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帽子をかぶったままお参りしてしまいました。

回答数回答 2
有り難し有り難し 53

今日、お寺にお参りに行きました。

とても大切なお願い事があり、行ったのですが、車に戻ってから、帽子をかぶったままだった事に気が付きました。

門をくぐる時、敷地内、本堂等でのお参りの際、すべてにおいてかぶったままでした。

駐車場から少し歩くのですが、暑かったのでつい帽子をかぶり、普段はかぶることがほとんどないので、かぶっているのを忘れてそのままお参りしてしまいました。
とても気になっています。

もう一度お参りに行った方が良いでしょうか?

その場ですぐに戻って、もう一度お参りすべきだったでしょうか?

ご回答よろしくお願いいたします。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

祈る心に、佛心が宿ります。

拝読させていただきました。

脱帽が基本のご参拝方法ですが、こうして「あっ」と、忘れてしまうことも皆あるものです。

お近くでしたら、再度お参りに行かれた方が、仏さまもお喜びになられます。

遠方でしたら、次回からは気をつけ心掛けるお気持ちを持てば、問題ありません。

生きていく上で大切なことは「気付き」です。
現代流行りのマインドフルネスでもあります。

気付くことで、仏心が起こされ、慈悲が宿り、人生を豊かにしていきます。

仏心を育てることこそが、日常生活をする上で、目に映るもの、耳で聞くものなどの感覚器に変化が伴い、明るく捉えれるように徐々になっていきます。

人には好きな自分、嫌いな自分があると思いますが「気付く」ことは、嫌いな自分や、失敗したことを改善してくれるのです。

今回の脱帽の件では、問題はありません。仏さまはいつも寛大な慈悲で見守ってくれます。

合掌

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有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは正しい道しるべであります。 選択肢が多い世の中になり、何が正解であるのか?すべて正解であります。しかし、人は損得で判断するのでなく、正しいか正しくないかで判断する人間であることを説いていきます。 ※電話相談は受け付けませんので、あらかじめご了承ください。

戻らずに、その場その場で手を合わせる。

御質問文拝見しました。

帽子を脱がなきゃ願い事にケチがつく。
というご心配を持たれるかもしれませんが、、
一番大事にすべきは仏を念じることです。

頭の中で念じるべき仏さまが、自分の善悪や不安で隠れてしまう。

一度の後悔を頭の中に留めるより、おてら以外の場所でも仏を念じる方を私は尊重したいです。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。

どんな場面においても信じて念じ、自分の行いに「気付く」ことが大切であると分かりました。

心が少し軽くなりました。日々を送れることに感謝し、前向きに捉えたいと思います。

ありがとうございました。

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