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「老」とどのように向き合っていらっしゃるのでしょうか。

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有り難し有り難し 36

当方、癌治療の影響もあると思うのですが、年々体のあちこちが痛み、また疲れやすく、疲れがとれにくくなりました。、

ここ最近は、とみに老化を感じ、次第に不自由になる体に「苦」を感じています。

中年期・高年期のお坊様は、どのように心の中でご自分の「老」と折り合いつけるといいますか、向き合われていらっしゃるのでしょうか。

参考にしたく、お伺いいたします。

2019年5月3日 16:43

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

出来ることを精いっぱい勤めよう

 抗がん剤治療を続けれ居られるのですね。病気と副作用、両方で苦しいことと思います。心よりお見舞い申し上げます。

 私は今月で64歳になります。幸い「余命宣告」に関わる病気には罹ってはいません。しかし、年齢相応に成人病の薬を服用する日々を10年ぐらい前から続けております。かかりつけの医者から「高血圧の怖さ」を脅かされ、さらに「もっと薬を飲め、もっと薬を増やしましょう。」というプレッシャーを診察の度ごとに受けております。同年代の中高年のお歴々もほぼ同様の日々を送られていることと存じます。

 老眼は年々進み、眼鏡を2年おきに新調せざるを得ません。膝も腰も幸い慢性的な痛みはありません。しかし、ここ10年で何度かひどい腰痛や関節痛に悩まされました。整骨院通いの日々を送り、金も飛んでいきました。この先、もっと長生きできたとしても何らかな癌に罹り、治療への不安死への不安を抱えながらの日送りをするでしょう。この先に希望を持てるかどうか、不安に駆られます。不安を抱え、生きる希望が狭まっていく中でも、必ず出来ることはあります。若い時、元気な時と同じように行動したいと思っても、思うようにはなりません。思うようにならない体になっても、何か出来ることは有る筈です。

 病気のせいで出来なくなったことは沢山有ると思います。でも、例え病気の身であっても、出来ることは必ずあります。「病気のせいで家族や周囲に迷惑をかけている。」と落ち込みたくなることが有ると思います。でも、病身だからこそ健康の有難みを周囲に伝えられると思います。体が動かせなくなっても、家族や周囲の方々へ感謝の言葉や思いやりの言葉を伝えることは出来ます。残された人生が限られているからこそ、伝えるべき言葉があります。伝えられる言葉があります。

 病に苦しむ姿を格好良いものでは有りません。でも、格好悪い姿をみせることも、家族への大いなる教訓となると思います。七転八倒してもがく姿は、その人だけのものでは有りません。お墓に眠る御先祖様が通ってきた道です。今、あなたが通ろうとしている道です。いずれkuniさんの御家族も通る道なのです。辛く苦しい日々が続くかもしれません。でも、一生懸命生きてる姿を家族に見せることが、ご家族が今後の人生を生きる糧となりますよ。苦しくたって、生きることの意味はあるんです。

2019年5月3日 23:17
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有り難し
おきもち

 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

苦はどんな場面にもある

諸行無常ですから、私達は老いから逃れられませんね、
ただ、老いに限らず、私達が生きていれば必ず苦はあるのです。
トイレに行きたいのも苦、トイレに行ったらいつまでもトイレにいたくない、今度はトイレから出たいのも苦。
息を吸えば、次は吐きたいという苦。
息を吐けば、次は吸いたいという苦。
お腹が空けば食べたいという苦。
食べ続ければ、もう食べたくないという苦。
起きていれば寝たい、寝ていれば起きたい苦。
こっちの苦が大きくなれば、別の状況に移る、しかし移った先もまた苦。
苦から苦へサーフィンして動きまわっているのが、生きるということです。
ですから、老いの苦だけにとらわれず、あっちもこっちもぜーんぶ始めから苦ばかりだったと気付くようにしましょう。
初めて苦に直面するわけじゃない、今まで出会ってきた苦と同じだ、と。

2019年5月3日 22:54
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

吉田俊英さま
いたわりと激励のお言葉をありがとうございます。
若い頃に比べると、ずいぶん制限された生活を送っておりますが、代わりにあの頃にはわからなかったことが、わかるようになってきました。それも生かしながら、少しずつでも人生を歩いていこうと思います。
 
 
願誉浄史さま
お言葉をありがとうございます。
生老病死、すべてが苦といいますね。いままでいろいろな苦がありました。しかし、いろいろな喜びもありました。新しい土地に出向くなどの喜び、また趣味の喜びから遠ざかり、いかんともしがたい空虚が度々心を支配します。
その上で、私自身の人生を独自に歩いていかなければならないということですね。

「老い・老後」問答一覧

老害

私は対人恐怖や社交不安による病気の側面もあること念頭に、聞いてください。 普段街中を歩いてるといわゆる、団塊世代の60代過ぎのおっさんの行動が気になります。 手をポケットに突っ込んで、余裕かまして周囲を見渡す感じが見ていてイラつきます。 自分はこんな安っぽい心のこんなやつの様にはなりたくないです。万が一見た目通りじゃない方としてもそれを詮索する我が心の余裕はゼロ。 引き寄せの法則で且つこんな安っぽい老害に虚勢を張ってる自分がいます。時間の無駄、情けないです。 あーこんな奴まともに相手するだけ、意識するだけ損だ!と理屈でわかってても抵抗しないと納得出来ません。つまりわかっていません。 このままだと、自分もこいつらみたいに老害と言われかねません、残りの人生穏やかに、来世も人間として産まれたい。 明らかに理不尽な事、またはされたと想像したら直接相手に物申したい。しかし場合によっては何をされるか分からないこのご時世。 チキンな私は泰然自若になれません。 お坊さんなら、もし身近に不本意な不利益な状況が降りかかってきたら、どう対処してますか? アドバイス下さい。 アンガーマネジメント意識するも、先頭態勢入ると、何処かプッツンしてしまいます。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

老いに対する恐怖

こんにちは。現在中学3年生の者です。 タイトル通り、自分は老いが怖いです。 よく、老いることと一緒に質問される「死」についてはあまり怖くありません。 もし生まれ変わりというものがあるならば、そのまま悪行を行わないようにして、また生まれ変わり、一方でもしないのであればそれを認識する術もないわけですから、特に恐怖というものは出てきません。 しかし、老いることだけはどうしても怖いんです。 僕は2004年生まれなので、もし80歳まで生きれるとしたら その時は2084年です。僕はその時、おそらくこの時代の中学生や高校生の「若さ」を羨望するでしょう。 一つ目の質問ですが、皆さんは10年前,20年前の自分、もしくはその年齢の人を「若さ」で羨むことはあるのでしょうか。 そして、二つ目の質問に関してですが、1年前、国語の授業で 「無常観」について習いました。 自然を対象とした無常観というのは、非常に美しく素晴らしい考え方だと思いました。しかし、人間関係や自分の老いに関する無常観は「儚い」という一言で表せると思ったのですが、 その「儚い」が怖いんです。 例えば、今は両親や祖父母が生きていますが、いずれ、どの順番かはわかりませんが、亡くなり、お別れが来ます。 また、今自分は「若い」という部類に入り、体力もある時期なので基本いろんなことができます。しかし、そんな自分もいつかは衰え、できることが少なくなると思うとどうしてもなんともいえない気持ちになります。 二つ目の質問なのですが、皆さんはこの「老い」についてどう思いますか、またはどう考えますか。そして、もし仏教にそれに関する教えがあるのでしたら、教えてくださると幸いです。  

有り難し有り難し 25
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