切れ1枚で済ませるのかと問い、けじめとしてまた
お互いの自覚を持ってもらうのに神社婚だけでも挙げるべきではと提案して色々調べ何とか負担少なく
見つける事は出来たのですが
お嫁さんは、専門学校時に奨学金を借り現在
150万程借金があるらしいのですが、それも12年返済で自分で払うと言ってるらしいのですが
自分て払う考えは立派だと思いますが
それは、独身ならそれでも良いのかと思うのですが
もう1人じゃないでしょと思うのと子供が12歳に
なるまで払い続ける事を安易と思いますし
私的には、住む所もままならない状態なのに
考えが浅い(20歳と若く仕方ないかと思うのですが)
また、素直に聴く耳を持たなく意地を通してるだけにしか見えません。
何と言うべきか困ってます。
どうしたら良いのかご教示下さい


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お互い様な部分はないでしょうか?

ご相談拝読しました。

息子さんの人生を生きるのは息子さん本人、お嫁さんの人生を生きるのはお嫁さん本人です。

あなたがいくら心配しても代わりに彼らの人生を歩めるわけではありません。

アドバイスをするのは構わないと思いますが、それを受けて実際にどう選択していくのは本人たちに任せてはいかがでしょうか。

素直に聞く耳を持たないのはお互い様かもしれませんよ。

ご自身で「頑固おやじ」と名のっておられますが、そのあなたの息子さんでしょう。似てくる面もあると思います。似た者通しで反発してはじけ飛んでしまわないようご注意ください。

籍を入れるのも借金を自分で返すと言うのも責任ある態度であり、けして責任を放棄しようと言うのではないでしょう。

本当にその責任が全うできるのかどうかご心配な気持ちはよく分かります。しかしここはグッとこらえて見守ってあげ、もし向こうから助けを求めてきたならばできる範囲のことをして差し上げるのがよろしいのではないでしょうか。

押し付けすぎてかえって嫌われて全く頼ってもらえなくなるのも寂しいと思いますよ。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

見守ることは大切ですが、手出しは最低限で!

質問読ませていただきました。

親から見たら、子供のやることは頼りなかったり、先を見据えておらずその場しのぎの考えのように思えたり、色々と不安と疑問が残ることも多いかとは思います。
心中お察しいたします。

さて色々と心配になりますし口も出したくなるでしょうが、お子さんも成人されたのであれば、親が手を出せる範囲というのは限られています。
また親があれこれ手を出すことで、子供は「いつでも親が助けてくれるんだ!」と依存してしまい、いつまでも親離れできないという方もいらっしゃいます。

ですので、「自分たちの責任でしっかり考えて、自分たちの生き方を考えなさい!ただし、自分たち2人を中心に世界が回ってるわけではなく、多くの周りの方の支えや助けがあって生きているんだよ。その感謝の気持ちだけは忘れちゃいけないよ」と、しっかり自立を促すことも大切でしょう。
悪い言い方をすれば「突き放す」ような形になるのかもしれませんが、自分で考え行動したという経験が、必ずお子さんの力になるでしょう。
しかし、やはり若いが故に大きな失敗をしてしまうかもしれません。もし「このままじゃ本当に危ないぞ」という部分があるなら、最低限のアドバイスをしてあげて下さい。

見守るということは、不安になるしストレスもたまるかと思います。しかし、最低限の手助けをすることを心がけて、あとは本人達に責任をもって行動させてみて下さい。
ただし、押しつけがましくならないように上手に最低限のフォローをしてあげれれば、若い夫婦も安心して自分たちの生活を調えながら子育てしていくことができるでしょう。そしてそれが、親と子供夫婦との信頼関係へと繋がっていくような気がいたします。

何か少しでも参考にしてみて下さいね!

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京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の天王院というお寺でお勤めさせていただいております。山手の方にある、自然に囲まれた日蓮系宗派のお寺です。 13才から僧侶となり、たくさんの方と関わってきました。 現在は42才となり、3人の子育てに奮闘中です!また、教育関係の仕事にも勤めたことがあります。 自分の経験したこと全てが私自身の糧となり、それが人を救う力になればいいなと、何があってもポジティブに考えるようにしてます。 その経験を活かし、 ・人間関係 ・将来の不安 ・仏事全般 など、様々な質問に答えていきたいと思っております。 何か悩み事がある、個人的に相談したい、質問について他の人に知られたくない、という方は遠慮なくメールにてご相談下さい。 今までにたくさんの方からメールにてご相談をいただいておりますので、気軽にご相談してみて下さいね! また、ハスノハの回答には字数制限があり、私の回答に対するお礼に返事が出来ない場合も多々あります。ですので、返事を望まれる場合もメールにてご連絡下さい。 メールアドレスは下記をご参照下さい。 一両日中に返事をするようにしておりますが、こちらからの返事が届かない場合は、 ・メールアドレスを間違えていないか ・受信拒否設定はどうなっているか を確認して、もう一度メールを送っていただければありがたく思います。 また、お寺に直接訪問されてのご相談も受け付けております。その場合は、まずメールか電話にてその旨をお知らせ下さい。 お寺の予定と照らし合わせて、日時を調整させていただき、お寺の詳しい場所などをお伝えいたします。 ただし、電話回線が1本しかないこと、他の法務の電話が多いことから、失礼ながら電話での悩み相談は承っておりません。 直接お寺に参詣されての相談か、メールにての相談に限らせていただきます。 また、直接お寺に参詣されての法事や、ZOOMを通じての法事なども受け付けておりますので、希望があれば何でもご相談ください。 メールアドレス joukai4378+soudan@gmail.com 電話番号 0774-65-0161
法事や行事がなければ、平日・休日共に 9:00~12:00 14:00~17:00 の時間帯で相談できます。 土曜日や祝日の前の日なら、お寺の予定が何もなければ 21:00~ でも相談できます。 他にも調整できる場合もあるので、お問い合わせください。 人に話をしたり言葉に出すことで、気持ちが晴れたり、考えがまとまったりすることもあります。 どうぞ遠慮なくご相談ください。

人は助けを必要としているのです。

あなたに経済的なゆとりがあるようでしたら、奥様名義でその費用を払ってあげることです。
嫁さんとシュートメさんとは今後は犬猿の仲になり得るものです。
でも、困ったところを助けてあげるという慈悲のアウトプットによって人は変わる。
大体、そりの合わない、馬の合わないヨメシュートメが仲良くなれば息子さんも安心。夫婦円満。お金というものは使うべきものに使うべきです。
もちろん、それはその子の為にならんと思うなら出さんでヨシですが、あなたが一族の長であるならば、天皇陛下になったつもりでどうすれば我が家の皇太子さまが、そしてその奥さんが安心できるかを考えてサポートすることも大事です。
今の若い世代はみないくら働いてもお金がたまっていかない派遣社員地獄な現実があります。
投資だと思って、ただでさえ生活していくのが大変な若い世代。
経済的にゆとりがあれば善意で本当に困っている所を支援してあげるという事も大事でしょう。
ですが、本当は全く困っていないようであれば、そのほかのことを助けてあげればよいのです。
本当に家族になるという事は、嫁はヨソモンだという心が微塵も無くなることです。
ダメならダメ。
こちらが善意で何かを援助してあげてもいいでしょう。
それが甘やかしになるようであればしない。
お父さんの立場であるあなたも正直「困っている」はずです。
その困った心、トゲは抜きたいはずです。
トゲが抜ければ安心します。
助けられるのです。
人間の幸せって、何かに成功することでしょうか。
苦難に何十年も耐えて耐えて、家族がボロボロになっても「がんばれ」と言い続けて過労死させることでしょうか。
私は、力のある人の何らかの助けによって助けられて、その助けのエネルギーが世の中に広まってみんなが笑顔になれることの方が今日一日で幸せになれるのですから、そういう方向性をあえて広めることも大事だと思います。
ただ、人間はゲンキンなものです。恩知らずなものです。
こちらが良かれと思ってやってあげても本人がそれを望んでいなければ決死の覚悟で献身的に尽くしても何の見返りも感謝もありません。
大事なのは本当に家族になるという事でしょう。
良い、活路が見いだされますことを。
お子さんはお子さん。あなたはあなた。それでも家族は家族。
幸せは遠くに描くより、今日安心が手に入る方が良い場合もあると思います。

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

ありがとうございました。

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